【手紙】

   日付不明 姉宛  高円寺
             


 ポケットから五十銭さつが出てきた。一度ハルキ・ヒデオの家にも行かねばならないのだが、このせっかくの五十銭をその電車賃にむざむざ費つのはもったいない気がした。コーヒーをのんだあげく名曲をふんだんにきき、そして岩波文庫をかってまだバット一つ買える五十銭である。
 もっと積極的に生きねばならない。
 
 わざわざ洗足池くんだりまで出かけるのはめんどうであろうが、顔を出しておく所へは出しておく方がいい。そこで洗足池まで出かけることにした。
 
 ヒデキの居る家は、オオバヤシ・ヒデオと云う家である。

 この家の説明は、すこし興味のあることだし、またこの説明の後で、きっと「世間は広いようでせまいものである。」そんなことをお考えになるであろうから、説明することにする。

 このオオバヤシ家には二人の娘がある。男の子がない。ハルキ・ヒデオに学部の学費を出してくれることになった。ヒデオを養子にとる気でいると考えたい人は容易に考えられる。

 そのオオバヤシ・ヒデオのお父さんは、マツサカの町長をしてみたり、カユミ村長をしてみたりしていたオオバヤシ氏である。

 説明は、これで終る。

 その家で、夕飯をごちそうになったりして夜おそく帰る。

 ヒデオ、はその家の娘がちょっともシャンでないことをしきりになげいていたが、見ると決してシャンでないことはない。ヒデオには三年半もほれた人物がいたので、いまだにその人物のことにくよくよしている。あいてはヒデオを少しもすきでないのだから、見るもあわれである。

 その帰りに電車の中で俳句をつくる。敏ちゃんも作るし。博兄さんはホトトギスにでたりするのに、ボクだけ全くこの道には門外漢で、今年になってから一つも作ったことはなかった。

      木枯らしに汽車あかあかと火をつけぬ
      
      アパートに秋雨ふりてジャズ鳴らす

      満月に校友名簿くりしかな

「日本が見えない」藤原書店発行 小林察編より