「ローマの休日」Roman Holiday


【1953年 アメリカ映画 118分/スタンダート/モノクロ】製作・監督: ウィリアム・ワイラー 原案: ダルトン・トランボ 脚本: イアン・マクレラン・ハンター(実はダルトン・トランボ)/ジョン・ダイトン 衣装: イーディス・ヘッド 出演: オードリー・ヘプバーン/グレゴリー・ペック/エディ・アルバート ほか

あの映画評論家の淀川長治さんが、最晩年の頃、あるテレビで
『オードリ−・へプバーンといえば、なんてったって「ローマの休日」。
これです!』
と言われていたのを聞いて、わたしもすごく嬉しかった。

なんてったって「ローマの休日」

 


 

あらすじ

 ヨーロッパを表敬訪問中の某王国のアン王女(オードリー・ヘプバーン)は、ローマを訪れた夜、自由のない王女としての毎日に嫌気がさし、ついに滞在先の宮殿から抜け出した。事前に医師に打たれた睡眠薬のため道端で眠り込んでしまうアン。そこへ偶然通りかかったアメリカ人新聞記者ジョー・ブラッドレ−(グレゴリー・ペック)は、おかしな成りゆきで「酔っぱらいの不良娘を自分のアパートに抱え込んでしまうはめになってしまった」と勝手に考え、腐っていた。翌日通信社でアンの驚くべき素性を知ったジョ−は、「世紀のゴシップ記事」のアイディアを思い付く・・・。

 


 今や「ローマの休日」が不朽の名作だということは万人が認めるところだろう。この映画は1954年のアカデミー賞で作品賞を含む9部門でノミネートされ、映画初主演のヘプバーンが主演女優賞を獲得した。
 
物語の設定は古典的おとぎ話「王子と乞食」のように単純で分りやすく、全体の演出は少女漫画のようにおしゃれで品がある。そして「妖精」のようなオードーリ−・へプバーンの初々しい美しさ!おそらくこの映画の封切当時は、新たに数多くの「映画少女達」が誕生したのではなかったろうか? ところで、この映画のジャンルは、恋愛映画?コメディ映画?
 ある時、この映画は「ローマ市の観光促進を目的として企画された」という話を聞いた。えっ?!タイアップ映画?そっ、そんな、まさか!、、、ってことは、日本の「喜劇、駅前○○」「○○温泉殺人事件」などとかいうような映画と同じレベルなの?

 しかし、改めて見直してみると、この映画の舞台がローマ市のオールロケーションで、しかも、シーンのほとんどが「ローマ観光名所めぐり」で占められていることに気がつく。きわめつけはラスト近く、新聞記者達との会見シーンだ。『今度の御訪問では何所が一番印象に残りましたか?』との質問に、マニュアル通り『いずこの地もそれぞれ甲乙付け難く、、、』と言わなければいけない所を、『、、、ローマ!』 『この地を訪れたことは、生涯忘れえぬ想い出となるでしょう』
 つまり、この映画を締めくくる肝心の場面で、王女様に『なんてったってローマ!』とローマ観光のキャッチコピーを言わせてる。このことからでも、この映画がまぎれもない『ローマ観光宣伝映画』に思えてくるじゃないの。
 
ところが、このシーンなどからいやらしい「商魂」を感じて興醒めする人はまず居ないと思う。それどころが、『このヘプバーンのセリフが良い、このヘプバーンの「ローマ」と発音する声が良い』などと言う人が居て、この映画の名シーンのひとつにさえなってる。
 わたしも、改めて観た時、このシーンの裏に隠された演出の「洒落っけ」のようなものを感じて、思わず「ニヤリ」としてしまった。
 「映画のついでにローマ観光」を、ではなく、堂々と真正面から、「ローマってこんなに素敵なところです」という演出が成功してる。監督をはじめ、この映画制作者たちのプロ意識が優れている。だからこそ世紀の名作にもなったのだと思う。しかも、半世紀たった今でもこの映画がローマ観光に与えている影響は絶大である。

 言ってみればイラストの世界もコマーシャリズムを抜きにしては考えられない。映画ポスターにしても、商品宣伝にしても、露骨な絵、品の無い絵にならないよう心掛けることも大事なのだと思う。
 そういえば最近聞いた話だが、昔、歌舞伎でも、役者が芝居の中、突然舞台上で商品を手に『○○商店の○○は良い!!』などと宣伝してたという。「てなもんや三度笠」のクラッカーメーカーの宣伝みたい?う、古いTV番組なので知る人も少ないか、、、

 

 もし私が今後ローマ観光するようなことがあって、「真実の口」の前に立ったとしたら、、、間違い無く、一度はグレゴリー・ペックの真似をしてみると思う。

 嘘を付く者の手を噛むという「真実の口」。主人公二人はそれぞれ自分の素性を相手に偽っている「嘘つき」である。ただ、ジョ−はそのこと(嘘をつきあってること)を知っているだけ罪深いのかもしれない。(さらに我々観客も知ってる、知らないのはアンだけ。)この複雑な心理ゲームに、二人のそれぞれのアクション。観ている者をついつい引き込んでしまうこの話の持っていきかた、設定の見事さ、つくずく脚本が上手いなぁと思った。
 

*上の画像をクリックすると拡大表示になります

私はこのシーンの終り方、二人が大笑いしてこの場を立ち去った後、背後にある石の顔のレリーフが、静かにこちらを見つめている「映画的時間の流れ」が好きだ。何かを暗示させる演出。人それぞれ感じることは違うだろうし、それで良いと思う。こういう表現が出来ることこそ映画だと思うし、まさにこのシーンは「映画になってる」と思う。

 黒澤明が『ウィリアム・ワイラー はすごい監督だ!』といっている。巨匠といわれる同業者が絶賛するウィリアム・ワイラー 監督は、もちろんハリウッドを代表する監督で、アカデミー賞最優秀監督賞にノミネートされた回数が歴代第1位。この監督は撮る映画のジャンルが幅広い。「ローマの休日」のようなロマンスものも撮れば、スペクタクル映画「ベン・ハー」も撮る。あ、そういえば「コレクター」もこの監督か。

 


 

 

 この映画の脚本を担当したのはダルトン・トランボだが、この時ハリウッドから閉め出しを喰っていたため、友人のイアン・マクレラン・ハンターという名前を借りた。
 なにか悪いことをして閉め出されたというのではなく、彼は当時ハリウッドに吹き荒れていた「赤狩り(共産主義者狩り)」で、当局への密告を拒否した映画人達、いわゆる「ハリウッドテン」のひとりだったのだ。現在では「アカ狩り」は過去のハリウッドの汚点とされている。
 この映画でアカデミー、オリジナル脚本賞を受賞した友人のハンターは後年真実を告白し、1993年、オスカー像があらためてトランボの手に渡った。

  

 

*上の画像をクリックすると拡大表示になります
 

 わたしがこの映画を最初に観たのは、日本語に吹き替えられたテレビである。その後何度か放送される「グレゴリー・ペック=城 達也の声」があまりにも心地よいので、自分の中では「やっぱグレゴリー・ぺックは城達也でなきゃ!」というイメージになってしまったが、今や残念ながら故人となられたので、今後の吹き替えは誰がやってもいまいちではないか?、、、と、思ってたら、最近放送されたものでは、グレゴリー・ぺックの声を俳優の津嘉山正種さんが担当。『おお!なるほど』と思いました。

_古賀.2004年11月26日