半角20文字の恋
橙 オレンジ
付き合っている、とはやっぱり言えないのだろうか。知り合ってもう一年になる。一応相思相愛ってヤツだと私は思っている。
「で、何をしている人?」
アスカは飲みかけのコーヒーフロートのストローをコップの中でくるくると回した。カランカランと氷が涼しげな音を立てる。まだ冬を終えてないと言うのに、氷が涼しげ、なんて感じてしまうのはどうしてだろう。
「さぁ……聞いてないから」
「それさぁ、付き合ってないよ、絶対」
アスカは、満面の笑みで断言した。結構、痛い。
「でも、毎日だよ、メール」
何て、と彼は無言で促す。私とアスカは女同士みたいな関係。目で会話ができるから便利だ。パッチリとした目が私の答えを待っている。
「……アイシテル」
会ったことはないんだけど、と口の中でつぶやく。自信のなさをふっきるように、私は明るい声を出す。
「実はさー、名前も知らないんだよね」
「お前、バッカじゃないの」
アスカは人懐っこそうにえくぼを作って笑いながら、なんでもずけずけ言う。その度に私は心の中でつぶやく。ぐふっ、5のダメージ。まあ、それが彼らしいと言えばそれまでなんだけど。
「メル友でしょ? 普通、真っ先に名前とか、どんな人? とかさ、いろいろあるじゃん」
だってさ。私はかわいくないのを承知でほほを膨らます。
だって、一番最初のメール、「オレ、オボエテル?」だったんだもん。勢いでウンって返事しちゃった。私が間違えて番号消去しただけだったかもしれないし。
私たちは半角20文字の関係。携帯電話、と私は言うけれど、本当は時代遅れのPHSだ。H”にバージョンアップしてればまだいい。けれど私のは3年も前から機種変もしてなくて、それも買った当時から時代遅れだった。メールと言えば、Pメールしか使えない。半角20文字、一回6円の切ないメール。もちろん、PHSユーザー同士しか使えない。
Eメールアドレスは持っていない。未だフリーター、アルバイトを転々とする私の財布事情からすれば、当然のこと、と私は思っている。
Pメールはアドレスではなく、電話番号そのものでやり取りをする。だから、電話番号は分かっているってこと。彼に電話をかけようと思えばかけられる。けれど私はそうしなかった。会う約束を持ちかけたこともない。
「誰かと勘違いしてるんじゃないの? 番号間違えてるとか昔その番号使ってた人とか」
げふっ、10のダメージ。
そんな可能性、何回も考えた。けれど改めて耳で聞くと、そのショックはかなり、大きい。最初のメールを考えると、その可能性は、高い。
ほとんど飲み終わったコーヒーフロートから、アスカはわずかに残ったアイスクリームをすくって、宙にのばした舌先に乗せた。
「でも、向こうは私の名前知ってるんだよね。私のこと、ちゃんとナツ、って呼ぶの」
彼の知り合いと同じ名前? でもたまたま間違えた番号が同じ名前っていう偶然の確率はどれくらいあるだろう?
「ふうん」
相槌を打つアスカはそっけない。私の話を50%で聞きながら残り50%で携帯メールを打っている。アスカのは正真正銘、携帯電話。アスカの口角が上がったきれいな口元は完成された美術品のようだ。触れてはいけない、そんな気がする。
ピポって音がして、アスカは携帯電話をパタンと閉じた。折りたたみ、というだけでもほんのちょっとうらやましい。
「思い切って会ってみれば?」
言い残してアスカはお手洗いに立った。
会ってみたい気持ちがないわけじゃない。彼の存在は日に日に大きくなる。それにつれ、携帯、もといPHSを触る時間は急増した。当然、通話料もうなぎのぼり。
いっそ会ってしまったほうがいいのかもしれない。けれど……。
「アイシテルヨ」
突然耳元で低い声がして私は振り向いた。アスカがニヤニヤ笑っている。いたずらをした後の、笑いを隠そうともしない顔。こういうときのアスカの顔、意外と私は好きだ。二つの目がやわらかくカーブを描く。
「決心はつきましたか? お嬢様」
「いいの。私、会わない」
そう? と彼は首をかしげる。アスカは男のくせにこんなしぐさが似合う。それがうらやましい、ってことは今のところ内緒だ。女の子以上にかわいらしく見える彼に私は丁寧に説明する。
「だって、今、一日中彼のことを考えるの。どんな人だろう? 今何をしてるのかな? 会いたいな、いつか会えるかな? こんなに夢中に誰かを思ったことなんてないよ。半角20文字、制限付きの関係。彼にとっても、今が一番私のことを思っている時期なんだよ、きっと」
彼は気づいただろうか? 私の動揺に。
アスカがお手洗いに立っている間、私は彼にメールを送った。20文字限定。
途端、アスカの鞄からかすかにバイブの音が聞こえたのだ。携帯電話はテーブルの上に置きっぱなしだった。
そう言えば、アスカが三年前に使っていたPHSの番号は彼が携帯電話に買い換えたときに消去してしまった。
確かめる勇気はない。このまま20文字の関係が続くのなら、一番想い合う時期が続くのなら、私はそれだけで幸せなのだ。私はコーヒーの中に埋もれたバニラアイスをすくった。甘くて苦い半角20文字の恋。
(完)
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