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   百万回の朝焼け
                              橙 オレンジ
 俺があいつと出会ったのは、あいつが死ぬ、そう、ほんの数分前のことだ。
 いつもの早朝ランニングの最中だった。中学に入ったときからジム通いを始め、ボクサーを目指している俺は、毎朝5キロのランニングを日課にしている。途中、市営住宅に不法侵入して、階段の上り下りのトレーニングも一緒に。市営住宅っていうのは都合のいいもので、オートロックになっていないから、住人じゃない俺も勝手に階段を使える。しかも、ここは見晴らしが最高で、踊り場からまだ眠ったままの街を見渡せる上に、ランニングで通る時間にちょうどきれいな朝焼けが見える。
 今朝は、よく晴れていて、百万回に一回ってくらい、朝焼けに染まったグラデーションがすっげぇきれいだったんだ。だから、朝5時の踊り場っていう特等席にに自分と同じくらいの年代のヤツがいるのも、俺は不思議に思わなかった。
「きれいだよな」
 思わず話しかけていた。なぜだか、そいつの背中がそうしてほしがっているように見えたから。
 そいつは驚いたように俺を振り返った。きれいな顔立ちをしている、それがそいつに対する第一印象。どこがどうきれいとは言えない、けれど、まるでガラス細工のような、そんな繊細さをどこかうかがわせる、ちょっと女みたいな顔立ち。第二印象、崩れ落ちてしまいそうなもろさを漂わせる横顔。
「朝焼け」
 俺があごでその方角を示してやると、そいつは「ああ」と気のない返事をした。
「ここに住んでんの? 幸せだよ、こんな朝焼けが毎日見られるなんてさ」
 言ってしまって俺は真っ赤になった。こんな恥ずかしいこと、学校のみんなの前では言えない。初対面だからこそ、なのだろうか。それとも……。
「もう、僕には関係ないから……」
「へ?」
 そいつは次の瞬間、踊り場の手すりに乗っていた。
「おい!」
 俺が言うのと、そいつが落ちるのと、どっちが早かったろう。俺は腰が抜けちまって、力なくそこに座り込んだ。朝焼けは静かに俺を見下ろしていた。
 その後のことはほとんど覚えていない。多分2時間はそうしていたんだろうと思う。サラリーマンらしい男の人が俺を不審な目で一瞥し、階段の脇のエレベータのボタンを押した。俺はそこでようやく我に帰った。
「ちょっと……ちょっと待って、119番、……お願いします……」
 サラリーマンは変なものを見たように首をかしげ、君、病気? と聞いた。
「いや、……俺じゃなくて……人が、男の子、……飛び降り……はぁ……飛び下りたんです。……ここから……下に」
 信じられないというように首をふって、それからサラリーマンは俺のそばまで来て、踊り場から見下ろした。ヒィッという言葉にならない声を出して、サラリーマンはしゃがみこんでしまった。
 救急車が来るまで、俺は膝がもうがくがくいってしまって、その場を動けなかった。救急車と一緒にパトカーが来て、俺は警官に話を聞かれた。俺はとても警察の質問に答えられる状態じゃなかったんだけど。
 遅れて学校へ行くと、クラスのやつらが集まってきた。今朝の出来事はもう学校中に広まっているようだった。
「なあ、死んだヤツ、お前見たのか?」
「一年のヤツらしいぜ」
 一日中、授業を聞くどころじゃなかった。もっとも中学に入って以来、授業なんてまともに聞いた覚えはない。
 放課後になるのを待って、あいつがいたという、一年のクラスに行ってみた。
 部活のマネージャーをやっている女子がたまたまそのクラスにいた。
「市営で飛び下りたヤツ、このクラスだって?」
 そんなこと聞くまでもなかった。女子たちは目を真っ赤に腫らして窓際の隅にある一つの席を取り囲んでいる。男子もほとんどのヤツはうつむいて、ひそひそやっている。この年代って湿っぽいもんなんだ。大人以上に。痛みってもんに敏感で、人の痛みにさえ過剰に反応するんだ。それも陰湿に。
 そんなもんで友だちぶってんじゃねぇぞ。悲しんでる自分に酔ってんじゃねぇ。
「先輩……ヤマナミ君と話したんですか?」  
「そうそう、ヤマナミって言ったっけ、あいつ。誰かなんか聞いてる? ……聞いてるわけねぇか。聞いてたらこんなことならなかったもんな」
 男子の何人かが拳を握り締めるのが分かった。けれど、俺が不良の頭を一発でのした話は結構有名だから、身を守るのには困らない。
「あの……」
 おずおずと手を挙げたのは、いかにもひ弱な感じの、メガネをかけたノッポ君だった。
「ヤマナミ君、成績もよかったし、いじめられてたわけでもなかったし……けど、何かハンパモノって言うか……どこかさめてて一緒に騒いだりしなかったし……だからなんかあっても僕らには話さなかったと思う」
 俺は花瓶の置いてあるあいつの席までつかつかと入っていった。机の中をあさってみる。あいつ、あんなきれいな朝焼け見ながらどうして……。
何かないか? お前が残したもん、何かないのかよ?
 出てきたものはぐちゃぐちゃに破られたテストの答案、真っ黒に塗りつぶされた教科書、それから使い込まれた感じの一冊のノート。教室の中の空気が動いたのが分かった。みんな互いに探り合ってる。
 でも、いかにも見てください、って感じでそれが出てきたとき、俺には分かったんだ。あいつ、いじめられてたんじゃない。自分で自分を壊し続けたんだ。90点台のテストを破ったのも、真っ黒に教科書を塗りつぶしたのも、自分でやったことだったんだ。何でって言われたら、俺もわかんねぇ。でも、自分で自分をつぶしながら一番大切だったものだけは壊せなかったんだ。使い込まれたノートだけがいじめがなかった事実を示してる。
「これ、ちょっと預かるから」
 俺はノートを持って教室を出た。
 ノートをめくる。何だったんだ? お前は何でそうまでして自分を壊そうとした? 何があの朝焼けまでお前から奪ったんだ?
 そのノートには鉛筆で繊細に描かれたデッサンが並んでいた。教室の隅の席であいつは何を思ってデッサンを書き続けたのだろうか?
 花や風景画が並ぶ中で一枚だけ、最後に自画像が残っていた。何度も何度も書き直したらしく、その前後にはページを破った跡がある。あいつの繊細な印象をそのまま映したような自画像。なぜかその瞳はうっすらと潤んで伏目がちだ。
 その瞳は俺を振り返ったあのときの目にリンクする。朝焼けなんて関係ない、そう言いきった目に。
 俺はハッとした。これを描いたとき、あいつはすでに死んでいたんだ。あいつの目にはもう何も映っていなかったんだ。美しい景色さえ、もうあいつは見ることができなかったんだ。霧を通してみるように、あいつに美しいという感情は抱けなかったんだ。
 もう一度一枚一枚目に焼き付けるようにしてめくってみる。鉛筆の濃淡だけで描かれた絵は、どれも立体的で俺らが生きる現実以上に美しかった。それぞれのデッサンには日付とサインが入った。自画像以外の絵はもう半年以上も前だ。最後に書かれた自画像は昨日の日付。書き捨てたようなサインが添えられている。
 何に絶望したのか知らないが、あいつはもう感じることができなかったんだ。そして、感情が死んだと同時に、体を殺すことを決めた。最後にノートの中にだけ自分を残して。
 畜生。あんなに、あんなにきれいだったってのによぉ、あいつの目にはもう映っていなかったなんて。
 あいつの自画像は俺には痛すぎた。あいつの目には絶望しかなかった。
あいつに選択肢はなかった。死ぬしかなかったんだ。終わらせるしかなかったんだ。絶望のまま生きて行くよりはその方がいいって……。でもわかんねぇじゃんか。生きてたらまたこれだっていうきれいな朝焼けだって……いや、あいつはもう死んでたんだもんな。百万回の朝焼けより、一度っきりの真っ暗闇を、あいつは選んだんじゃないんだ。決められたんだ。
 誰がそんなもん決めるんだよ、親か? 先公か? 世間か? 神様か?
 誰にもそんな権利はないってのによ、あいつはそれでも決められちまったんだ。畜生。
 俺は目の奥が熱を帯びるのを感じた。不条理な世の中、でも生きていかなきゃいけねぇんだ。あいつの最後の想い、受け止めたのはこの俺だから。人のために生きるなんて考えたことねぇ。何にもできねぇ、ハンパモンの俺だよ。そうさ、あいつと同じさ。でも、だからこそ生きなきゃって、あいつの想い、最後の想いだけ、死なせちゃいけねぇって、俺はそう思うんだ。
                                   (完)







2004.2.2