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オリジナル小説ワールドおれんじ物語小説>私は彼の掌に
     私は彼の掌に
                               橙 オレンジ
 私はいつも思う。この教室は私の世界ではない。机も、椅子も存在しない。そうだったなら、どんなにかいいことだろう。けれど違う。
 椅子は私の世界に。彼は椅子の上に。私は彼の掌に。
 彼との出会いは大学入学直前の新入生の集い。すらりと背の高い彼はホールの中で頭一つ分飛び抜けて見えた。彼は新しいクラスメートを確認していたみたいで――今になって思えば、あれはきっと品定めをしていたのだろうけど、そのときはそんなこと、思いもしなかった――、見とれていた私は彼と目が合ってしまった。彼はゆっくりと二重の目を細めた。引き締まった唇を弛めて、優しそうに微笑んだ。彼の笑顔は洗練されたものを感じさせた。育ちのよさはきっとこんなところにも現れるものだ。
 けど、この4月に始まったばかりの大学生活をどん底に落としたのは彼以外の何者でもなかった。不幸のどん底。ありきたりすぎるほどありきたりな言葉だけれど、他に表現の仕方が思い浮かばない。不幸の底の底の……一番底の……。
――ねぇ、これに携帯番号書いてくれる?
  クラス名簿を作るときだった。みんなが一枚の紙に書き連ねていっているのに、私だけ、別のメモ用紙を渡された。でも、おかしいなんて思わなかった。これっぽっちも。だってあんなに素敵に笑う人がすることだもの。
 でも連絡先を書いたメモ用紙は、私の目の前で半分になった。
――これ、いる?
 引き裂いたメモ用紙を、彼は笑顔で私に差し出した。クラスは大爆笑。あぁ、これで私はクラスから外されてしまった。そう思った。もうおしまい、私の大学生活はサイテー・サイアク。
 もちろん、小学校の時だって、中学校の時だって、高校の時だって、私は人気者なんかではなかった。ぽっちゃりしているとか、目の大きさが左右で違うとか、鼻が丸いとか、コンプレックスはいっぱいあった。けれど、それなりに友達がいて、普通の日常を送っていたのだ。困ったことがあっても相談はできなかったけれど、一緒にはしゃいで忘れることができた。お調子者の男の子を、あいつ、変だよとみんなでコソコソ言い合った。いわば私はこちら側の人間、だった。
 でも、大学では違った。クラスの輪はいつも遠かった。負けるもんか。そう思ったけれど、私はいつも教壇の真前の席で授業を受けることしかできなかった。後ろの方で騒いでいるみんなを、私は振り返ることができなかった。私はみんなの顔を見ることさえ、許されていないようだった。何で私が? そう思った。ただ目が合っただけで? 彼と目があったときを思い出す。私は顔を上気させてうつむいてしまった。微笑を返すことのできなかった私。そういえば私は大学に入って一度も笑ってない。いつも不機嫌に間違われるこの口元が今まで以上に恨めしい。
 彼はとっても綺麗に笑う。意地悪な表情を決して見せない。彼のスマイルは完璧だった。彼は遊んでいるだけ。きっとただそれだけ……。
 中心にいる人はいつも輝いていられる。はみ出す恐れのない人。人の気持ちが分からないわけじゃない。けれどきっとリアルじゃない。今このとき自分が楽しい、その感情以外にリアルなものなんてないのだ。ちょっとしたことをリアルに感じる、それはこの世界では罪悪だ。
――ねぇねぇ、お前の顔、覚えらんねぇ。
 彼はとっても綺麗に笑う。
――な、お前らもそう思わねぇ?
 完璧なスマイル。
 クラス中がどっと沸いた。
 スタートで出遅れた、というより、座ろうとした椅子をいきなり後ろに引かれて意地悪く転ばされた私は、完全にあちら側の人、になってしまった。みんなとの距離はいつまでたってもやっぱり遠くて、私は動物園のおりの中にいるみたいだった。恨めしそうにみんなを見れば、それがまた笑いを誘ってしまう。そういう存在になってしまったのだ。
 ときどき気にかけるような目をしてくれる人もいる。けれど、そんな人ほど危険に敏感で、避けなければいけないもの、をよく知っている。
 苦。気がついたときには、頭の中はその漢字でいっぱいだった。
 でも、苦と彼は結びつかなかった。やっぱり彼には整った笑顔が似合う。
 彼の姿を見ると、私の顔はまるで湯気が出そうに火照る。うつむいて彼の顔が見られない。狂ったメトロノームのように鼓動は鳴り続ける。
 気づかれてはいけない。気づかれたらまた彼に笑われるに決まっている。だって、クラスに入ったときから私は笑い者だもの。ううん、笑われるんだったらいい。彼があんなに綺麗に笑うんだったら、私はいくらでも我慢できる。彼が眉をひそめたら、私はおしまいだ。
 嫌いになっていればよかったのに。大嫌いって言えたらよかったのに。だって、彼さえいなければ普通の大学生活を送って、友達もそれなりに作って、授業中におしゃべりしたり抜け出したり。みんなが普通にやっていることを私も普通にできたのだから。
 それなのに……。
 彼はどうしてあんなに素敵な笑顔を見せられるのだろう。一ミリの狂いもない完璧なスマイル。火照った顔で私は彼を想う。
 彼は次に何をしようと考えているのだろう。想像しながら、私は胸の奥がほんのりジリジリする。鼓動は心臓のありかを知らせんばかり。指先がかすかに震えている。唇がほんの少し弛む。
 椅子は私の世界に。彼は椅子の上に。私は彼の掌に。
 それが救いだ、と私は思う。私は彼の掌に。私は彼の世界の中に。
                                      (完)








2004.2.15