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「ム−ミンの国フィンランドでの個展」
私は国際的な作家になったのか。ふっと、そんな錯覚に陥った。2002年3月18日、テープカットの為張られたテープの前に立たされた。右隣にフィンランド文部省の文化庁長官、左隣に日本の加来公使、他主催者のフ日協会代表のマッティ・エネスタムさんと北海道フィンランド協会代表の井口さんが並んだ。テープがカットされる前、主催者のエネスタムさんの司会で文化庁長官のスピーチがあり次に日本公使のスピーチがあった。打ち合わせでは、次に私が謝辞を述べることになっていたのだが、何故か私のところにマイクが回って来なかった。せっかく寝ないで格好のいいことを考えていたのに、ちょっぴり残念。木路にしゃべらせると長くなるとフィンランドにおいてもどうも知られているようだ。
テープにハサミが入れられた。正装された30人による男性のコーラスが静かに流れるなかで私は花束をいただいた。私は入場する一人一人とお礼の握手を交わしながら迎え入れた。「ヴェネズエラの大使です。妻です。」「チェコの大使館のものです。今日はあいにく大使が出席できませんでしたので…」約150人位
の方々と私は握手を交わした。私は男性コーラスの方々ととは芸術家同士なので特に強く手を握った。
2002年3月18日から4月13日までフィンランドの首都ヘルシンキの文化センター(一日4,5000人集まる)にあるマルミタロウギャラリーで展覧会を開くことができたのは、北海道フィンランド協会の井口さんのお陰である。井口さんは人望の厚い方で、特にフィンランドの実力者たちとの親交も多くそのお陰でフィンランド大使館と日本大使館が実質的にも後援をして下さった。
作品は手前みそになるが好評で、新聞、雑誌等の記事を見ると、日本で有名な作家として紹介されている。これにはあわてている。「札幌では」あるいは「日本の片田舎では」と書き換えてもらいたいのだが…本当にもう恥ずかしい。…この次は2003年NYの予定になっている。私は今ムーミンママに守られて幸せなのである。
木路 毛五郎
「木路毛五郎さんとの線・面
・縁」
木路さんは、2003年12月4日、逝去されました。
北海道の芸術・文化の振興、また美術教育などに多くの貢献をされた木路さんをしのんで、2004年1月13日、「木路毛五郎さんをしのぶ会−木路毛五郎さんとの線・面
・縁」が開かれ、各方面から多くの方々が出席され、思い出を語り合いました。
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