【手紙】1941年5月16日高円寺より姉あて(第二信)
   ふられ譚

 今度ふられたので、これで三度目。三度もふられたとこを見ると、三度もほれたらしい。そして、ふられるごとによく悲しむ。よくふられるかわりによくほれる。
 ほれっぽい性らしい。この心理を分析して見せた友だちがいる。「愛にうえている」のだそうな。誰でもいいから愛してくれって言うのである。どうもそうらしい。
 だからふられると相当こたえる。泣いたりもする。でも時間がたつと、けろりと忘れるから気楽である。でも今度のは一番深刻で、まだ一向に忘れない。
 一寸くわしく説明しようかな。
 サンキュウという喫茶店の人。一七歳。もちろん女性。山口チエ子と言う名。身長五尺三寸。体重一四.五貫。顔はきれい。ディアナ・ダービンに似ていると言う人もいる。一緒に映画を見たことあり。そしてふられたわけである。以上。
 三度目と言っても、本当はもっと多いらしい。今年になって三度目なのである。ひそかに恋し、ひそかにふられるのが二,三度ある筈。
 浩三君の長編小説「寒いバガボンド」(バガボンドとは、ボヘミアン・ジプシイエトランゼと同じ意味で、放浪民とかいうことらしい)の中で、
  温かいものをもとめてさまよう浩三さん
  ウドンの温かみさえも涙ながする
 とこんな文句があります。
 ふられるたびに浩三君はうそぶく−女子と小人は養いがたしと。
 オレのようなやつを好かない女は、よっぽどアホである。オレみたいなえらい男を、オレみたいなイイ男をふるなんて。アア、おろかなるものよ、ナンジの名は女。
 そこで、浩三君は次のことを考える。心配するな。オレを好きになるようなえらい(ものずきな?)女も、どっかにいるにちがいない。大抵の女には、オレが理解できないのだ。でも、オレを理解できる女もいる。きっといる。オレはそいつを見つけるまでは結婚しない。自分を好かない女と結婚してもはじまらない。道徳や習慣によって、夫であるオレを理解することなく、又好くことなく、ただひたすら盲従されてはこまる。
 そして、又次の女にほれ、相手がほれるかどうか待ち、ふられるとまた悲しむのである。
 いつか、女にふられてばかりいる息子を持った母親の気持を小説に書いたことがある。
「泣くな、泣くな、つらかろうが、お前は男の子じゃないか。泣くな、母さんがいい人を探してやる。ジュリアなんかよりもっときれいな、そしてもっと気立ての良い子を探してやる。きっと探してやるよ。お前が泣くと、母さんまで泣きたくなるよ。かわいそうな子だネ、お前は……」以上。

 あねさんに手紙書いてると、なんだか楽しいのでますます長くなる。でもこの手紙を出すかどうかはっきりわからない。なぜって、フウトウを買ったり、キッテをかったりするのがメンドウだから。−−メンドウというより、金が惜しい(サモシイ話)。今のとこ、一文なし。その日その日の借金ぐらし。はなはだしきは、喫茶店の女の子に五十セン借りる。こんな生活も面白かろうが、当人は一向面白いとも思わない。ひる飯はぬいたりする。そのくせ高い本を買ったり。人におごったり。電車にのって遠い所へ見物に行ったり。買わんでもいいものを買って見てソンをしたと思い、それを又古道具屋に売りこんだり。そして又借金。これは、準禁治産者になる資格が充分ありそう。それほどだらしないわけでもないが、これはまぁ誇張で、そう書いただけで、ともかく金にはこまる。
 浩三君はさみしがりやで
 勉強してるとさみしくなる。
 サミシサニ ヤドヲタチイデテ ナガムレバ イズコモオナジ アキノユウグレ。そこで喫茶店に行く。そしてアホみたいにコーヒーをのんでいる。女の子たちと冗談を言うほど、いさましくないので、ただアホみたいにタバコをすっている。きかなくともいいレコードをきいている。なにか話しかけようとして、ボクの見ている新聞をのぞきこみにくる女の子がいる。するとボクはすましてその新聞をその人にわたし、又別の新聞を見る。こんなアンバイ。
 そしてスシ屋ですましこんでスシを食っている。ワサビがききすぎて涙をポロポロ落して、ノスタルジヤみたいな気分になるからメデタイ。そして、わけのわからんスシの詩を作ってうそぶく。これがゲイジュツなりと。
 学校は芸術運動の団体結成で、ケンケンゴウゴウ。
 ボクはクラスの委員になりそこねて、ケンケンゴウゴウ。
 江古田の森が新時代の文化の発生地になるのであると、ウソみたいなホントを言う。
 そうだそうだとわめく。
 いさましいことこのうえなし。
 西洋の芸術はくずれつつある。これは、ホントだ。新しい日本芸術は江古田から生まれる。そうだそうだ!ケンケンゴウゴウ。
 そして浩三君は昇天しそうになり、ケンケンゴウゴウ。
 創作科にとてもきれいな女の子がいる。そこでまた、ケンケンゴウゴウ。
 Cat(ネコ)もSpoon(シャクシ)もぬかす、あいつはシャンだと。
 そこでボクはぬかす。なんじゃ、あんなやつ。なんじゃ、あんなやつ。
 もう夜も更けました。おやすみなさいませ。