プロフィール
1995年 石井(19)がバイト先で出会ったDJのK谷くん(19)と、サンプラー、ターンテーブルなどと言ったデジタル機材をいじくったりする事からはじまったユニット 当時は名前などなく、ただレコードかけたり、誰に聞かせるでもなくラジオを収録したりしていた。 1996年 翌年ひょんな事から、池袋にて行われた沢山のパフォーマーが集まる祭典「シアターアビリティマーケット」に参加する事に。 その際、主催者から「ユニット名ないとダメだから、今すぐここで決めて」と言われて適当につけたのがラ・サプリメント・ビバ 各々1台ずつサンプラーを操り、リズムにのせてサンプラーを操作するという今思えばお粗末なパフォーマンスだったが、なぜかたまたま見に来ていた人に評価され、数日後お芝居の前座としてステージに立つ、その後は特に誰にも評価されることなく、K谷くんは就職活動、石井はお芝居の世界に身を置き、活動休止 1997年 翌年、石井1人でラ・サプリメント・ソロという名前で活動再開。 「ジャパンアマチュアナイト」というアマチュアパフォーマーの祭典に参加。 審査員から「新しいモノを感じる」といわれるものの、予選敗退。そのまま活動休止。 1998年 翌年の「ジャパンアマチュアナイト」に、同世代の3人組、大洋ホェールズというユニットにサンプラー担当で参加、審査員から爆笑を誘い見事予選通過し、決勝でも大勢のお客さんから爆笑を誘い、そのまま優勝 多分「本場のパフォーマーを見て勉強しておいで」と言う意味で貰った優勝の目録「ニューヨークペア往復航空券」、4人組だったので2人しか行けないという理由で、そのまま換金して4等分 1999年〜2001年 演劇活動を続けながら、スケジュールが合う時には大洋ホェールズのライブに参加 この頃のサンプラーを使って面白いことをやっていた時代が、後のサンプラーコントの礎になっている 2002年 メガロザという劇団でイベントに参加した際、大洋ホェールズのライブで使ってたサンプラーの音に合わせて動くという、現在のあてぶりコントをはじめてやってみる 2003年 メガロザを脱退し、1人で新しく演劇ユニットを立ち上げることになるが、名前が決まらないので空いていた「ラ・サプリメント・ビバ」をそのまま使用 2004年 新生「ラ・サプリメント・ビバ」。当初は比較的まっとうな演劇をやっていたとは思うが、序々にコント色が強くなり、この頃には完全に音を使ったコントがメインになっていく 2005年 音を使ったコントが功を奏し、演劇界の登竜門「ガーディアンガーデン演劇フェスティバル」に見事出場。 そのまま神戸スプリンクルシアターにも参加。大阪ショートプレイフェスティバルにも参加 この頃から、演劇ユニット時代から長く一緒にやってきた八尾ポップ、石本真一朗とともに3人で都内ライブハウスや、イベントに出演し始める 2006年 3人で、アマチュアパフォーマーの祭典「POWEREGG 2006」に出場 「審査員特別賞」を受賞 この頃には出演するイベントも増え、本格的に3人で活動を開始 2007年 翌年も行われた「POWEREGG 2007」に出場 1年分の思いが届き、見事グランプリ 2008年 3月 今後は3人個人活動をしていく方向で、活動休止 6月 石井、これからはラ・サプリメント・ビバという名前で個人活動する予定 |