【手紙】  1941・5・16  姉宛  高円寺(第一信)

 (注 小節「雪と火事」につづく)
 手紙。
 あい変わらす金がない。一々説明はしませんが、どうかよろしくおねがいします。
 このあいだの四十円事件の真相がわかりまして、なんじゃアホくさいと思った。省三さんに遠慮せずにどんどんそう言って送って下さい。「ビンボウ」すると、どうもさもしくなって困りますから、なるべくビンボウさせないで下さい。
 この夏休みはすぐに帰りません。山田に帰るのは八月上旬くらいになるはずです。一寸旅行をします。あるいはすぐ帰って満州行きをしようかとも思っています。
 前に女のことを書いたはずですが、アレにはふられた。それでせっかくふられたのだから、悲しまなければソンだと思い、大いに悲しんだわけです。それでおしまい。
 「せっかく楽しいことがあるのだから大いに楽しまねばソンだ」という考えはフツウですが、 「せっかく悲しいことが出来たのだから大いに悲しまねば、ソンだ」てのは、少々おかしいようですが、この考え方もメデタイ考え方で、こうすると人生大いに生きがいがあるワケなのです。ともかく、人生ってそんなものらしい。
 うれしい時は大いによろこびなさい。悲しいときは大いに泣きなさい。そんなうれしいことも悲しいこともメッタにあるもんじゃない。
 こんな考え方です。
 赤ん坊はまだですか。出来たら知らせて下さい。お体、大切に。

さいなら

「日本が見えない」藤原書店発行 小林察編より