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    街
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 Kiyoharuさんへ。
 リョウを覚えていますか? 貴方たちのライブをいつも最前列で見ていた、あのショートカットの子。
 彼女は昨日逝きました。
皆勤賞、なんて貴方たちにささやかれたあのころから、彼女は病気を抱えていました。入院先の病院からライブに行ったこともあったのです。見えなかったでしょ? そばにいた私も気づかなかったくらいだから。
 急変したのは朝方のことでした。そのまま、リョウは意識を取り戻すことはなく……。
そして、そのまま逝ってしまいました。最後まで貴方の復活を信じて。
彼女は自分の病気を知っていました。残された時間がそう長くないことも。だから自分の命よりもむしろ、貴方の復活の方がリアルに感じられたのかもしれません。
リョウは貴方の復活を聞くことさえできませんでした。
言いたいことはたくさんあります。でも、リョウはそんなことを望まないでしょう。だから、この辺でペンを置きます。

 ため息がこぼれた。
 リョウ、覚えている。いつも『手紙』をリクエストしてくれたあの子。僕が最後に歌ったのもあの子のリクエストだった。ライブでは最前列ではしゃいでいるくせに、打ち上げになるといつもはにかんだ笑顔で隅っこに落ち着いてしまう、そんな子だった。
 ライブの後、僕はいつもあの子を待たせた。新しく来てくれた子や、遠くから来てくれた子と話していると、どうしてもリョウは最後になる。それでも、一言も言わず、終電ぎりぎりまで待ってくれた。あれは、僕の甘えだったろうか。
 郵便受けに入ったはがきを手にして、家の鍵を空けることをやめ、そのまま街に戻ってきてしまった。
 僕は街を歩いた。
――お願いしまーす。
 募金を明るい求める声で、僕は足を止めた。うつむき、ポケットの中を探った。冷たい感触があった。けれど、僕はそれを握り締め、再び歩き出した。
 募金? ふざけるな。僕がしてもらいたいくらいだ。
 ティッシュを配るお姉ちゃんはえらく元気がよかった。路地で空き缶を蹴っ飛ばした音みたいに。
 足に何かがまとわりついた。誰かが受け取ったまま捨てたらしいどこかの店のチラシだった。
 何もかもが、僕を邪魔しているようだ。手に持ったはがきを強く握り締めた。
 並んだ店の商品はどれも一年前のものに見えた。靴もTシャツもバッグもアクセサリーも。埃をかぶって売れる日を待つ時代遅れの品物たち。
 口元がゆがんだ。時代なんてもう僕には関係ないのだ。
 雨が降り出した。僕はしばらく立ち尽くしていた。目の周りをぬぐった。
 すぐ近くに喫茶店があった。雨宿りにはちょうどいい。
 カプチーノを買って窓際の席に座った。外に見える傘の色が、すべてモノトーンに見えた。右から流れて左に消えていく。左から歩いて右に去っていく。同じことの繰り返し。せかせかしているのに、時間が止まったようだ。
 カップの中でスプーンをまわした。ふと、手が止まる。
 今日は夕飯、食べる気になれないな。
 バッグから白い袋を取り出す。4種類の薬。毎日薬を飲まなければいけないなんて。初めはそう思ったけれど、今になればもう習慣だ。深い意味は持たない。
 けれど、この薬がもうそう役に立たないことも僕は知っている。残された時間はあとどれほどあるだろう。
 口に含んだ瞬間の甘みが、人をバカにしているような気がする。
 雨か。それもいいかもしれない。
 思うと、僕は店を後にした。雨はしとしとと降り続く。容赦なく、傘を持たない僕の上に。服に染みるほどに、体の熱が奪われる。震えさえ、起こった。何度も目の周りをぬぐう。
 携帯電話を取り出し、リョウの番号を呼び出す。クリアのボタンを押す。「削除しますか?」というメッセージに、どうしてもYesを押すことができない。
 リョウ、僕は最後まで君を待たせたのだ。こうしてソロでの復活も決まったというのに。せめてあと一日、早く決まっていたなら。けれど、そうだ、そう長くは続かない。
 僕は立ち止まった。行きかう人たちの肩に触れ、体が大きく揺らいだ。ぶつかった人は迷惑そうに振り返る。パッケージされた薬のようだ、僕は思う。規則正しく並んだ薬たち。規則正しく流れる人たち。
 もう一度目の周りをぬぐった。
                                     (完)






2004.5.30