生きる

                        冴木さとし 作                       

 私は鳴沢明美。27歳。職業はOL。
ごく普通の会社に入った。仕事して友達と遊んで過ごしてきた。
そんな私が出会った彼は杉浦信。

 私は車を走らせていた。
夜中で周りは真っ暗闇。車のライトだけが頼りだった。
曲がりくねった道を進んでいくと田んぼにでた。しばらく進むと
がたんと音がして車が沈んだ。
「あれっ?」と思ったときには遅かった。車がぬかるみにはまってしまったのだ。
アクセルを踏んでもタイヤは空回りするだけだった。
そこへ彼が車で通りかかったのだ。
「大丈夫ですか〜?」
との言葉に
「ぬかるみにはまってしまったので、助けてください」というと。
ロープをだしてきて車をつなぎ、ぬかるみから引っ張りあげてくれた。
「ありがとうございます〜。」とお辞儀をすると
「困ったときはお互い様です。気をつけて行ってくださいね〜」
と言って去っていった。
思い返せばあれが彼との初めての出会いだったのだ。

 その数日後になる。私は雨の中を走っていた。
突然の雷雨で傘を買おうとコンビニにはいったら彼にばったり出会ったのだ。
「あ!」と声を上げると
「あ〜この前はどうも〜。大丈夫でしたか?」と
彼は私のことを覚えていてくれた。そして
「雨と雷凄いですしお茶でもどうですか?」という彼の言葉に
「そうですね。雷も怖いですしね。」と答え
コンビニの前にある喫茶店へ入った。

 「最近は雨が多いですよね〜」と天気の話で無難に彼との会話は始まった。
「梅雨ですしねぇ。じめじめしてこの季節は大変ですよね〜」と私がうなずくと
彼は「洗濯物もかわかないしね〜」と主婦のようなことを話していた。

 そんな天気の話をしていると学生バスから降りた学生さんたちが
大勢店の中に入ってきた。
 順綺堂大学の学生さんで何を隠そう私はこの大学の卒業生だった。
彼は学生を見て、「懐かしいねぇ」とつぶやいた。
んっ?と思って「何が懐かしいんです?」と聞くと
「俺、ここの学生だったのでああやってバス乗って大学通ってたな〜って。」
「えっ、私もここの大学出身です〜。」と答えると
「あー、大学同じだったんだ〜。」
と言って彼は気さくに話し出した。
 「学科は何を?」と聞かれ私は「国文学科です」と答えると
「順綺堂で一番難しい学科じゃないですか〜」と彼は驚いていた。
学風はのんびりした大学で学食がなかなかリーズナブルでおいしく
日替わり定食がよかったよねと学食の話で盛り上がったりした。

「一般教養の化学の春日教授の授業受けた?」と言った。
「受けましたよ〜」と私が答えると彼は
「あの教授の授業難しいよね〜。
何が難しいって抑揚が一定で高速でしゃべるんだよね。」

「そうそう。そうなんですよ。化学とかの公式ものすごい勢いで
しゃべって抑揚が一定だから
どこで式が途切れるのかも分からないんですよね。」
とおもわず私も答えていた。
「どこからどこまでが公式なのかわからなかったよね〜」といいつつ。
「あの教授、まだ教えてたんだねぇ。」
となんで教授になれたのか不思議だといわんばかりだった。

「あの教授のおかげで単位落としかけたんだよね〜。」との彼のぼやきに
「ぇっ?」と私は疑問を投げかけた。すると彼は
「学期末の試験でね。あの教授が試験監督官だったのよ。
講義室のながーい机に座るじゃない?
その一番端に座って試験受けてたんだ。
で、問題に関する解答を書いていたら…」
「書いていたら?」と話を促すと

「そしたら。『何をしてるんだ君は!!』って大声出して、
春日教授が机の上の飛び乗ってさ。
机の真ん中でカンニングしてる奴のカンニングペーパー取り押さえたんだよ。
まさに机の上にダイビング。
で、カンニングした奴の隣にいた俺は頭真っ白。
何書いてたか分かんなくなっちゃって。」
私は思わずふきだしそうになった。
「次の日から『春日教授は高速で飛ぶ』って
学生の間で噂が広まったんだけど。
あのときはほんと参ったよ〜」と彼は笑った。
私もあの教授ならやりそうかもと笑った。
そんな彼との会話は本当に楽しかったのだ。

 それから私たちは頻繁に会うようになった。
自然と付き合うようになり2年を経過していた。
 お互いの家に行き来するようになり、
彼の家でカルーという猫を飼っていることも分かった。
なかなか私には懐いてくれなかったが、彼には家に帰ってくると一声鳴いて
帰宅を知らせに走って近寄ってくるという懐きようだった。
 私には近寄らないカルーが彼には頭をすり寄せていくのを見ると
本当に大事にされてるんだなーと思ったりもした。
そんなカルーに事件があったのだ。

 キキィィィィ!と音を立てて車が止まった。
同時に猫の鳴き声を聞いた。彼は駆け出した。車は方向を転換して
走り去った。そこに残されたのは
私と彼とケガをした彼の飼い猫カルーだった。
慌てて、カルーを病院に私たちは連れて行った。
 手術をしたが、カルーは内臓を激しく痛めたということだった。
呼吸がままならず、今のままでは
今日を乗り越えられるか分からないとのことだった。
だが、胸に穴を開け管を通し、肺に空気を送れば
もう少し生き延びられるかもしれないと言われた。
私は悩んだ。彼も悩んだ。
でもずっと悩んでいられるだけの時間はなかった。
彼は迷い悩んだ末、カルーを連れて家に帰った。
 そして、カルーは息を引き取った…

 それから彼はしばらく元気がなかった。
何を言ってもぼーっとしてることもあった。けどカルーのことだと
分かってたから私は何も言えなかった。
「動物を飼うってことは必ず飼った動物の死を看取るってことなんだな。」って
彼は言った。
 そういって無理やりふっきって、
彼は徐々に日が経つにつれて元気を取り戻していった。
仕事も順調に進むようになった。順風満帆に物事が進んでいった。

 そして今、私は人生の分かれ道ともいえる状況を迎えていた。
彼は下を向いたまま硬直している。
手には光るものが…彼との日々を思い浮かべる。
大恋愛ということはなかったにしても彼が静かに、
しかし深く愛してくれているのを感じ私も彼を愛した。
今までの日々を思い浮かべ、思わず笑みがこぼれた自分に気づき
彼の申し出にうなずいた。そして指輪を受け取った。

 そして結婚を迎える前に彼と話し合い、アパートに住むということになり、
その準備をしていた矢先だった。
彼が事故に遭ったという知らせだった。私は病院に向かった。
 手術中という赤いランプが不安を掻き立てた。
私はいまだかつてないほど祈った…すがるような気持ちで祈った。
ランプが消え医師が出てきた。
彼の手術は終わった。しかし意識は戻らず未だに危険といえる状況だった。
彼は絶対安静で集中治療室へ入れられ面会謝絶となった。

 そして私は医師からこう言われた。
「生命維持装置をつけますか?つければ杉浦さんは生き続けます。
 現状では無理ですが、今後医療が発展し治療法が
 確立されれば意識が戻る可能性もあります。
 しかし維持費もかかります。生活に余裕がなくなれば…まぁ…」
と医師は口籠もった。

 私は迷った。生活は普通に生きていくなら問題ないという程度で
月十数万も払って生活していけるほどの余裕はない。
貯蓄が減っていくのは目に見えている。
でも。
それでも彼に生きていて欲しかった。
私は医師の申し出にうなずいた。 

 それから私は昼は会社で働き、夜も働いた。
朝も昼も夜も働き心が休まるのは生命維持装置をつけた
彼の前だけだった。
私は彼の体をマッサージして刺激を与えたり話しかけたり
良いといわれることは全てした。

 そうした生活が一年ほど経ったころだろうか。
彼の母と病室で出会った。
意識は戻りましたか?と期待しつつ半分絶望しつつ尋ねた。
彼の母は首を横に振った。
 習慣のように繰り返した動作をして彼に話しかけた。
大学の頃のこと、楽しかったこと、彼への想いを話しかけた。
するといつもなら反応のなかった彼が「うぅぅ」と声をだしたのだ。
苦しそうな声をだしたので私は大丈夫っ?とかけよった。
すぐさま彼の母は医師を呼びにいき戻ってきた。
彼は苦しそうにしながら私に大丈夫といったように微笑み意識を失った。

 医師と看護師が激しく出入りした。
彼の意識が戻った。もしかしたらと私は祈った。
しかし心臓の規則的な音が一定音に変わり、
「17時48分……残念ですが。」
 そういって医師はでていった。簡単なものだった。
私はその言葉を何も思わず聞いていた。そして彼を見て、
動かなくなった彼を見て、奇跡など起こらないものだと思った。
 そして彼にしがみついて泣いた。
だが、それさえも彼の死の確認でしかなかった。

 数日が経った。彼の葬儀はつつがなく行われた。
彼の死を悼む人々が来てくれたが
 それも私にとってはやるせなかった。
彼は死んだのだと認めざるをえない状況が…
私にとって周りは昔のモノクロの映画のようだった。
「元気をだして。」    どうやって?
「気を強くもってね。」   なぜ?

 私にとって人々の声はノイズだった。
私はただお辞儀を繰り返すだけの人形だった。
 だが、彼の母に手を握られ「ありがとう。」
と言われ私は泣いた。子供のように…

 私は無気力だった。
彼の死は今までの努力は無駄だったと言われたかのようだった。
それでも日々の生活は私につきまとい、
生活のために働かなければならなかった。
生活は彼が亡くなったことで仕事も減らした。
しかし、生きていくための最低限の仕事はするが、
私は彼が意識を取り戻すという目標を失い、
何のために生きているのか分からなくなった。
壊れてしまえた方が楽かもしれないと思った。
 だが、今から思えばそれは自分にとっては楽なのだ。
彼を失いそれでも「ありがとう。」と言ってくれた彼の母が、
私が気がふれたと聞いたら悲しんでいただろう。

 何も考えずふっと彼のことを思い出し、
いないと思い出し何度泣いただろう。
涙はかれることはないのかと笑った…
彼が亡くなり減らした仕事だったが、
あえて仕事量を増やし、私はがむしゃらになって働いた。
そう、何かに打ち込めば彼のことを忘れられるからだ。
私にとっては仕事だった。

 理由を知る友人は
眉をひそめ、「大丈夫?」と心配してくれた。私はうなずいて笑顔を
つくるのがやっとだった。
重要な企画であればあるほどよく練り上げるため彼のことは
考えなくなっていく自分がいた。

 2つほど季節が変わる頃、周りは彼のことを忘れていった。
私だけが彼を忘れていなかった。
忘れられなかった。
 これほどまでに彼は私の心の中で大きかったのかと思うと悲しかった。
彼に似た名前、歩いている人の後ろ姿、知らない人のちょっとしたしぐさ、
そうした周りにあるものが私に彼を思い出させるのだ。私は彼を憎んだ……
その時自己嫌悪に陥り、私は死のうかと考えた。
刃物を持ち手首に持っていき切るのをとどまり、
死ぬ勇気もない自分が滑稽で仕方なかった。

………一周忌。

 私は彼の母に会いに行った。私の思ってきたことをこう話した。
そして忘れられないと。彼の母は黙って聞いてくれた。

「生きていた時の彼を見ていて思いました。
彼が可愛がっていた飼い猫のカルーが事故で死んでしまった時
カルーへの接し方をみて、
ただ死を遅らせるだけの延命は善しとしない人だと。
生き残る者のための罪悪感を取り払うために
医療の力での単なる延命を望まない人だと。
治らないと言われた猫をさらに痛めつけるのを善しとせず連れて帰り、
一晩寄りそって共にカルーの死を静かに迎えた彼だから。」

「でも、ごめんなさい。苦しんでいても彼に生きていて欲しかった。
話ができなくてもいい。息をしているだけでもいい。
意識を取り戻す可能性が0でないならばそれにすがった。
当時の私は、ただ彼に生きていて欲しかった。
ごめんなさい。」
 私は泣き崩れた。

 泣き崩れる私に彼の母は優しく話しかけた。
「あなたがあの子に生きていて欲しいと思ってもいいの。
あの子が望んでなかったとしてもいいの。
あの子が苦しんで死んだとしてもここまで想ってくれるあなたならば
きっと許してくれる。
私だって意識が戻る可能性にすがりたかった。」
そして「私も忘れられない」と話してくれた。

「本当に毎日のように思い出します。あの子の生まれた頃から、
小学校、中学校、高校、大学時代…あなたに出会ったときのこと、
あの子の生きてきた想い出を。えぇ、本当に昨日のことのように。
結婚するとなったときのあの子のはしゃぎようはすごかったんですよ。
本当に親ばかでねぇ。
結婚の女性が悪い人じゃないか心配だったんですけど。
こんなにあの子のことを思ってくれる人に出会えたんですもの。
幸せものですよ。あの子は。
でも、あなたがそんなに苦しんでいたとは。でも…」
「でも…なんですか?」

「そんなあなただったから、あの子は意識を取り戻しあなたに微笑み
そして死んだの。私がどれほどあなたをうらやましかったか。
あなたは見なかったのですか?
死ぬ間際のあの子の笑顔を。
あなたに心配かけまいとするあの子の笑顔を…
私はあんなに優しい笑顔は見たことがない。
小さい頃からの記憶を思い返してみても見たことがない。
そんな笑顔を向けられているあなたがうらやましかった…」

 私は抱いてしまった憎しみが
どうしようもない愛しさに変わっていくのを感じた。
彼の笑顔を思い出して泣いた。
 今までのどんな時よりも嬉しかった。彼の母は泣いている
私にこうささやいた。

「でもね。あなたは生きているの。どんなにつらいことも想い出になるから
人は生きてゆけるの。
だからあの子のことを……時々は思い出してあげてね。
私はそれで充分だから。」
 彼の母は泣きじゃくる私の涙をやさしくぬぐいながらこうも言ってくれた。
「あの子が死んで、あなたの努力は無駄だったと思ったかもしれない。
でも、苦しかった想いや悲しかった想いを乗り越えたとき、
その経験は必ずあなたにやさしさをもたらすわ。
そしてあなたがこれから生きていくのに、
きっと大きな力をあたえてくれる。
だから大丈夫。これからもがんばってね…」
私はうなずくことしかできなかった……
一周忌がこうして終わった。

 三回忌を迎える頃……
「現在の医療サービスや介護の負担を考え、
以上のような企画を提案いたします。何かご質問は?」
「なかなかいいんじゃないかね。」
「ありがとうございます。」
 
 私はあの頃に比べれば穏やかな日々を送っている。
でも私は忘れない。彼への想いに苦しんだ日々を。
彼と共に生きたそれ以上に楽しかった日々を。
その想い出は彼が生きていた証、 
そして私と彼との絆なのだから……

END
2006/6/9

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いかがでしたでしょうか?重すぎる話なのは相変わらずです;
もとはといえば自分の名前をネットで検索して、
今は閉鎖してしまいましたがorz
ネット小説紹介サイトLBの小島小鳥様の
紹介文に私の小説「生きる」がヒットしたのが、
この小説を書き直したきっかけです。
 もったいないといわれてるうちにほんとにもったいない気がしてきて
書き直しました(笑)
書き直さなかったほうが良かったのか書き直して
良かったのかは分かりませんが、
せっかく書き上げてしまったのでアップすることにしました。
小島小鳥様のサイトに紹介されていた[生きる」の原文は
「私は生きる」という題で残してありましたが、2010年11月9日に
削除しました〜。

2008/2/9ラスト若干修正。

 何か思うところあったなら幸いです_(._.)_



 



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