♪music by Sora Aonami♪

冬の章


◆◇◆クリスマスのプレゼント◆◇◆
 クリスマスが近づいてきました。
リルとハデュの住む街にも、クリスマスの色や香りが漂い始めました。
 リルは、リビングに小さなクリスマスツリーを飾りました。
この家に季節の彩を飾るのは、恋人が出て行ってから久しぶりのことです。
「わぁ!素敵だね!木にいろんな物がなってるんだねぇ」ハデュも目をきらきらさせながら、オーナメントをひとつずつ触って楽しんでいます。
そんなハデュの姿を見るだけで、リルは温かな幸せに包まれているのを感じるのでした。

 リルには、もう一つ楽しみがありました。
寒がりのハデュの為に毛糸のセーターを編んでやることでした。
 これも久しぶりに 屋根裏部屋から毛糸や編み針を出してくると、暖炉の前の椅子に座りました。
「リルさん、これは何? 何をするの?」興味深げにハデュが覗き込みます。
「あったかいセーターを編むのよ」
「こんな糸がセーターになるの?」
 最初は、不思議がっていたハデュでしたが、編み針の下に編みあがった部分が長くなるにつれて
「わぁ!こんな風になるんだねぇ! あとどれくらいでセーターになるの?」
「ねえねえ、どうしてこんな模様ができるの?」
「リルさんは、魔法使いみたいだね!」と、目を丸くして見つめるのでした。

 数日後、ミックスのこげ茶色の前身頃が出来上がり、ハデュの胸に当ててみました。 
「やっぱり、この色は、色白なハデュに似合うわ」
「これ…やっぱり僕のなの?」ハデュが少し照れながらたずねます。
「そうよ。ハデュのに決まってるじゃない。誰のだと思ったの?」
「きっとリルさんは、僕に編んでくれてるって思ったけど、もし違ってたら寂しいから…」
少し頬を染めたハデュは、とても愛らしく目を伏せました。
その日以来、リルが暖炉の前に座ると
「ねえねえ、いつできるの?」「寒いから早く着たいよ」
「まだできないの?」と嬉しそうにまとわりつくのでした。

 袖もハデュに当てて編み上げ、アイロンをかけ、ハデュが眠るのを待って綴じ付け、袖や首の始末をして、セーターが完成しました。
 綺麗な箱に入れリボンをかけて、あとはクリスマスを待つばかりです。

 暖炉の前で編み物をしなくなったリルを見て、ハデュは不審そうな顔をします。
「…ねえ、リルさん、僕のあのセーター…どうなった?」
「な〜いしょ!」
ハデュは、一瞬戸惑ったような目をしましたが、リルが嬉しそうに笑っているので安心したのでしょう。
「リルさんの内緒って何だろ?」と はにかみながら言うのでした。


 クリスマスの朝です。
ハデュの枕元には、青いリボンの箱が置いてあります。
ハデュはサンタクロースなんて知らないようでした。
箱を見つけるなり、リボンをほどいて中を見て大騒ぎです。
「リルさん!ありがとう!!これ僕の為に編んでくれたセーターだね!すごいや!!」
「今日はね、クリスマスなのよ。子供たちにはサンタクロースがプレゼントを持ってくるけど、大人は大好きな人にプレゼントするのよ」
「リルさんは、僕にプレゼントをくれたんだね!」ハデュは満足そうに微笑みました。
「そうよ。大好きなハデュにプレゼントしたかったの。さ、着てみて」
パジャマを脱ぐのももどかしく、ハデュはセーターをかぶります。
「だめだめ!! ちゃんとシャツを着てからじゃないと」
綿の下着とネルのチェックのシャツを着せてから、セーターを着せてみます。
 こげ茶のセーターを着たハデュは、額にはりついた癖毛がなんとも可愛らしく外国の少年のようでした。
 鏡の前で、くるくる回って見ていたハデュは
「うあぁー! あったかいんだねぇ〜! そしてとってもおしゃれだね! 僕 みんなに見せてくる!」と言うが早いか、雪の降る中、玄関を飛び出して行きました。
 大好きな黒い犬のいるお家へ行ったようです。
「3丁目の大きな家のクロさんね、雪が積もってカキ氷みたいになってた。とっても寒そうだったよ。 僕も同じように雪が積もったけど、全然寒くないんだよ。毛糸のセーターってすごいね。リルさんって すごいね!」
またすぐに飛び出して行ったきり、しばらく帰って来ません。

 夕方になって、頬と鼻を赤くして帰って来ました。
「みんなに見せたくて、どんどんどんどん遠くまで行っちゃった。 リルさんが僕に編んでくれたんだよって 大きな声で言いたいくらいだったよ」
こんなに喜んでくれるなんて、リルも嬉しくて愛しさがこみ上げてきます。
「…僕からも 大好きなリルさんにクリスマスプレゼント」
ハデュに手を引かれて玄関に行ってみると、そこには大きなポインセチアの鉢が置いてありました。
「リルさんには花がいいかなと思って、金木犀を買った花屋さんに行ったら、この花がたくさんあったの。赤くて綺麗だったから これにしたよ」
「これはクリスマスの花よ。ツリーと一緒に飾ると素敵ね。ハデュからクリスマスプレゼントをもらえるなんて思ってもいなかったわ。嬉しいわ。ありがとう」
「そうなの?! クリスマスの花なんだね! お店の人がかわいいリボンを結んでくれたよ。大好きなリルさんへのクリスマスプレゼントだってわかったかな」

 その夜、リルとハデュは、暖炉の横に小さなツリーと大きなポインセチアを並べ、ローストチキンと温かいスープのクリスマスディナーを楽しみました。
昼間に焼いておいたパウンドケーキがデザートでした。
「クリスマスって、なんだかとってもウキウキするね! 毎日クリスマスだったらいいのにな」
「ほんとね」リルは笑いながら、こんなに楽しいクリスマスは何年ぶりだろうと思うのでした。




■■新しい家族■■
 新しい年が明けました。
 クリスマスも大晦日も新年の日の出も、リルの隣には いつもハデュが居て、リルは穏やかな満たされた気持ちで年を越しました。
ずっと前からこうして一緒に暮らしていたような気さえします。

 のんびりと暖かな年末年始のお休みも終わり、二人はそれぞれの仕事が再開しました。
「行って来るね!」冬晴れの空の下、今日もハデュはあのセーターを着て機嫌よく出かけて行きます。
その背中を見送る時、リルは自然に微笑がこぼれてしまうのでした。

 今にも雪が降り出しそうな夕方のことです。
リルが家に帰ると、いつもなら先に帰っているハデュの姿がありません。
 夕飯の下ごしらえも終えて「どこへ寄り道してるのかしら…」と心配になり始めた時、そっとドアを開ける気配がします。
「ハデュ、お帰り。遅かったわねぇ。どこに行ってたの?」
エプロンで手を拭きながら玄関へ行くと、ドアを半開きにしたまま、ハデュはもじもじしています。
「何してるの?早くお入りさない。寒かったでしょう」
「…うん」それでも入って来ようとせず後ろを気にしています。
「あら、誰か一緒なの? お友達?」
「うん…あのね…この子がずっとついて来ちゃった」
ドアの外に屈みこんで抱き上げたのは、小さな小さな子猫でした。
寒そうに震えている子猫に頬ずりしながら
「おうちへお帰りって言ってるのに、この子がずっと僕の後をついてくるんだもん」
…ハデュが目をきょろきょろさせながら、そんな事を言う時は、半分は嘘です。
「ついて来たんじゃなくて、ハデュが連れて来たんでしょ?」
リルは笑いそうになるのをこらえながら言いました。
何度も立ち止まり振り返り、子猫がついてくるように気を引きながら歩いてくるハデュの姿が目に浮かびます。
「う〜ん…だってこの子が僕を好きみたいなんだもん」
リルは噴出してしまいました。
「この子じゃなくて、ハデュがこの子を好きなんでしょう」
「そりゃあ、僕だって みーちゃんの事好きだけど」
「あら、みーちゃんって名前なの?」
「うん! さっき僕がつけたんだよ!」
「どこかのお家で飼われてる猫ちゃんじゃないの?」
「違うよ。八百屋さんの店先にあった箱の中に居たよ。もらってくださいって札が立ててあった」
「それでハデュが貰って連れて来ちゃったんだ」
『しまった!』という顔をしましたが、リルが笑っているので
「ねえねえリルさん、
みーちゃんを家で飼ってもいいでしょ? 
お願いだから飼ってよ」今度は懇願です。
「ねえ、いいでしょ? みーちゃんのご飯は、
僕の分を分けてあげるし。
寝る時も僕と一緒ならいいでしょ?
お風呂だって僕が入れるよ」
全部、自分が子猫と一緒にやりたい事です。
「駄目と言ったら、きっとハデュはこの子…
みーちゃんと一緒に外で寝るんでしょ」
「う〜ん、外はちょっと寒いよ。
みーちゃんが風邪ひいちゃうと困るし」
本当に困った顔のハデュが愛しくて
「みーちゃん!優しいハデュに見つけて
貰ってよかったわね。
さ、ミルクを温めてあげるから飲ませてあげなさい。
みーちゃんの毛布も探してこなくちゃね」
いそいそとキッチンに立つリルを見て
ハデュの顔がパッと輝きました。
「みーちゃん ほらね! 言ったとおりでしょ。
リルさんは絶対にみーちゃんをお家に入れてくれるって」

 その夜、ハデュは「みーちゃん寒くない?」「みーちゃんもっと食べなよ」
「みーちゃん こっちおいで」と世話を焼き続けました。
 ハデュにとっては、小さな弟か妹ができたようなものです。
子猫を抱きしめて毛布にくるまって眠るハデュは、本当に天使のようでした。
幸せそうな微笑を口元に浮かべたハデュが、どんな夢を見てるんだろうと想像すると、リルの胸には、また温かい喜びがこみ上げてくるのでした。。


◆◇◆初めての悲しみ◆◇◆
 翌朝、子猫に頬をくっつけて天使のような顔で眠っているハデュを起こしました。
「みーちゃん、おはよう。リルさん、今朝はみーちゃん何を食べるかな? 温かいミルクとパンも食べるかな?」
「そうねぇ、パンはまだ無理かもしれないわ。魚の缶詰があるから、それを少し煮てほぐしてみましょ」
「みーちゃん、よかったね!美味しい朝ごはんだよ。たくさん食べて大きくなるんだよ」
 ハデュは着替えもせずに、台所のリルにまとわりつきます。
「僕の分もあげていいからね。美味しく作ってね。みーちゃん、もうすぐできるからね!」

 魚の缶詰を牛乳で煮た子猫の朝ごはんができました。
「うわぁ〜美味しそうだねぇ。みーちゃん できたよ!」
 暖炉の前に皿を置いてやると子猫は顔を突っ込んで食べ始めました。
ハデュは、自分も暖炉の前に寝そべると、子猫と一緒に皿に顔をつっこまんばかりに覗き込んでいます。
「みーちゃんどう?美味しい?もっとほしい?」
「わぁ 小さな歯だなぁ。ちゃんと赤い舌もついてるねぇ!」
「あ、今 美味しいって言ったね!」
「うわぁ、お皿も舐めて綺麗にしてくれるんだね。もっとほしいの?」
ハデュと子猫には、ちゃんと会話が存在しているようです。
リルは、そんなハデュ達の様子を微笑みながら見つめるのでした。

温かな家族がそこにはありました。


 でもそろそろ出勤の時刻です。
「ハデュ、そろそろ仕度しなきゃ、ハデュもパンとホットミルク飲むでしょ?」
「う…ん」なんとなく生返事です。
「ミルクには蜂蜜入れたわよ。冷めちゃうから早く飲んで。
私も片付けてから出かけたいし」
「う〜〜ん…僕、後で食べる」
「後でって、もう時間ないじゃない」
「…う…ん、僕、今日はお休みしようかな」
リルはピンときました。
ハデュは、子猫とずっと遊んでいたいのです。
「どこか具合が悪いの?お医者さんへ行く?」
「…そうじゃないけど…」まだ子猫を触っています。
「みーちゃん、一人で留守番できるかな?」
「できるわよ。八百屋さんの箱の中に一人でいたんだもの」
「…そうだけど…今日は、僕が居ないと寂しいって鳴いてるんじゃないかな」
「夕方になれば帰って来るんだから、みーちゃんお利巧に待ってるわよね」
リルも みーちゃんを撫でながら言います。
「みーちゃん…一人で留守番できる?」
ハデュは、子猫を目の高さに抱き上げて覗き込みます。
「みーちゃんは賢いから、できるよって言ってるでしょ?だからハデュ兄さんも仕度してお仕事行かなきゃ」
 煽てたり賺したりしながら、なんとかハデュを着替えさせましたが、ハデュは子猫を離そうとしません。
 のろのろと朝食を食べ終えても、子猫を抱きしめたり頬ずりしたりして、一向に出かけようとしません。
「お仕事も行けないハデュ兄さんじゃ、みーちゃんもがっかりよ。八百屋さんちの箱の中の方がよかったって思うわよ」
とうとう脅しにかかりました。

 子猫を八百屋さんに返されては嫌だから、ハデュはしぶしぶ出かけるようです。
「みーちゃん、ちゃんと待っててね。なるべく早く帰ってくるからね。寂しいかもしれないけど待っててね」
「みーちゃんはどこへも行かないから。ちゃんと待ってるわよ。ハデュ行ってらっしゃい」
「う…ん、みーちゃんはどこへも行かないよね…ちゃんと待ってるよね」

 振り返り振り返り後ろ髪をひかれる様子でハデュは出かけました。

 その日の夕方近くです。
今日最後の仕事をしていると、いつもと違う郵便配達員さんがやってくるのが見えました。
「あら、いつもの方じゃないんですね」
何気なくリルが声をかけると
「ハデュ君が早退したんで、今日はハデュ君の担当区域に行ってるんですよ」
「早退?」…嫌な予感がしました。

 残りの仕事を早めに切り上げて、リルは急いで帰りました。
玄関の鍵もかけないで、リビングからはハデュの楽しそうな声が聞こえます。
「みーちゃん!」「みーちゃん こっちこっち!」
「こらっ みーちゃんったら!」
暖炉の前で、嬉しそうな顔をしたハデュが子猫をお腹に乗せて寝転んでいます。
 こんな事だろうと想像はしていたけれど、 もしかしたら本当に具合が悪いのかもしれないと、リルは一抹の不安も感じてたのです。
安心したのと同時に、ハデュのいい加減さに呆れてしまいました。
 でも、努めて冷静な声でたずねました。
「ハデュどこか具合が悪かったの?」
「うぅ…ん」目を合わせようともせず、子猫を触っています。
「その子と遊びたくて帰って来ちゃったんでしょう」
「………」
「駄目じゃない。自分の勝手な都合で他の配達員さん達に迷惑かけちゃ」
「…だって、みーちゃんが一人だと寂しいと思って…」
「みーちゃんは一人で留守番できるって言ったでしょう。 寂しいなんて言ってたら、これからずっとお仕事に行けないじゃない」
「………」
膨れっ面でハデュは子猫を抱きしめています。
こんな時のハデュは もう聞き分けのない幼子です。

 子猫を片時も離さず無言で夕食を済ませると、黙ったまま子猫を抱いてベッドに入り背を向けてしまいました。
子猫に何か話しかけているようですが、リルには聞こえません。
 ハデュのこんな幼い我が儘は、今に始まった事ではありません。
数日は、子猫にかかりっきりだろう…そしてまた飽きてしまうんだろう…と思ってため息をつきつつ苦笑するリルでした。
 明日はどうやって仕事に行かせようか…と考えると、少々気が重くもありました。

 膨れっ面のまま朝食を食べるハデュに、リルはつとめて明るい声で言いました。
「今日はちゃんと最後まで配達してくるのよ。昨日はご迷惑かけましたって局長さんや配達員さん達に、ちゃんと謝ってね」
ハデュの顔がみるみる紅くなり
「なんで謝らないといけないの? なんでリルさんは僕が悪いって決め付けるの? 
僕はそんなに迷惑なの!? …僕は邪魔なんだね!
僕なんて ここに居ない方がいいんでしょ」
言い終わらないうちに子猫を抱いて、ハデュは飛び出して行きました。
追いかける気力も失せて、リルはため息をつきました。
「また局長さんに、お休みの連絡をしなくちゃ…」

 リルの心に言い知れない不安が黒雲のように広がってきたのは夕方近くなってからでした。
昨日と同じように暖炉の前で暢気に遊んでいるとは思えません。
はやる心を抑えながら門を過ぎると、案の定、家に灯りはありません。
ハデュの居ない家は、黒くて寒くてだだっ広く感じました。
暖炉の前にも、色の無い寒い空間があるばかりでした。
 すっかり夜の帳がおりた町をリルは走りました。
胸がドキドキするのは、走ったせいばかりではありません。
得体の知れない不安は、もはや確信となってリルの胸を覆いつくしていたのです。
『ハデュが居なくなってしまった…』
ハデュの行きそうな場所を次々と探しました。
大好きな犬のいる家、パン屋さんの軒先、花屋さん。
夏の日に、喧嘩して飛び出したハデュを駅舎で見つけた時のように、膝に顔を埋めて丸まっているハデュをもう一度見たい。
…その駅舎にも、ハデュの姿はありませんでした。
『ハデュが消えてしまった!』

 泣きそうな想いで、リルは交番に駆け込みました。
事情を聞いたお巡りさんが数人で探してくれる事になりました。
「リルさんは家に帰って居てください。もしかしたらハデュ君が家に戻るかもしれませんし」
深夜の街はしんと静まり返っています。
リルは心配で寒さを忘れていましたが、気づくとリルの手も足も氷のように冷たくなっていました。
『駅にも居なかった。どこに居るの? こんな寒い夜更けに ひとりぽっちで』
胸が張り裂けそうでした。

 眠る事もできず、冷え切った手足と不安な心を抱きしめて まんじりともせずに時間が過ぎていきます。
じっとしていられずに、もう一度 当ても無いのに外へ探しに行こうとコートを着て玄関へ行くと、玄関の薄明かりの下に丸まっている何かが目に入りました。
「ハデュ!!」
熱があるのか頬は上気しているのに、手足が冷たく体は小刻みに震えています。
「ハデュ!しっかりして!! ハデュ!」
胸に子猫をしっかり抱きしめたまま、ハデュは気を失っていました。
「ハデュ! 目を覚まして!!」
 抱えて部屋に入れると、リルはハデュを抱きしめ、頬や手をこすりました。
「ハデュ! 死なないで! ずっと側に居るって言ったじゃない。ハデュ!」
永遠の命なんて嘘だったかもしれない…もしかしたらこのまま目を開けないんじゃないかしら…。
リルは ハデュを失う事の大きさにあらためて気づき呆然としました。
こんなにこんなに大切で愛しい存在になっていたなんて。
私の命を半分削ってもいいから、ハデュを返して。
祈るような想いで、ハデュの体をさすり続けたのです。

 どれくらいの時間が過ぎたでしょう。
気がついたハデュは、リルを見つめて大粒の涙をこぼしました。
「リルさん! 僕、リルさんにすごく逢いたかった! 
リルさんの顔をずっと思い浮かべてた。
リルさんに逢いたくて逢いたくて…だから戻って来ちゃった。
僕、もう絶対にリルさんから離れない!」
ハデュの言葉が終わるより早く、リルはハデュをぎゅっと抱きしめました。
「私だってハデュと離れたくないわ!ハデュの居ない生活なんて考えられない」
 二人はお互いの背中に手を回して抱きしめあいました。
時々、確かめるようにお互いの顔を見て少し微笑んで、そして…二度と離れないと心で誓うのでした。

 ホットミルクに蜂蜜を溶かして飲ませてやると、ハデュの頬には薔薇色がさしてきました。
美味しそうにゴクンゴクンと音を立てて飲みながら、ハデュは訥々と語り始めました。
「僕、今朝ね、すごく悔しかったの。リルさんなんて大嫌いって思った。
もうリルさんとなんか一緒に暮らせないって思ったの。
だからもうリルさんに見つからないところへ行ってしまおうって。
駅に居たらきっと見つかっちゃうから、線路をずっと歩いて知らない街まで行こうとしたんだ。
でもね…どんどん歩いてたら、僕…変になっちゃったんだよ…。
足に力が入らなくなって、寒くて、みーちゃんを抱っこしてても寒いの。
捨てられた犬みたいな気持ちだった。
リルさんにもう逢えないんだって思ったら、膝から力が抜けてしまって。…もう前に進めなかった。
リルさんに逢いたくて、リルさんの顔が見たくて、気がついたらここに帰って来ちゃった。
僕…僕…リルさんに逢えなくなるのは絶対に嫌だよ! 
リルさんが嫌って言っても、僕はリルさんとずっと一緒に居たい!いい子にするから。
リルさんが怒っても ちゃんと言うこときくから」
 そう言うと、またリルにすがって子供のように声をあげて泣くのでした。

「リルさん…ごめんね。リルさん…僕、ひとりぽっちは嫌だよ…
リルさんに逢えなくなる事が、こんなに寂しいなんて知らなかったよ。
自分の体の一部が無くなってしまったみたいだった。
リルさんが前に言ってたのって、こういう事だったんだね。
僕、本当に体が消えてしまうような気がした。
こんな気持ち味わうの もう絶対に嫌だよ」


 それは、ハデュが初めて知った「悲しみ」でした。

 
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