【手紙】 
 1942・7・1 姉宛 板橋

 生きていることは、気色の悪いことに思う。自分を信じることも、気色が悪い。あるていど自分の生き方を楽しんでいると、そこに大きな隙間があって、そこから、にやにや笑っているやつがいる。
 かんだだ かんだだ 鉦(鉦)を打って、もぐらもちのような、奇妙な辺りにネハンがあるのかもしらん。
 くずれるものは くずれ。
 去るものは 去る。
 大きくなったり 小さくなったり まるで金魚のように ふしだらな品物を芸術品と名づけて、ひるねをした。
 光っているものが、案外、金ではなく、もし金だとしても、それがなんであろう。
 甘いところに、あぐらをかいておれ。


 信州へロケイションに行っていて、きのう帰って来ました。ボウシを買う買うと言うてまだ買わず、今お金もなく、お金のくるのを待っている始末で、まったく申し訳なし。
 今日、須田という先生の家へ行ったら、フスマからおケイが出てきたので、お茶をこぼした。よくも似ていたもので。手拭いでお茶を拭いた。
 疲れたせいか、自信がなくなった。
 お前さまの弟は、まったくけったいなやつだと思う。気苦労が大変でありましょう。
 二十円のチョコレートやらは、一向手に入らぬが、ニッポンの郵便制度も信用をなくしはじめた。
 夏の計画とやらは、実行しましょう。志摩でなく、もっとほかのところでもいいと思いますが、いい知恵も浮かばず。
 うまいお茶を飲みたい。山田で一番上等と称する新茶(新茶でなければならぬ)を用意しといてくだされ。
 ひじょうに疲れて、きんかくしに写ったお月さんを眺めていた夜の手紙である。

「日本が見えない」藤原書店発行 小林察編より