巡り出した季節。
動き出す時間。
戻れない。
進んでいく。
「やっぱり寒いですね、泰継さん。」
「そうか?私はあまりそう感じないが……。神子、無理はするな。」
「はい。有難うございます。でも、大丈夫です!」
にっこりと笑った花梨にそれ以上言えず泰継は口を噤んだ。
大丈夫。
それは花梨が使う呪いだ。
この京に花梨が舞い降りた時から幾度となく聞いた言の葉。
どうしても、この言葉を紡がれると強く出れない。
「次は何処に行くのだ?」
「うーん、そうですね、水の力が少し不足しているし、回復札はこれからもっと必要になるし……。」
考え込む花梨の横顔を見つめ、泰継は視線を動かした。
止められていた時間が動き、季節は秋から冬へと正しく動く。
昨日の夕方から降り出した雪は明け方まで降り続き一面を白く染め上げた。
鮮やかな緋色から覆い隠す白。
結界が破られ時が流れ出したのも花梨がしてくれたこと。
全て、龍神の神子である花梨のおかげだ。
力が足りなかった神子は日々の努力の甲斐もあり、誰もが目を瞠るほどの力を得た。
京のあちこちに出現していた怨霊は花梨に封印され安らかな眠りについている。
泰継の神子、花梨が京を導いてくれているのだ。
「よし。泰継さん、行きましょう!」
次は何処に行くか決めた花梨が泰継の顔を見上げた。
「泰継さん?」
くるくる動く表情。
鮮やか翠の色をした瞳。
誰よりも優しい、泰継に心を与えてくれた少女。
龍神によって呼ばれた神子は役目を終えると元の世界に帰るという。
花梨も元の世界に戻るのだろう。
決して口には出さなかったが帰りたいと願っているのを知っている。
一人寂しそうに月を眺めていたのを見たことがある。
たった一人、この世界に呼ばれ……どれだけ心細かっただろうか。
大丈夫、大丈夫だと何度自分を奮い立たせたのだろうか。
(神子……。)
元の世界に帰る。
この小さな身体で人々の期待を背負い、必死で前に進んできた花梨。
もうすぐ花梨は元の世界に帰る。
「泰継さん、どうかしましたか?」
「何でもない。行くぞ、神子。」
心配そうに泰継を見つめる花梨を安心させるように、少しだけ口角を上げると泰継は歩き出した。
後を追うように花梨も慌てて動き出す。
時は動き、季節は廻る。
全て正しい方向へと。
泰継のたった一人の神子が時を進ませた。
「……花梨。」
歩調を緩め、花梨を先に歩かせながら泰継はそっと名を奏でる。
花梨、花梨。
たった一人の泰継の神子。
役目を終えるとお前は帰る、元の世界へと。
――私を置いて。
行かないでくれ。
その一言が紡げない。
今までどれだけお前が苦しみ悩んだか知っているからこそ、言えないのだ。
「泰継さん、見て下さい、椿が咲いてます。」
ふわりと微笑んだ花梨に泰継は目を眇める。
あと何度、この笑顔を見れるだろう。
忘れる事はない泰継はどの笑顔も記憶に刻んでいく。
花梨が居なくなっても鮮明に思い出せるように。
刻々と時が迫る。
もうすぐ彼女が居なくなる、その時が。
(行かないでくれ、帰らないでくれ。)
泰継の切なる願いが籠った言の葉は凍りついたまま音にならずに、消えていった。
その一言が凍りつく
2011.02.05