【手紙】
  1942・6・6    姉宛  板橋

 お手紙見ました。さっそくでかけましょう。御安心下さい。もうくよくよしていません。ほうれん草を喫した船乗りポパイのように、げんきです。長編小説を書いています。情をこめています。つまらん仕事(本文傍点)かもしらんが、力一杯やれる仕事だから、いいと思います。まして、つまる仕事(本文傍点)においておやであります。「伊勢文学」できましたから、送ります。気がむいたら、下手な短歌でも書いて下さい。紙があまったら、載せてやりますから。

 「母子草」と云う映画を見ました。ぽろぽろ涙が出ましたが、映画としては、なっていません。田坂具隆なんて、見かけだけです。文化映画的な部分だけは、すぐれていたと思います。ひまがあったら、見るといい。

 あんたは浩三の姉でありながら、浩三論を書かしたら、丙か丁しか点はもらえないと思う。ぼおっとした性格と判断したところに、誤りがある。これほど神経の細いやつはない、とある友達が見破りやがった。大岩保さんも、見破りやがった。おれの詩や小説をみたら、わかりそうなものじゃ。それを知らずにいるなんて、あんたの方が、大分のどかに出来ている。ひょっとすると、わかっていて、知らん顔をしているのかもわからん。それなら、たいしたものだ。でも、そんなことは、よもやあるまいて。ざまみろ。

 シャッポは、さっそく買いましょう。

「日本が見えない」小林察編 藤原書店刊より