白銀の翼
橙 オレンジ
カイルの住むサイトスの村とルカスの村の戦争が始まって3年になる。サイトスの村で勃発した戦乱は、次の年にはルカスの村に場所を移していた。今年に入ってから戦況は圧倒的にサイトスの村に有利だった。
カイルの目の前に燃え上がる集落が広がっている。仲間たちは、もうこの土地に戦士はいないと判断し、次の集落へ向かっている。カイルの生まれつき小柄な体と、笑みを絶やさぬその目下はどう見ても戦士に向いているとは思えない、というのが兵士たちの一致した見解であった。そのため、カイルは食料の調達係を兼ねた。仲間たちに遅れこの集落に残っているのもそういう理由からだ。
戦力にならないために集落に留まっていた、女子どもが逃げ惑う中、カイルの目に止まったのは、左肩と足を負傷した敵兵と、その息子らしい少年だった。もう逃げる気力もないのか、崩れ落ちようとする家の中で父は息子を抱いたまま、身動き一つしなかった。
しかし、カイルがその家に入ろうとすると、敵兵は、言葉もなく息子をかばうようにその体に覆いかぶさった。
父親が戦場に赴いてから、夜の散歩はキーリーの日課だった。月の昇る方角の丘の上まで。緑の隙間からごつごつとした岩がのぞいている。そのはるか向こうには、父親のいる戦地がある。まだ幼いキーリーは、丘に登っては遠い地で善戦する父を思う。仲間関係にドライで、人に対する執着を見せないキーリーにとって、父だけは特別であった。戦地に赴く日の別れ際、父がくれたペンダントを、キーリーは風呂に入るときでさえ外すことはなかったし、母親にさえ触れさせることはなかった。
村には一つの伝説があった。『勇者となりし者、白銀の翼を授かる』それは、キーリーを初めとする少年たちの間に、戦地への憧れを抱かせた。
その日、月の方角から、白いふわりとしたものが空中を舞った。キーリーが手を伸ばすと、それは掌に吸い寄せられた。それはキーリーの直感に訴えかける。
(父さんだ! 父さんが勇者になった!)
顔を上気させて帰ったキーリーに、母は何気ない様子で言った。
「ああ、あなたは知らないのね。タンポポの綿毛よ。明日プランターを出してあげるから植えてごらんなさい」
(何でもっと喜ばないんだ、これは父さんの勇者の証だ)
けれど、父の話をすると母が悲しむことを知っていたキーリーは、それを口にはしなかった。
それから3日ほども経つと、仲間たちの間で、キーリーの様子が変わったとうわさになった。キーリーはあのタンポポの綿毛を母の言うとおりにプランターに植え、毎日水をやっては話しかけていたのである。
仲間たちは馬鹿にしたような笑みを浮かべて、キーリーの様子を覗きに来た。
戦争ごっこを好み、誰よりもすばしっこくて、年長者にも負けたことのないそれまでのキーリーとは相容れないその姿は、他の少年たちにとって奇怪だった。
「女みてぇなことしてらぁ。弱虫の息子は弱虫だな」
キーリーの父、カイルが戦争に反対しているのは、子どもたちの間でもよく知られたことだったのだ。
「何だと? 父さんは勇者になったんだ! 父さんをバカにするヤツはぶっ殺してやる」
キーリーは威勢よく怒鳴ると、ジョウロを投げ出した。年上の一人がキーリーの帽子を取り上げて走り出した。それを契機に他の少年たちも走り出す。キーリーは、近くにあったほうきを鉄砲のように構えて、追いかけていく。
「ズドドドドドドドド、ズドドドドドドドドドドドドドン」
少年たちは、丘に登り、岩の陰に隠れて、様子を伺っている。キーリーは岩の後ろに回りこみ、
「突撃!」
一番年長の少年に頭からぶつかっていった。力でも足の速さでも負けるはずがない。体勢を崩した少年は、キーリーの捕虜となった。
他の少年たちは岩の陰からひょっと頭を覗かせた。すかさずキーリーはほうきを構えた。
「ズドドドドドドドドドドドドドド」
他の少年たちも黙ってはいない。
「ババババババババン」
「ズキューン、ズキュンズキューン」
少年たちは思い思いに空想の武器を手にし、キーリーを狙う。キーリーはすばやく岩場に隠れた。激しい攻撃の隙間を縫って、キーリーは一人ずつ着実に撃ち抜き、捕虜にしていく。
とうとう全員が捕まった。キーリーは勝利を示す旗の変わりに、一番高い岩の上で、ほうきを高々と掲げた。
「ちぇッ、キーリーにはかなわねぇや」
いつもと変わらず荒々しいキーリーの様子と、戦争ごっこに満足して、少年たちは帰っていった。
キーリーがタンポポの綿毛を拾ってから何日経ったろうか。ついに黄色い一輪の花が咲いたその日の夜、カイルが帰ってきた。
キーリーはいつもの丘の上にいた。遠くから近づいてくる小柄な男の影が父親のカイルだと分かるまで、そう時間はかからなかった。ぼろぼろに破けた戦闘服を身にまとい、出征するときには短くそろっていた髪は、一つに束ねられていた。清潔感の漂っていた口周りは髭で覆われている。しかし、それはまぎれなく父の姿だった。
そして、キーリーは、カイルの背中に生えた白銀の翼を、はっきりと捉えた。
思わず、キーリーは父に走りよった。
「父さん、……勇者の翼が……白銀の……信じてたんだ……伝説の勇者……やっぱり父さんは勇者になったんだね。……ズドドドドドドドドドドドドド、ズドドドドドドドドドドドドドン、……何人やっつけたの? 俺、見たかったな、父さんの突撃姿」
キーリーはいつになく饒舌になった。キーリーにとって父の栄誉はまさに自分のことだった。
カイルはゆっくりキーリーの頭をなでた。勇者を示す背中の翼は、月明かりを浴びて濡れたように銀色に輝いた。
「敵の軍に、左肩と足を怪我した兵士と息子がいたんだ」
火事の最中の家の中で、敵のその兵士は、息子をかばうように覆いかぶさった。もう生きることを諦めたような父子の思いがけない行動に、カイルは驚いた。強く心を揺さぶられた。
(こんなことをいつまで繰り返すのだろう)
その少年は荒く息をしていた。もともと肺か気管が弱かったのだろう、煙を吸って時々苦しそうに咳をした。少年の目は諦めを通り越して、暗く澱んでいた。
カイルは、敵意がないのを示すように鉄砲を投げ捨て、二人のいる、炎の中に入っていった。兵士は息子をかばったまま動かなかった。カイルは肩から水筒を下ろし、動けなくなった少年に水を飲ませた。
「しっかりしろ! 今、諦めてどうするんだ。じき、戦争は終わる。だから、あと少し、逃げとおすんだ。生きろ! 生きろ!」
カイルはキーリーに左肩の傷を見せた。それは、戦争の始まった年、キーリーをかばって手榴弾を受けた傷だ。キーリーはまだ5歳だった。だが、その記憶は鮮明に残っている。残酷な敵兵から自分を守ってくれた父。
「なぁ、キーリー、大切な誰かや何かを守るってことは、他の誰かを殺すことなんだろうか? 人が人を殺すのに、どんな理由があるって言うんだ?」
勇者の証である白銀の翼と、優しい目を見ながら、キーリーは何も答えることができなかった。
カイルは優しくキーリーの髪に指を通した。
「さぁ、帰ろう。母さんが待ってる」
家の前では一輪の黄色い花が風に揺れていた。
(完)
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