
〜2003年8月
小園 弥生
■ 8月2日 東京西荻窪・奇聞屋「骨のうたう 歌と詩の会」
8月に入ってやっと梅雨があけ、とたんに夏がやってきた日。くらくらするような真夏の3時、中央線西荻窪の駅に降りた。ごちゃごちゃと猥雑な古きよき商店街がある町で、私はうれしくなった。氷屋さんや下駄屋さんなどをみてまわり、アイスコーヒーを飲んでから、奇聞屋(名前がいい!)に一番乗りした。木賀さんというPA担当の若い女性が迎えてくれた。こういうスタッフがいらっしゃる贅沢を味わいたくて、日ごろ汗して働いている自分へのごほうびに? 今日はライブハウスを借りたのだ。店のオーナーでピアニストの吉川正夫さんとは昨年、二女・秋帆の保育園のイベントにお招きしたことから知り合った。自然素材の気持ちのいいスペースで、マイクが内蔵されているというピアノは、高音がきれいに響いた。きょうはどんな方たちが来て下さるだろうか・・・。
その晩、ライブ空間は静かな愛情の気に満ちていた。浩三さんのスライド写真が大きく投影された小さなお店で、歌、手紙の朗読、会場の老若男女のみなさんのお話が次々と玉手箱から繰り出されるようにあふれる。岩波現代文庫も藤原書店も、両方の編集者が若い女性だった! 「浩三さんに自分は惚れてもらえそうもない、と片思いをしながら本をつくりました」と言われたのにはびっくりした。そんなえらい女の人も現代にいるんだ、と。森節子さんのホームページが仲介してのメール友達の方たちも若い人が圧倒的に多い。浩三さんと彼を伝える人々を紹介したいというライターの稲泉連さんも、ドキュメンタリーをつくるべく撮影開始したという日大映画科出身の高梨倫行さんも20代の青年。東京では若者たちが浩三さんの世界に愛着をもっている。もちろん、初めて知るという方も中にまじっていらっしゃるからうれしい。そうでなければなにか内輪のマニアックな会になってしまう。
さまざまな世代の方がこの会に少しずつ、思いを持ち寄ってくださった。「みんながみんなで愉快に生きよう」という浩三さんの詩「五月のように」のフレーズがそのまま空間になったようだった。私はほとんどやみつきになりそうな幸福感に包まれた。いろんな方からメールやファクスで寄せられる感想を読んで、私だけがそう感じたのではないとわかったから。
いくつかを紹介させていただく。
「ちいさなちいさなライブハウスに40人ほどが集まった。子どもから老人まで、ことごとく良い顔をしていた。共通の友人を懐かしむような、そんなあたたかさがあった。互いの肩をくっつけながら、それぞれの想いを竹内の詩にのせた」
(くつないさむさんのサイト8月3日/雑記より抜粋)
「いい時間をありがとうございました。・・・こんなお金にもならないけれど自分たちの思いを寄せている空間があるのですね」「大発見がありました。会場で古い友人に会ったのですが、伊勢出身の彼女も竹内さんというのです。遠縁にあたるの?と聞いたら、なんと竹内呉服店を継いだ方のほうの娘にあたると・・・」
その娘の方からもファクス頂きました。
「まちはいくさがたりであふれ、征くはなし、勝ったはなし・・・まぬけなぼくなの・・・という歌とピアノ・・・琴線に触れました」
ライブハウスというスペースとスライドがよかった、曲がどれも素敵だった、あんなふうに朗読ができたら、
等々のメッセージもたくさんいただいた。2000年、三重県青山町の高校生の感想に「これなら詩を部屋で読んでいたほうが・・・」と書かれたことがあり、そのときからすると格段の進歩ではあろう。歌の力、声の力が生きなくては・・・。
絶大なエネルギーをみなさんからいただいて、今回の相棒である坂浦洋子さんからも「楽しかったです! 今度はこの詩を歌にしてハーモニーもつけたら・・・」とメールがきた。そうだわー、とまたやる気の出てきたシンプルな私。こうして歌が増えていく。4日後には「夜通し風が吹いていた」と「南からの種子」がまったくちがう曲調で仕上がった。その3日後には「夜通し・・・」を三重県津市で歌っていた。この詩は読んでいるだけで風が流れてくる気がして、わざわざ歌にする気はこれまで起きなかった。でも、今回やってみて、かわやへ突っ走っていく浩三さんの気持ちが身にしみた。
上着のボタンもかけずに かわやへ突っ走っていく
かわやのまんなかに くさったリンゴみたいな 電灯がひとつ
その電灯は、あの時代を生きていた浩三さんそのものであるような気がしてならない。そして私自身にも、僭越ながら似た血が流れているのを感じる。歌が自分のなかにおりてくると、周囲がどうであろうと形にせずにはいられない。それで楽しくなりたい。悲しみをこえたい。人とつながりたい。それは、祈りのような気持ちで。
私は歌をつくることと場をつくることが大好きだ。そう思っていたが、実は、それは私自身が生きるために必要な営みのようである。
ライブ当日のシナリオは、1月に世に出た岩波現代文庫『戦死やあわれ』を大いに参考にした。青春の詩と詩のあいだにゆかいな手紙がちりばめられており、「このままをやってみたい」と思ったのだった。企画の構成を考えるのはわくわくする。
さらに初めて歌と朗読を合わせげいこしてみたときは、もっとわくわくした。坂浦さんの永作博美のような声と自分の感情を没入しすぎない朗読のスタイルは、浩三さんの手紙にぴったりだった。「それで浩三さん、あなたはどうするの?」と返答したい気になった。
性格上、何回も同じことを繰り返してけいこするのはうんざりだ。メンバーがみな自分の生活に忙しくて、通しげいこが2回しかできなかったのが、これ幸い。飽きてしまう前に本番となった。まあやっていることがシンプルなので、これで済んでいるのであろう。
本番前夜も坂浦さんが「手紙の中にでてくる“40円事件”というのがわからないんだけど、削りましょうか」というので藤原書店の大型本をひっくり返していた。その答えは見つからず、代わりに盛り込みたかった手紙を見つけた。で、夜中に「この手紙も読まない? おもしろいから」とメールして、朝には「これ、あたしもすきです」って返事がきていたので、急遽入れることにした。自分で作った進行が覚えられずにぼーっとしているので、みなに心配された。いつものように「だいじょうぶ」といってすましていた。進行が頭に入らないのは歌の歌詞で頭がいっぱいなせいであった。詩をとどける会なのだから、歌詞をとちってはならない、とそれだけを思って。しかし、実際は今年1月から一念発起して自分の声をさがすレッスンを始めたばかりのため、歌にかんしては冷や汗ものである。人前で歌うのがやっとこわくなくなった段階で。
三重県で今年私の歌を聴いた方が「作曲者が歌うのはまたいいですね」とひいきめに言って下さるが、そんなこともあるまい。この歌はこうあってほしい、という気持ちはあっても技術がついていかない。歌のレッスンで「三ツ星さん」「雨」をずいぶんけいこした。この場合は何回も同じことをくり返さざるをえない。が、作曲家でもある師匠いわく「曲はよくできていますよ。でもその歌ではまだまだ曲を生かせていない」。ほんとうに、これで入場料をいただくのは申し訳ない、と思いつつ。
演奏の面ではギターや二胡、ハモニカ(昨年、「海」を演奏するときに自主的にBフラットキーのハモニカを買ってきてくれた)をやってくれる相馬正男さんにずいぶん助けられている。20年も前からの友人で、相馬さんは私の難点もよくご存知、それで演奏以外もいろんなことを調整してくれる。ありがたや。しごとが鍼灸師だけのことはある。
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浩三さんをめぐって旅をしていると、なぜか福の神がついてくる。お願いしなくても、みんなが自分のやりかたで伝えてくれ、いつのまにか輪が広がっている。今回も朝日新聞東京支局の上野創さん(『がんと向き合って』著者)が「東京23区版に告知しましょう」と連絡くださったのだが、「個人的にご案内したので、すみませんが小さな会なので・・・」とお断りした。上野さんからはまた返信をいただいた。「自衛隊がイラクに行こうとしているいま、竹内浩三の言葉はますます光を放っているように思えます」それは事実である。平和をタイトルとした集会で「骨のうたう」を歌うのは、伝えるという意味では貴重だ。しかし、楽しさが不足する。浩三さんの骨の髄は「三ツ星さん」のように思えてならない。何ものにも強制されることなく、もっとうたいたかったろう。私の身の丈と浩三さんの詩の世界には、奇聞屋というお店の名前とナチュラルな雰囲気、みんなの笑い声や息づかいが聞こえる小さなスペースがとても似合っていた。
【追伸】
あの日家に帰り着き、もうついてこなくなった長女・夏海(15歳)の部屋にるんるんと花束をもっていくと、ただひとこと、「ママ、あんまりいい気にならないほうがいいよ」ときた。はいはい、わかってますよ。でも、それから何日かして「夜通し風が吹いていた」を家でがんがん歌っていたら、みんながマインドコントロールされてしまったようで、夏海も鼻歌でメロディを歌っている。「なーんだ。それ、あたしの歌じゃん」といったら、ばつの悪そうな顔をした。秋帆(7歳)は「三ツ星さん」が得意だ。いつだったか、私が歌っていると体操を始めたので「それなーに?」と聞くと「三ツ星さん体操!」というので驚いた。ラジオ体操みたいなものだけれど。だがしかし、彼女たちよりもだれよりも私の歌のファンなのはブルーボタンインコのどぼ(1歳半)である。拍手のように「チュチュチュチュチュチュチュチュン」と鳴いたりする。合いの手も入れてくれる。わたしの職場は平日の休みが多いので、だれもいない気で歌っていると、どぼがひとり(?)聴いていて、反応してくれる。私のともだち・・・。
● 感謝
大林典子さん/松島新さん/ 五月女ナオミさん/木村博之さん
中井信子さん
(6月末、お線香をあげにおじゃましました。二見の海で利亮さん浩三さんを偲びました)
生命の環・結びの衆
(神奈川の自然保護のグループ。
7/7「星まつりの夕べ」(横浜)と9/15「月に祈るいのちのコンサート」(二宮)に参加させていただきます)三重県教職員組合
(8/9平和集会にお招きいただきました)
三重県伊勢市教職員組合女性部
(6月末、「小園さんの仕事の話と歌を」という斬新なリクエストをいただき、こたえてしまいました。)黒幕コーディネーター 森節子さん奇聞屋スタッフの皆様、そして8/2の場をわかちあったすべての皆様