
2011.01〜 東京下町にある、セブンカルチャークラブ亀有(葛飾区)&西新井(足立区)にて「初めてのちりめんつまみ細工」の講座を開始。
主にちりめん素材を中心にしたつまみ細工を回毎にステップアップした内容ですすめていきます。
伝統工芸のつまみ方、基本を大切にしながら今様のつまみ細工を愉しんでいただいております。
また、ご自宅でもすぐにつまみ細工が出来るように、最低限をそろえたお道具セット(ピンセット、糊板、糊、糊べら、ボンドなど)もご用意してます。
お問い合わせはセブンカルチャークラブ亀有&西新井の各店舗までお願いいたします。
→セブンカルチャークラブ
つまみ細工のワークショップ、体験教室、出張講習なども承っております。
詳細等はこちらよりお問い合わせください。
<つまみ簪とは?>
挿絵入りで三都(江戸・大阪・京都)の行事、風俗、市井の雑事の採録誌に「つまみ簪」のことが記されている。
女性の島田髷の背のほうに、しろ、青、赤、紫などの“縮緬”の小片を集めて、“菊の花や鶴の形”をしたものを『簪』として用いた。
江戸時代工から明治初期にかけて活躍した浮世絵師の描いた婦人がのなかにも「つまみ簪」と思われるものを見ることが出来る。
簪の語源は「髪挿し」からと言われている。
古来より、先の尖った細い棒には呪力が宿るといわれてたこともあり、髪挿しは魔除けになるとも考えられていた。
事実、江戸時代には時として女性の自らの身を守るための「武器」ともなったようだ。
江戸時代後期「文化文成期」に、桜の花の枝を折り、髪に挿したのが「つまみ簪」の始まりと言う説もある。
「つまみ簪」には他の素材(銀・鼈甲・珊瑚等)とは違い、絹の羽二重、縮緬で創花をつくることで、
その独特な柔らかさ、美しさ、可憐さを、季節を通して表現することで愉しむことができたわけです。
ただ残念なことに「つまみ簪」は、材料が羽二重などであるうえ、糊付けで加工しているため、保存には向かず、
当時をしのぶ作品は殆ど残ってないといわれています。
(『つまみ』の歴史より引用)
現在、つまみ簪職人と呼ばれる方は全国でも10名にも満たないといわれています。
平成に入ってからつまみ簪は東京指定の伝統工芸に指定されました。
職人は東京を含め近郊に多く、京都で売られている簪も実際は関東で作られているものが増えている実情があります。
その他、職人は海を越えて中国に拠点を構え、中国産のつまみ簪が安く売られている事実もあります。
同じつまみ簪でもお値段がお安いものは中国産の可能性は否定できません。
羽二重やビラ、簪の足なども中国で生産し、つまみを葺き、最後の工程である簪のくみ上げは日本で行われているとか。
伝統の空洞化は職人さんの海外流出もひとつだといわれています。