沖縄移住生活

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移住の理由

 「なぜ沖縄に移住したのか?」自分が本土の人間であることを知った沖縄の人々はみんな聞いてきます。でも、僕はその質問に対する明確な答えは出来ていませんし、おそらく自分でもその理由をよく分かっていません。ただ、いくつかの理由が複雑に入り混じって沖縄移住を僕に決断させたのだと思うんです。
 僕は小さい頃から海が大好きで、一日中何もせずに海を眺めていても全然飽きない子供でした。また父親が造船関係の仕事をしていたこともあって、日頃から海に接する機会が多かったです。だから将来、美しいビーチの近くで海や空を眺めながら生活したり、趣味のダイビングやサーフィンを楽しむような生活に漠然とですが憧れていました。神奈川県横浜市で生まれ、横須賀市で育ったので、将来は海が身近な逗子市や葉山町、鎌倉市など、湘南に住みたいなと考えていました。また、親の転勤や自分の進学就職等で全国を転々としていたこともあり、未知の場所(海外を含む)で生活することが楽しくてたまらない、むしろ同じ場所に居続けることが苦痛な人間に成長してしまったんです。そして社会人となり、タテ割りの狭い組織の中で仕事をし、その組織の歯車になりつつあると気付いた時に、「1度しかない自分の人生このままで良いのか?」「自分らしさを発揮できる環境はないのか?」と考えるようになったんです。ならば今とまったく別の世界に移住すれば、自分にしかない存在意義があるのではないかと思い始めました。まあ今になって思えば、現実逃避している面もあったかもしれませんね。
 当初は沖縄でなく、かつてワーキングホリデーで滞在したことのあるオーストラリアやニュージーランドに移住しようといろいろ模索をしたんですが、これといった資格や技術も無く、お金もほとんど無い自分には残念ながら海外移住はまだ難しいと判断しました。国内で移住先の候補に挙がったのは沖縄県以外にも、ダイビングとサーフィン、さらに山登りや川下りを楽しめる高知県と宮崎県、大学時代に訪れて自然の雄大さに感動した北海道の4つでした。その中でも海がオーストラリアと同じくらい美しく、本土とは異なる文化風習を持っている沖縄への移住を決意するのに時間は要しませんでした。



 実際に沖縄に移り住んでみると予想した以上に文化や言葉は本土とはかなり異なるし、陽気なラテン系だと思っていた沖縄の人は意外に閉鎖的な一面を持っているのに愕然とさせられました。ウチナーンチュから「あんたナイチャーね」という胸にぐさりとくる言葉(向こうはそんなつもりはないと思うけど)をもらったりして、改めて「ああ僕は内地から来た余所者なんだ」と痛感させられることも多々ありました。でも何もかも全て自分の理想どおりの場所なんて現実的にはありえませんし、理想郷は自分で作り上げるもの。文句をばかり言っても何も始まりません。だからこそ、余所者として沖縄の良い所はどんどん吸収していきたいし、内地の方が良いと思うことはどんどん出していきたいと思っています。
 趣味のマリンスポーツやこのサイトを通じて多くの人達と交流出来たし、ダイビングやサーフィンを通じて沖縄の海は世界に誇れることを再認識しています。部屋のベランダからは美しい海が展望でき、休日には水上バイクが海上を疾走している姿を見ることも出来ます。また、海に夕陽が沈む光景は幻想的で、このまま時が止まって欲しいと思うくらい感動します。気候と同様に人々はとても温かく、食べ物やお酒も最高。まさにここは地上の楽園かと錯覚してしまうこともあります

 ただ時々、「自分の決断は本当に正しかったのだろうか?」「地元に残ったほうが幸せだったんじゃないか?」と自問自答することもあります。でも一回きりの人生なのに、何もしないで地元に残り続けて後悔するよりも、むしろ自ら前に進んで、そこにある現実に思い悩むほうが自分らしいと思うんです。この先いつまで沖縄に住むか分からないけど、今しか出来ないことをやり続けたいな。

 Where there is a will there is a way 意志ある所に道はひらける


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