夜叉


序章
夜叉・・・・。
ネットで夜叉で検索すると犬夜叉関連ばかり出て来る・・・。
ちょっと待ったっ!!
犬夜叉は"犬"夜叉であり、夜叉じゃないだろっ!!

本章
では、まず夜叉を語る前に「毘沙門天」を語らねばならないでしょう。
毘沙門天と言えば七福神の一人。
四天王の広目天、増長天、持国天、多聞天のうちの多聞天であり、十二天の一人でもあります。
真言は「オン ベイシラヤナヤ ソワカ」とも「ノウマク サマンダボダナン ベイシラマンダヤ ソワカ」とも。
私の調べではハッキリ分りませんでした。
梵字 ベイ
毘沙門天の別名が多聞天であり、毘沙門は梵語の音写で、意味は多聞とか普聞と訳されます。
すべてのことを一切聞きもらさない知恵者という意味です。
北方守護でヒンドゥーのヤシャ王クヴェーラがその由来であり、軍神であるほかに財宝神としても信仰されています。
配下の中に「夜叉」や「羅刹」を従えています。
戦国時代、上杉謙信は「怨敵退散の軍神」として常にこの尊を信仰しており、出陣の際には小さな木造の毘沙門天を懐に入れ、旗には毘の文字を使っていたと言われています。
本人は毘沙門天の生まれ変わりと信じていていた程です。

では、毘沙門天と夜叉の繋がりは何処でしょう。
それは夜叉が毘沙門天の配下であることです。
国語辞典を引くと「インドで人を害する悪鬼。薬叉」とされています。
または「鬼神」ともかかれている所からすると夜叉は悪いイメージが大きいのです。
でも、実際そうではなく、元々北インドで信仰されていた水の守護神であり、男性と女性がいました。
男性版は「ヤクシャ」(これから「薬叉」となった。)
女性版は「ヤクシー」と呼ばれ当時善神として扱われていました。
ただその地方を侵略した異民族が住民を屈服させようとして、魔族として扱われるようになったと言われています。
その容貌は牙や爪、人肉を好む、目が血走っているなど毒々して表現がなされこの時点であまり良くないイメージがついたと思われます。
ただ、ヒンドゥー教の成立が再び彼らのポジションを上げることになります。
ヤクシャ(夜叉)の王であるクヴェーラ(毘沙門天)が千年に渡る修行の末、至高神ブラフマーに認められ、北方の財神として崇められるようになりました。
このような過程から毘沙門天。そしてその配下である夜叉は善神と悪鬼の二面性を持つことになります。
これは日本へ渡ってきてからも変わることなく、最大の武神と崇められました。
このように夜叉は善神と悪鬼の二面性を持っており。
人間と妖怪の混血である犬夜叉と似ている点もあります。
犬は一目見れば分りますが、夜叉と言う部分にはそのような意味合いがこめられていたのかもしれません。
つまり、夜叉とは単に悪い奴でもなしに良い存在としても扱われなかったのです。
ただ日本の傾向としては仏教的に夜叉のイメージとは違いリアルな人間の浅ましさなどを指すことが多いのも、夜叉のイメージが良くないものにも繋がっています。

犬というのは父が犬の大妖怪であったこと。
夜叉は二面性。
善悪を併せ持つ、そして武神であることを意味し、犬夜叉というキャラクターが作られたのではないかと思います。

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