閉店します

 

「閉店セールって、儲かるんだよ」

かねがね仲間から、そんな話は聞いてはいた。

いや、仲間に聞くまでもない。

商売によっては、のべつ閉店セールをやっている。

 

例えば、大手の紳士服チェーンなどだ。

春秋恒例の「閉店」だったりする。

店内改装のためと称しているが、そんなに改装する必要があるのかどうか。

陳列をちょっと変えて、「はい改装しました」かもしれない。

 

暫くすると、「新装開店セール」に打って出る。

閉店と開店が、セットになっていること、さながら紙の表裏のようだ。

さすがにチラシは別の紙を使うけれど。

あざとい商法だが、廃らないところを見ると、それなりに効果があるからだろう。

つまり、お客さんが容易に、乗って来るからである。

 

もっと言えば、釣られるからである。

「フン、またか」

「しかし、見るだけならいいだろ」

疑似餌と疑いつつも、ちょっかいを出し、つい釣り上げられる、魚を思わないでもない。

 

そんなに儲かるなら、やってみようか・・・とは、私の場合はならない。

欲深商人の端くれながら、私にも自制心があって、

見え透いた口実で、客を集めることに、忸怩たるものがある。

閉店セールとは、本当に閉店する、最後の一回に限るべきだと思っていた。

 

もう一つ、金物屋は地味な商売であって、セールに馴染みにくいところがある。

必要があれば高くても買うし、逆に少々安くたって、要らなければ買わない。

そんな商品が多い。

しかし、それでも敢えて、セールを頻発した同業者も居た。

売り上げを伸ばしたかったからだろう。

しばしば安売りに走って、採算悪化を招き、結局廃業に追い込まれてしまった。

 

利益を圧縮しても、多売が続けばいいが、世の中そんなに都合よく行かない。

何せ、一つ買えば何年も使える品物ばかりである。

安く売って、自ら首を絞めることになってしまった。

 

その店の閉店セールはロングランだった。

セール好きの彼が、ここを先途と張り切ったからだ。

仕入れを継続しつつ、容易に閉店しない「閉店セール」になった。

お客さんにして見れば、「まだやってるの、閉店セール?」であろう。

 

そんな訳だから、私が閉店セールをやるのは、本当に店を閉じる時だけと思っていた。

あるいは私の死後、妻が泣く泣くこれを行うことになるかもしれない。

いや、私の死を悲しんで泣くのではない。

男でも手に余る多数の商品を、女の細腕で売りさばく苦労に泣くのである。

出来れば私は、女を泣かせたくない。

これでも私なりに、気を使っているのである。

 

いっそこの手で、早目に始末を付けるべきだろうか・・・

私がセミリタイアに踏み切ったのは、店の行く末に、目途を付けたかったからでもある。

収束を容易な形に、整えておきたかったとも言える。

言ってみれば、元気なうちから、葬式の算段をしておくようなものだ。

短気なことでは、滅多に人に負けない、私のやりそうなことである。

 

閉店セールにもノウハウがあるそうで、先ず2割引から始め、

3割、5割と進み、最後は7割引まで行くかどうかである。

それでも残ったものは、10割引、つまり「ご自由にお持ち下さい」になる。

私は定石通り2割引から始めたが、そんな細かいステップなど踏みたくない。

2割引で買ったお客さんが、数日後に5割引になっているのを見たら、何と思うだろう。

 

とても売れそうもないな品は、最初から「5割引コーナー」を設けて、そこに置き、

後は全部、2割引で通した。

変化技の少ない、オーソドックスな形である。

それでもよく売れた。

連日、信じられないくらいの、売れ行きとなった。

なるほど、閉店セールとは訴求力があり、集客に結びつくから、これに奔る商人も出て来るはずだ。

 

特に、高額商品の売れ行きが顕著だった。

10000円のものが8000円になるのは、やはりインパクトがあるらしい。

高い方から売れて行くとは、我が店の通常営業とは、違う光景になった。

こんな好景気が続くなら、建築なんか思い止まろうかと、ふと思ったくらいだ。

私も遂に、閉店セール病に嵌ったようだ。

 

昔からのお客さんが、ポスターを見て、心配してやって来てくれる。

「止めちゃうんですかぁ・・・」

「いや、また再開しますから」

これで言い合わせたように、皆さん安心される。

セミリタイアでよかった。

これが全面廃業だと、感慨を募らせるお客さんへの応対だけでも、煩わしいことになる。

湿っぽい話になるのは、真っ平ゴメンだ。

 

この模様を朝日新聞に投稿したら、首尾よく掲載された。

そして、さらに客が増えた。

「読みましたよ」

「こちらのお店でしたか」

「長い間、ご苦労様でした」

店に入って来て、口々に言って下さる。

 

私の投稿が、新聞に載ったのは、これが初めてではないが、これほど反響が大きかったことは

かつてない。

天下国家を論じた時にはさっぱりで、取るに足らない、「私事」に際して、この有様だ。

読者の気持ちとは、よく分からないものだ。

 

但し、ヒヤカシも増えた。

店に入って来るや、無言で店中を物色するのである。

散々徘徊して、帰り際に「新聞で見ました」と言われても、何と答えていいか分らない。

「アナタの顔を見に来たんでしょ、きっと」

妻が笑っている。

鑑賞に耐える顔とは思えないが、ヒヤカシやすい顔ではあるかもしれない。

それにしても、帰り際に挨拶されても、私だってどうしようもない。

 

「もっと負けちゃいなよ」

更なる値引きを求める客も居る。

たまたま、行きずりに入って来た客であって、本気で買うつもりはないようだ。

「閉店」のポスターに引かれて、取りあえず覗いて行こうとしている。

 

「何か面白いものはないかな」

「ないですよ、もう」

こんな客には、空いた棚を指差して、はっきり言ってやる。

「ご覧のとおり、ほとんど残っていないでしょ」

実はまだまだ、奥深いところに、珍しい商品はあるのだが、買う気のない客に、どう勧めても無駄だ。

どうせもう、再び来る可能性のない客だから、私も言いたいことを言っている。

閉店セールとは、先を考えなくていいから、気楽な面もある。

 

「1050円のところ、2割引ですから、えーと・・・」

「いいんですよ、割引なんかしなくても」

信じられないかもしれないが、割引を遠慮するお客さんが居る。

それが必要で買いに来たのだから、割り引いてもらわなくても、構わないと言う理屈だ。

ご近所の顔見知りさんである。

 

閉店する店主の足元を見て、値切り倒す客が居る反面で、割引なんか要りませんよと言う、

奇特なお客さんである。

必要なものを調達出来る、利便性だけで十分と言うわけだ。

こう言うお客さんがいることを、私は肝に銘じなければいけない。

 

「いえいえ、させて頂きますよ、840円になります」

もちろん、委細構わず値引きさせて頂いた。

私はへそ曲がりで、しかも意気に感じる方だから、こんなお客さんだと、

逆にもっとサービスをしたくなる。

 

そう言えば、かつてこんな例もあった。

それぞれ別の例だが、どちらも中学時代の同級生である。

店に入って来るなり、Aはこう言った。

「友達だから、この店に来たんだ。負けてよね」

 

一方のBは、まったく逆だ。

「いいんだよ、負けてくれなくても。友達なんだから」

まったく好対照なのである。

その後交友が長続きしているのは、どちらか。

言うまでもないだろう。

 

「負けてくれなくてもいいんですよ」

こう仰ったお客さんを、数は少ないながら、私は新しい店で、大事にして行かなければならない。

閉店セールによって、見えたものがある。

まんざら無駄ではなかったようだ。

いや、それどころではない。

向こう半年間の生活費を、しっかりと稼がせて頂いたのである。

                                   (了)

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