トリノ・オリンピック終わって

「トリノ2006、、、手にしたのは銅メダル、けれども真に得たのは人生の金メダル」



「トリノ2006」、、、という文字がテレビ、雑誌、インターネット等を盛んに賑わせていたあの頃が嘘のように静まりかえった感のある今日この頃。あの「にぎわい」はいったいどこへ行ったのか、、、しばしば感じる事があります。
「やはりオリンピックは地球的規模のお祭りだったのか」、、、と。

私にとって今回のオリンピック観戦は、おそらく一生に一度きり、最初で最後であろう大イベント。その出来事を自らの目で確かめ、その場でリアルタイムに過ぎ去る時間と空気を共有することの喜びを求めてのトリノ旅行でした。

「Passion lives here」、まさにトリノのパラべーラ競技場の中には、出場した選手の数だけ熱い情熱が宿っていました。その熱き想いの数々が、微笑みと涙のグラデーションの中で、筋書きの無いドラマを演出していたに違いありません。
そして今、そのオリンピックも終わり既に3ヶ月が過ぎ、トリノ、パラベーラ会場で起こった「出来事」を振り返りながら、その場で感じたことや、その場の空気を少しでも伝えられることができればと思い、観戦記を綴りたいと思います。

競技の結果やスコアについては、このページを読んで頂いている皆さんには改めて言うまでも無いことと思い、詳細については割愛させて頂きます。

2月21日:1日目、ショートプログラム
パラベーラ競技場で、ショートプログラムの順位、コーエン、スルツカヤ、荒川の表示が映し出されたパネルを見上げながら、複雑な思いと共に何か振り払えない胸騒ぎのようなものを感じた。ほとんど「無い」に等しいその僅差に三人が肩を並べ2日後にフリーを迎える今、この順位はどんな結末を予言しているのだろうか、、、。勝利の女神は誰に微笑むのか、、、まったく予想もできない状況である事をひしひしと感じ、落ち着かないソワソワしたそんな気分から逃れたくて急いで会場を後にした。

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ミラノへ向けて走る帰りの車中、いろいろなことが頭の中を駆け巡る。

サーシャ・コーエンは、まず本人納得の完成度の高い出来映え。
そして荒川静香は、トリプルルッツのランディングで僅かにバランスを崩しかけ、コンビネーションのセカンドジャンプへの移行がスムーズに行かなかったものの、それ以外はノーミスで無難にこなしこれもまずまず。
そしてイリーナ・スルツカヤは、一見するとノーミスで完璧、、、と見えるかもしれないその演技には、いくつか不安なポイントがあった。
あれほどこだわりを持っていた、トリプルルッツ後のセカンドジャンプをループからトウループに変えた事。それは今までの試合で、ここ一番、他を引き離すための切り札的なジャンプであったものを、なぜここに来て封印したのか、またはせざる得なかったのか。
次に、ビールマン・スパイラルの際、インサイドからアウトサイドへのチェンジエッジ直前、ほんの僅かにバランスを失いぐらつきが見られた事、、、それ以外は完璧。それらの結果として、微妙な得点の配列になってしまい、何やら嵐の前の静けさのように思えた。ん〜しかし、結果的には滑走順も微妙に絡み、わずかに(2、3点)点が押さえられたような気がしてならない。

いずれにせよ、これで2日後のフリーが終わるまで、まったく目の離せない緊迫した状況になったことは事実。そんな中、私にとって信じて疑わないその「結果」は、イリーナ本人にとっても、そしてファンにとってもかけがえの無い「願い」である。ここまで来れば、あとは運を天にまかせ祈るしか無い、、、そんな気持ちでミラノへ続く深夜の景色を眺めていた。


2月23日:2日目、フリー
今シーズン、満を持して作り上げたショートプログラム、リストの「死の舞踏」は、今までに無いくらいドライブ感のあるアップテンポで重厚な曲。まさにその日のために、、、と思わせる、攻めて、攻めて、攻めまくるイリーナ・スルツカヤにしか滑りきる事のできない密度の濃い攻撃的なプログラムであった。完璧に滑ればもうそれは異次元的な内容で比較するものなど無いと言える。それを支えるのはひとえに「スピードと切れ」。そのアドバンテージに支えられ、ショートでは、僅かな物足りなさもあったとは言え、今日のフリーで普通に自分の演技をすれば悪くても「鼻差」で逃げ切ることができる、、、そう期待し2月23日、私はパラベーラ会場で女子フリーの開始を今や遅しと待っていた。

今回の座席はショートの時のカテゴリーAとは異なり、カテゴリーB。それも何とも不幸なことに裏正面の右手コーナー側、それも三階席最上段。これ以上上に行こうにも上は無い、、、壁のみ。いままでの経験で、こんなに悪いポジションからスケート観戦した事は無い。「え〜、本当に?これでは、航空写真になってしまう!」、、、投げ出したくなるようなその座席がどうしても信じられず何度も席の番号を確認する、そんな自分がそこにはいた。応援するその気持ちの伝わりは、決してその距離で決まる訳では無いと自分に言い聞かせながら。

いったいこの場において、イリーナ本人はどんな心境なんだろう。
今回、スターティングオーダーを見て驚いた。なんと最終グループの最終滑走者ではないか。この世界、どんな選手でも心の中で最終滑走を望むスケーターは恐らくそういないだろう。
その理由はいくつかある。
それは、
(1)ウォームアップから自分の順番が回ってくるまでに長い時間が空いてしまい体全体が冷えること。
(2)いったんウォームアップでほぐれた大事な筋肉(滑る時に負荷のかかる部分)がまたクールダウンしてしまうこと。
(3)そして待っている間に他の選手への大歓声などが、必要以上に自己暗示でプレッシャーをかけ、決戦のための戦術に迷いを生じさせることなど、、、メンタルなスポーツでありがちな面もここ一番大きく作用する。

また、今回は本人が強く望んでいた「オリンピックでの金メダル」という絶対他に譲れない大きなの目標があり、その目標は時として大きな励みに、またその一方では大きな自己プレッシャーであったに違いない。
更に、今回トリノでは何とロシアが、ペア、アイスダンス、男子とすべて金メダル。これでイリーナ・スルツカヤが勝てば、4競技の金メダルすべてロシアという快挙達成への「キーパーソン」という、おまけまでついてしまった。
しかし、ファンとしては何より今まで病と闘いながらこの場へたどり着いたその体調が一番心配だ。


何やら暗雲立ちこめるように、金メダル争いのストーリーはサーシャ・コーエンのつまずきから始まった。
すべての選手はこの日の4分間、この瞬間のために調整してくる。しかしながらここ一番で思わぬミスを連発したアメリカ代表をこの目で見た瞬間、何かオリンピックに宿る「魔物」が降り立ってきたのか、、、と思い、そのひんやりした空気と、今までのコンペティションと異なる雰囲気で包まれた会場内を思わず見回してしまった。

荒川静香の演技は、何度もマスコミが取り上げているように、確かに人の心を揺さぶる感動的な出来映えで素晴らしかった。演技半ばから、何やら観衆がその世界に吸い込まれていくのがわかる。おそらくそれは、緊張しながら観ている人々の不安を一つ一つ拭い去っていく力強さ、また感動を引き寄せてくるようなドラマチックな演技力を心から感じているからだろう。
そして、その演技は最後まで揺るぐ事無く、まさに「トゥーランドットの完結」を演じきってしまったのだ。
「メダル争い」という誰もが緊迫し見守るようなその場面を、引き込まれるような演技で締めくくったことにより、単に基礎点の積み重ねでは語れない、目に見えない大きなオリンピック特有の「魅了点」が得点に作用するのでは、とその時感じた。
会場内をシルクのような空気が、ス〜と吹いたその時、私は同じ日本人として「良くやった」、そんな気持ちで自然に拍手を送っていた。
さあ「決戦の時」、これで直接対決のお膳立ては整った、、、そう思った。

「グレート・オーディエンス!」、、、しかし、ラテンの血は熱い。どこの国の選手に対しても分け隔てなく送る「大喝采」や「暖かい励ましの拍手」は、選手も含めすべての人々の心に潤いをもたらしたに違いない。
そんな中、ストーリーも華僑を迎え、観客の心の中では「いよいよか」といった気持ちが自然に高まっていた。

そして、最終滑走者、イリーナ・スルツカヤの名前がコールされる。その表情はいつになく固く、緊張の表情は隠せない。充分間合いを取っている。その姿は自分と戦っているようだった。
この場にいても、何も力になれないファンとしては、ひたすら応援の気持ちと、満足な演技ができるよう祈るだけ。その無力な歯痒さをこれほど感じた事は無かった。「頑張れ〜!」私は心の中で叫んだ。

オープニングのトリプルルッツはコンビネーションにならず単発になった。それは、今後の演技構成上プレッシャーになることを意味する。でも、まだまだ!これからだ!と何度も自分に言いきかせるように見守っていた演技半ば、イリーナにとっては十八番、トレードマークと言えるダブル・スリー・ステップからのトリプルループで、、、ア〜、まさか、、、、、。
普段見せる事の無い痛そうなその表情と共に、観客の中で張りつめていた何かが、プツッと切れたように感じた。
そんな中、演技を繋ぎ、形を整え最後までイリーナらしく表情豊かに笑顔で滑りきったことは驚嘆に値する。そして「決して最後まであきらめない」その不撓不屈の精神とガッツを演技後半いたる所に感じた。


オリンピックという祭典(他の競技会も含め)において多くの選手達は、思い通りの演技ができなかった時、ファンの声援に応えるその表情はどことなく沈んでいる。
しかし、今まさに滑り終え、ファンの声援に応えるイリーナ・スルツカヤのその表情は、満面の微笑みで満ちていて、その笑顔はファンへの感謝の気持ちを表しているようにも見えた。自らの真の胸中を封印し、オリンピックという一つの節目をいつものように「イリーナ・スマイル」で一生懸命締めくくろうとしているその姿に、私は目頭が熱くなった。

ソルトレイク以来4年間、その「長く、平坦では無かった道」を、必死にここまでたどり着いたその過程を知るファンの一人として、今これから知るであろうその「torino 2006の最終結果」はもう二の次でいいと思った。
第一人者として世界のフィギュア界を支え、ここまで頑張ってきたその過程こそ、十分金メダルに値する。今回、残念ながら欠場したアメリカのミッシェル・クワンと共に、世界の女子フィギュアをリードしてきた。まさに、イリーナ・スルツカヤ無くして世界フィギュアは語れない。

過去4年間を振り返り、イリーナ・スルツカヤ、、、、、、、「その人の前に道は無く、その人の後に道は開ける」、と言っても過言では無い程の功労者として、無条件に尊敬できるあまりにも大きな存在であった。


荒川静香、1位、金メダル!
ディスプレーに映し出された最終結果を見上げた時、何か肩にのしかかっていた力がス〜と抜けて行くような気がした。「日本フィギュア、オリンピック史上初の金メダル」、、、しかし、、、言葉が見つからない。

表彰式も始まり名前がコールされ、イリーナ・スルツカヤが表彰台へ。しかし、ディスプレーに映し出されたその姿を直視できず、気がつくと目の前に見えるのは足下のコンクリートの床だけ。そしてそれが次第にぼんやりとにじんで見えた。
そんな時に、欧米のプレス関係者と思われる男性が、私に向かって走り寄りこう尋ねてきた。
「今、一位にいる日本のスケーターの名前を教えてくれ」。何やら慌てている。私が、その名前を何度か発音して聞かせたが、不思議とシズ、、、シジュ???と「シズカ」の発音で悩んでいたが、そんなやり取りが、圧迫されていた私の気持ちを、ふっと緩めてくれたようで少し楽になった。プレス関係者らしいその人は、「オーケー、忘れないうちに〜XXX へ戻ろう、Thank you!」と急いで席から立ち去った。
そして、そんなやり取りを見ていた、私から1席離れて座っていた明らかにイタリアのご夫人が、私の顔をみてニコニコ笑いながら歩み寄り「Congratulation!!!」と声をかけてきた。また更に私の斜め前にいた男性も、握手を求めながら同じように「Congratulation!!!」、、、と。もしかしたら、日本フィギュアが真の意味で世界の舞台と肩を並べ、自他ともに認められた瞬間かもしれない、、、そう思いつつ「Thank you!」とその暖かい言葉に感謝した。

肩を落とし会場を出ると、ひんやりとした大粒の冷たい雨が、、、。残念な気持ちで一杯になりながら天を仰いだ。「でも、イリーナはよく頑張った」そう思いながら。


世の中には「絶対」と言うものは無い。勝負は下駄を履くまでわからない。特にオリンピック史上に残るその結果は、運命の糸で繋がっているいるようにも思えた。
今に思えば、過去に長野オリンピックの時、ミッシェル・クワンが金メダル有力候補であり、誰もがそうなる事を信じて疑わなかったその結末を、タラ・リピンスキーがどんでん返し、クワンは二位に泣いた。そしてその四年後のソルトレイク、クワン、スルツカヤの金メダルへのマッチレースと思われたその脇を、サラ・ヒューズが一気に抜き去り、スルツカヤ2位、クワン3位に泣いた。そして今回のトリノ。いったいオリンピック金メダルの運命線は誰が歩むのか、、、または歩いているのか、、、そう思いつつ自問自答していた私にその答えが返ってきた。
女子フィギュアにおいて、本命が金を逃すジンクスの再現を目のあたりにし、勝負に勝つ事以上に、祭典(オリンピック)で金メダルを胸にヒロインになる事の難しさを、まざまざと知らされた気がした。

イリーナ・スルツカヤがオリンピックで手にしたのは「金」では無く銅メダル。しかし、今回のトリノ・オリンピックを節目とし、一人の人間として、そしてアスリートとして今まで歩んできた人生の道のりや、功績、数々の記録など、残してきた実績を振り返って見るならば、総合優勝は間違いなく、イリーナ・スルツカヤ、、、私はそう信じて疑わない。

「スケートが好きだから、、、」。スケートを滑ることを愛して止まないロシアのスケーターがこれからも頑張り続けてくれること、、、。それは時として夢を運んでくれる、そして時として私たちを勇気づけてくれる、、、また、何よりその微笑みは私たちを幸せな気分にしてくれる。これからもそんな存在であり続けて欲しいと願わずにはいられない。

人生は一期一会。1997年、ロシアのスケーター、イリーナ・スルツカヤを知ったその「瞬間」を今でも忘れない。そしてその奇跡に出会えたことは幸せだ。
私は、ファンの一人として今までの労をねぎらうと共に、今後の活躍に期待したい。

Irina Slutskaya,,,,," You are always a Champion in my heart".


2006年5月
Masami U.