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   土に帰る
                                橙 オレンジ

「ぼくは大きくなったら、土に帰りたい」
 どっかーん、大爆笑。先生も笑っている。後にいるみんなのお母さんたちも。
 僕、何か失敗したかなぁ。
続きを読もうと思ったけれど、自分がどこを読んでいるのか分からなくなってしまった。顔がポーっと熱くなり、頭がズキンズキンと音を立てた。
「たくま君、座っていいですよ」
 先生はいつものわざとらしい笑顔をさらにわざとらしくした。僕は先生が好きじゃない。先生の笑い方が一番嫌いだ。口元は笑っていても目は冷たい。どこか、いつも遠いところを見ている。
先生は僕の肩の上にそっと手を置いて、僕を座らせた。僕はまだ、何がいけないのか分からない。
「じゃぁ、かわりにともひろ君」
 ともひろ君は惑星探査機ヒュームのパイロットになる夢を発表した。みんなはともひろ君を笑わなかった。先生はともひろ君を途中で座らせたりしなかった。
 でも、僕には分からない。何でパイロットになるのはよくて、土に帰るのはいけないの? 大体、ヒュームなんて、僕たちが大人になるころにはもう時代遅れになっているに決まってる。
 僕は頬を膨らませてそーっとお母さんを振り返った。お母さんは僕が宿題を忘れたときと同じくらい、真っ赤な顔をして下を向いていた。鼻の穴がヒクヒクと動いている。
 僕はよっぽどいけないことをしたんだ、と思った。
 だから、家に帰って僕はまずお母さんに、ごめんなさい、を言った。
「お母さん、顔から火が出るくらい恥ずかしかったわよ。何であんなことを書いたの! ふざけちゃいけないって分かってるでしょ!」
 ふざけてなんかいないよ、そう言おうとしたけど、お母さんがあまりにも怒っているもんだから、僕はもう何も言えなかった。お母さんの目は三角。僕が今言ってもいい言葉は「ごめんなさい」だけだ。
 そうだ、お兄ちゃんに聞いてみよう。
お兄ちゃんは遠くの中学校に行っている。ともひろ君のお姉ちゃんや、他のお友達のお兄ちゃん、お姉ちゃんたちとは違う学校。
 いつも部屋にこもって一生懸命実験やら何やらしているお兄ちゃんが他の人とはちょっと違うってことを僕は知らないわけじゃない。お兄ちゃんの話をすると、周りの人が顔をしかめることも分かっている。けれど、お兄ちゃんは頭がいいからきっとみんなが笑った理由もお母さんが怒った理由も知っているはず。
 僕はお母さんにばれないようにこっそりお兄ちゃんの部屋に入った。お兄ちゃんの部屋には水晶の破片やら自転車のチューブやら鉄砲のおもちゃやら爆弾の模型やら、いろいろあって、僕はとにかく気にいっているんだけれど、お母さんは僕がお兄ちゃんの部屋に入ろうとすると、危ないといって、とっても怒るんだ。
 今日はお兄ちゃんも早く帰ってくる日だ。音が立たないように細心の注意を払って、僕はお兄ちゃんの部屋に入った。ツーンと鼻を刺すにおいがする。
 電気をつけたらお母さんにばれると思って、僕はカーテンの閉まった薄暗い部屋の中でお兄ちゃんを待った。
 カーテンの隙間から外をのぞいていると、お兄ちゃんが帰ってくるのが見えた。
 少しすると、ドドドドドドッて階段を上る音が聞こえて、お兄ちゃんの声がした。
「たくま、お兄ちゃんの部屋にいるんだろう」
 声に続いてドアが開き、お兄ちゃんが入ってくる。
「お兄ちゃん、すごい、どうして分かったの?」
 お兄ちゃんは顔の右側だけで笑った。左半分はただれたように赤くはれている。「お兄ちゃんは何でも分かるんだ」
「お前にいい物をあげる。さぁ、目をつぶって」
 僕はお兄ちゃんの言うとおりにした。手を差し出すとお兄ちゃんの冷たくて細い手が手首から手の甲の辺りに添えられたのが分かった。
「握ってごらん」
 添えられたお兄ちゃんの手に少しずつ力が入る。何かが刺さったような鋭い痛みが走り、僕は目を開けた。
「気持ちいいだろう? ほら、きれいな色だ」
 お兄ちゃんは僕の掌から滴る鮮やかな血をそっとなめた。うっとりしたような表情のお兄ちゃんの右顔を僕はきれいだと思った。
痛みはそれほどではなかった。小さなガラス片だ。傷も小さい。
「お前は色白だから赤が似合う」
 お兄ちゃんは僕の掌を優しく舌でなぞる。目を細め、舌は独立した生き物みたいに動いた。
「お兄ちゃん、僕ね、宿題の作文で土に帰りたいって書いたの。そしたらみんな笑うんだ。お母さんは真っ赤になって怒る。どうして? 土に帰るっていけないことなの?」
「お前」お兄ちゃんは右目で僕を見つめた。「土に帰りたいの?」
「うん。土になったらさ、その後に草が生えるでしょ? そうしたら動物がその草を食べて、たくさん育つでしょ? そうしたら食べ物がなくて死んで行く人が減るでしょ? だから僕は土に帰る。いけないのかなぁ?」
「いけなくなんてないさ。みんな知らないだけだよ。それがどんなに大切なことか。お兄ちゃんは応援する。おいで」
 お兄ちゃんはこっそり僕を庭に連れ出した。台所の前を通るとき、カレーのにおいがした。トントンと野菜を刻む音がそれに重なる。
 お兄ちゃんが物置から大きなスコップを持ってくる。
「さぁ、お前は土へ帰るんだ」
 お兄ちゃんは地面を掘り始める。
 僕は、土へ帰る。
                                    (完)







2004.3.11