オランダ語の発音と人名・地名のカタカナ表記
オランダ人の先生にオランダ語を習う機会があった.その際,生徒たちが一様にまず口にしたのが発音の難しさである.ネイティブの発音を耳で聞いてまねしようとしてもそうそうできるものではない.その点,私は初めてのオランダ語に戸惑いつつも,音声学をかじっていたことが助けになった.そのような立場でオランダ人の発音に接した所感をまとめておくことはオランダ語を学ぶ人のためになるのではないかと思い,本稿の作成を思い立った.
なお,オランダ語の正確な発音を知りたいという必要と並んで,オランダの人名・地名をカタカナで表記する際の方針を知りたい人もいるだろう.本稿では,綴り→発音→カタカナ という流れで扱うことにする.言うまでもないことだが,カタカナ表記は完全というわけにはいかず,また長年の慣用もあって方針を一つに絞ることはできないことはお断わりしておく.
■母音
a / aa
e / ee
i
o / oo
u / uu
y
ae
ie
oe
eu
au, auw
ou, ouw
eeuw
ieuw
ei
ij
ui, uy
■子音
b
c
ch
sch
d
f
g
h
j
k
l
m
n
p
q
r
s
sj
t
tj
v
w
x
z
■母音
◆a (ア/アー)
◆aa (アー)
aa, ee, oo, uu のように母音字を重ねると長母音になる.
なお,オランダ語では長母音といっても短めに発音されることもあり,そのこともあってかどうか仮名書きの際,長母音に必ず「ー」を付けるとは限らないことをはじめに注記しておく.
例:
Naarden ナールデン
Haarlem ハールレム
Alkmaar アルクマール
Isaac イサーク
Karel カーレル
Jacob ヤーコプ
a, e, o のように単独の場合には長母音の場合と短母音の場合があるが,閉音節(子音で終わる音節)であれば短母音,開音節であれば長母音である.オランダ語は1947年に大幅な正書法改革を行なっており,現代オランダ語の綴り字法は実に規則的になっている.
例:
laten (英語の let) ラーテン★音節は la-ten となるので la は開音節.
laat (latenの一人称単数形) ラート★latだと短母音になってしまうのでaa と書く.
◆e (エ/エー)
◆ee (エー)
a と同様,単独の e は閉音節では「エ」,開音節では「エー」となる(ただし,接頭辞の be-, ge- などの e は開音節でも短母音のままである).leren の語幹の e は長母音だが,herinneren の語幹の e は短母音など,語構成を知らないと綴りの上からだけではよくわからないこともある.
短い e は正確な発音記号は [ε] となる.日本語の「エ」よりは口の開き方が大きく,やや「ア」に近い音.
「長い e」は音素表記では /e:/ と書かれるが,実際のオランダ人の発音は [ei] という二重母音になる.なお,B, C, D, ... というアルファベットの読みも「ベー」「セー」「デー」でなく「ベイ」「セイ」「デイ」となる.ただし,このような二重母音化はベルギー各地では起こらないとのことである.
また,後出 ij の「エイ」とは異なることに注意.ij はかなり「アイ」に近いのに対し,ee は「イー」に近い「エイ」と言える.動詞の studeren, leren などの r の前の e はほとんど二重母音には聞こえず,限りなく「イー」に近い「エー」に聞こえた.
オランダ語ではこの ij と ee だけの違いで現在形過去形かが違ってくる最小対があるので(例:begrijp の過去形は begreep;ledenとleiden,lijdenなど),会話をするつもりなら気をつけておく必要がある.
日本語でカタカナ書きする際には長い e は単に「エー」とするのが慣用と思われる.
Zeeland ゼーラント
Nederland ネーデルラント
Hoogstraten ホーフストラーテン★昔の本では Hogstraten, Hoogstraaten などいろいろな綴りが見られるが,現在では閉音節の Hoog では母音を重ね,開音節の stra- では重ねないのが標準のようだ.
なお,弱音節では e, ee はいずれもあいまい母音(英語にもある弱い「ア」)になる.たとえば同じ een という単語でも「1」という意味であれば「エイン」と発音するが,不定冠詞(英語の an, ドイツ語の ein)の意味の時は弱く「アン」と発音される.
仮名書きにおいてはこの弱化はあまり意識しないのが慣用と思われる.上記の Naarden, Haarlem の e のほか次のような語末の場合もそうである.
Dendermonde デンデルモンデ
また,de Witt, de Ruyter, de Groot, de Klerk のような人名の de の発音はフランス語の de と変わりない.フランス語の de と同じ感覚で何も考えずに「ド」と書く人も多いが,オランダ語の原音主義を意識する人ほど「デ」と書く傾向があるように思われる.
de Witt デ・ウィット/ド・ウィット
de Vries デ・ヴリース/ド・フリース
◆i (イ)
i は正確な発音記号は [I] であり,英語の短母音の i と同じく,日本語の「イ」よりはやや「エ」に近い.
Middelburg ミデルブルフ
Limburg リンブルフ
形容詞・副詞語尾の -ig においては i はあいまい母音になり「ア」のように発音される.
ここで長い「イー」にも触れるべきなのかもしれないが,本稿は 綴り→発音 という流れに興味があるので「イー」は ie のところで扱う.
◆o (オ/オー)
◆oo (オー)
単独の o は例によって閉音節では「オ」,開音節では「オー」となる.
Lodewijk ローデウェイク★音節分けは Lo-de-wijk となり,Lo は開音節になるので長母音.
boot (英語のboat) ボート
boten (boot の複数形) ボーテン★bo-ten となり,boは開音節になるので母音を重ねる必要がない.
「長いo」は音素表記では /o:/ と書かれるが,実際のオランダ人の発音は「オウ」のような二重母音になる.ただし,このような二重母音化はベルギー各地では起こらないとのことである.
日本語で仮名書きする際にも二重母音のことは考えず「オー」とするのが慣用と思われる.
Venloo ヴェンロー
de Groot デ・フロート
Hoogstraten ホーフストラーテン
Schoneveld スホーネヴェルト★歴史書では Schooneveld の綴りだったが,現在は開音節ということで o を重ねないらしい.
◆u [Y][y:]
◆uu [y:]
英語以外の外国語に触れたことがないとこの発音は難しい.
「ウ」というつもりで唇を丸めて突き出しておいて「イ」と言うとこの音になる.「ウというつもりでイ」などと書くといい加減と思われるかもしれないが,「ウというつもり」というのは唇の形を表わし,「イと言う」というのは口の中での舌の位置を表わすので,音声学的にも根拠があると言える.
フランス語の u やドイツ語の ¨u の発音に慣れている人には問題ないだろう.
オランダ語には u という単語がある.英語の you にあたる語だが,まぎらわしいことに同じ you にあたる語として je もあるが,この e は弱く発音するのでこれも「ユ」と聞こえる.親しい相手には je,敬意を払う相手には u という親称/敬称の区別はドイツ語にもフランス語にもあるが,オランダ語は両者の発音がほとんど同じ(…日本人の耳には…)なので難しい.日本語の「ユ」で発音するとオランダ人には je と聞こえるようだ.
精密な発音記号では [Y] と [y] を書き分けているが,英語にもある[I] [i]の対立と同じく,前者のほうが舌の位置が低くやや「エ」が混じる感じ.乱暴だが,「ウというつもりでイに気持ちエの音を混ぜる」感じか.
さて,カタカナ書きするとき,[i] と [I] とか [ε] と [e] の音の違いというのは気にしなくてもやってこれた.しかし,[y] と [Y] では随分違った響きに聞こえることがあり,仮名書きの際にも迷ってしまう.
[y:] は「ユ」または「ユー」が慣用になっていると思われる.
Utrecht ユトレヒト(発音は「ユートレヘト」に近い;この地名の音節は U-trecht であり,U は開音節である)
Culemborg キュレンボルフ
Ruud リュート
Guus ヒュース
普通の単語を少し挙げると…
muur ミュール(「壁」)
museum ミュゼーアム(発音は「ミュゼイアム」に近い)
だが,[Y] は「ユ」よりは「ウ」に近く聞こえるような気がする(…というのは半分こじつけで,カタカナ表記上,「ウ」のほうが慣用に合うことが多いという先入観が先に立っている).
Brugge ブルッヘ(フランス語読みの「ブリュージュ」として知られる都市;「ブリュッヘ」と書いた本もある)
Middelburg ミデルブルフ
Limburg リンブルフ(これも「リンビュルフ」と書いた本もある)
Putten プッテン/ピュッテン
普通の単語の例では…
bus ブス(「バス」の意)
lucht ルフト(「空気」)
gulden グルデン,フルデン,ヒュルデン(旧通貨単位)
◆y
これは後出の ij と同じように「エイ」と発音される.確か 1947 年の綴り字改革でそれまで y と表記されていたものが ij と書くようになったので,それ以前の文献や昔の人の綴りなどでは y が使われていることも多い.
なお,英語の小説にオランダ人が登場すると mynheer などと言うことがある.「ムッシュー」と同じであるが,今のオランダ語辞典では mijnheer は空見出しで主見出しは meneer となっている.母音 ij が退化してあいまい母音になったことを綴り字の上に反映させているのである.
なお,現代オランダ語でも外来語には y は使われており,[i:] と読む.
analyse アナーリーゼ
また,ij のところで述べるが,固有名では特に母音の後ろに y がくる場合には ij でなく y と書くことも多いようだ.
子音としては英語と同じヤ行音である.
yen イェン《=円》
■母音字の組み合わせ
◆ae (アー)
これは古風な綴りで今では使わないそうだ.発音上は aa と同じ.昔のオランダ語の文書を見ると,現代オランダ語で aa と綴る部分の多くが ae と綴られているのがわかる.
Adriaen アドリアーン
Maestricht マーストリヒト★現在は Maastricht の綴りが普通
一方,ベルギーでは現在でも ae の綴りが多いように思う.
Laer ラール
Maeterlinck メーテルリンク★ベルギー人で,作品はフランス語なので,オランダ系の名前ではあってもフランス語風に「マーテルランク」と読むのが正しいのだろう.仮名書きの慣用はご存じの通り.
Dewael デワール★これは現代のフランドル政府首相
Dehaene デハーネ★これは少し前のベルギー首相
ファーストネームには次のようなものがある.
Michael マイケル★英語と同じような発音
Rafael ラファエル★ae は「アエ」と発音
◆ie (イー)
Ieper イーペル(フランス語の「Ypres イープル」で知られているが,フランドル州なのでオランダ語圏である)
Pieter ピーテル/ピーター
Friesland フリースラント
Dieren ディーレン
de Vries デ・ヴリース/ド・フリース
時々 ie を1つの長母音でなく i + e (イエ)と発音したいことがある.そのようなときは e の上に¨をつけて表わす.
Belgi¨e ★発音は「ベルヒエ」という感じ.
Australi¨e ★発音は「アウストラーリエ」という感じ.
Indonesi¨e ★発音は「インドネージエ」という感じ.
なお,-i で終わる形容詞に屈折語尾 -e がつく場合は¨はつけないが,発音は i + e である.
mooie モーイエ
◆oe (ウー)
u, uu の発音は上述した通りで,日本語の「ウ」に近い音はこのように oe と綴られる.この綴りはオランダ語特有なので最初戸惑うが,規則的なので慣れれば問題ない.
Loevestein ルーヴェステイン★英語ではしばしば Louvestein
Woerden ウールデン
Goeree フレー
Roermond ルールモント
Hellevoetsluis ヘレフットスライス
これも次のように¨を使って o + e に分けて読むこともある.
Ro¨ell ロエル
◆eu [φ:]
「ウというつもりでエ」というとこれに近くなる.フランス語ではおなじみの音.
なお,ee, oo と同じく,オランダではこれも二重母音で発音されるそうである.たしかに leuk のような語を丁寧に発音するときは [φu] のような二重母音になっていたが,普通に話しているときにはよくわからなかった.
仮名書きは「ウー」としたり「エー」としたりする.
van Beuningen ヴァン・ブーニンゲン
euro ユーロ★オランダ語としての発音は「ウーロ」に近かった.
Leuven ルーヴァン
★これはルーヴェン,ルーフェン,レーヴェン,レーフェンのいずれも可能であるが,弱い e は「ア」のように聞こえるので上記したように「ルーヴァン」も許容範囲であろう.この都市はフランス語名 Louvain で知られており,「ルーヴァン」なら両者共通の字訳として使うことができる.
Waterreus ワータールース
Heusken ヒュースケン
Euwe エーウェ★チェスのチャンピオン
de Geuzen ヘーゼン《乞食党》
この音はフランス語の名を表わす時にも仮名書きに悩むものである.例:Meuse (ムーズ川)
◆au, auw (アウ)
ou と同じ発音.資料によって「アウ」としていたり「オウ」としていたりするが,オランダ人の発音を聞くと「アウ」に聞こえた.
Australi¨e オーストラリア★発音は「アウストラーリア」という感じ.
Pauw パウ
Paul パウル
Laurens ラウレンス
blauw ブラウ(青い)
augustus アウヒュストゥス(八月)★-tus の u と -gus- の u は辞書の発音記号を見ると同一であり,仮名書きを「ゥ」「ュ」と区別する合理的な根拠はないのだが,オランダ人の発音を聞くとなんとなくこう書きたくなった.しいて言えば g のあとに u が続くと間に [j] 音がはいって聞こえるようになることはあるかもしれない.英語の ta- を「チャ」とすることはなくても,ca- を「キャ」と書くのと同じくらいの正当化はできるかもしれない.
参考までに各資料の記述は次の通り:
文献(1)によるとカタカナ書きは「オウ」で最初の母音の発音記号は「逆さv」
文献(2)によるとカタカナ書きは「アウ」で最初の母音の発音記号は「開いたo」
文献(3)によるとカタカナ書きは「アウ」で最初の母音の発音記号は「a」
文献(4)によると英語の out の母音に似ているがやや短めとのこと.
ただし,au でも外来語は「オー」となる.restaurant (レストラン)など.auto(自動車)は「アウ」「オー」の両方の発音が辞書に載っている.
Anton Mauve アントン・モーヴ
ゴッホの義理のいとこでオランダ生まれだが,フランス系の名前だそうだ.
◆ou, ouw (アウ)
au, auw と同じ発音.
例:
Gouda ハウダ
Bouma バウマ
Oudenaarde アウデナールデ
vrouw ヴラウ/フラウ(ドイツ語の Frau)
bouwen バウエン(「頼る」などの意)
なお,外来語は例外で,blouse は「ブラウス」でなく「ブルーゼ」のようになる.
◆eeuw (エーウ)
eeの発音のあとに[u]がつく.
Leeuwarden レーワルデン
Leeuwenhoek レーウェンフック
eeuwig エーウワハ(「永遠の」)
Zoutleeuw ザウトレーウ
◆ieuw (イーウ)
ieの発音のあとに[u]がつく.
Nieuw Amsterdam ニーウアムステルダム/ニューアムステルダム
Nieuwpoort ニーウポールト/ニューポールト
仮名書きの際,オランダ語に忠実にというなら「ニーウ」とすべきだろうが,特に「ニューアムステルダム」のように語形成が明らかな場合,英語の New Amsterdam の仮名書きを借りてしまうこともアリだと思う.
ちなみに,上記 eeuw, ieuw を見ると uw で[u]と読むのかと思いたくなるが,uw という単語(英語の your)の発音は u の発音のあとに [u] を付けたもの [y:u] になる.しいて書けば「ユウ」「イウ」という感じ.
◆ei (エイ/アイ)
「エイ」だが,この「エ」は前述したように[ε]であり,かなり「ア」に近い.
これは仮名書きの際,悩ましい問題になる.オランダ語の原音主義を取る場合「エイ」とするのが好まれるようだが,ドイツ語,英語が「アイ」としているためかどうか「アイ」が慣用となってしまっているものもある.そしてオランダ人の発音を聞いてもしばしば「エイ」ではなく「アイ」と聞こえる.
例:
Leiden, Leyden レイデン/ライデン
Heinsius ヘインシウス/ハインシウス
Heiligerlee ヘイリヘルレー
ey も同じ.
Geyl ヘイル
Feyenoord フェイエノールト
◆ij (エイ/アイ)
上記 ei と同じ発音で,この「エ」は前述したように[ε]であり,かなり「ア」に近い.仮名書きの際の悩ましさも同じ
なお,同じ発音に対して ei / ij の2通りの綴りがあるということで,オランダ人は説明のときには ei を「コルテ・エイ」(背の低いエイ), ij を「ランゲ・エイ」(背の高いエイ)と呼ぶ.
例:
Nijmegen ネイメーヘン/ナイメーヘン
Rijswijk レイスウェイク/ライスワイク
IJssel エイセル/アイセル★語頭に IJ がくる場合,このように2文字合わせて大文字にするのが慣例.
Kortrijk コルトレイク
Dijle デイレ
Van Dijk [Dyck] ヴァン・ダイク
ただし,形容詞・副詞語尾の -lijk では ij はあいまい母音になり,弱く「ラック」のように発音される.
また,他の母音に続く ij は y の場合と同じで二重母音の一部となり i と発音される.(事実,特に英語などでは綴りも y を使って Nistelrooy, Hooydonk とすることも多い.)
サッカー選手の例を挙げると…
Ruud van Nistelrooij リュート・ヴァン・ニステルローイ
Pierre van Hooijdonk ピエール・ヴァン・ホーイドンク
次は eij =ei/ey の例.
Wesley Sneijder ヴェスレー・スネイダー
次は uij=ui/uy の例.
Van Ruijven ヴァン・ライヴェン
次は o + ij の例.
Boijmans ボイマンス
次は oe + ij の例.
Boeijen ブ(ー)イエン
次は aa + y の例.
Makaay マカーイ
◆ui, uy [oey]
オランダ語の母音で日本人にとって最も発音が難しいのがこれ.二重母音の出発点 [oe] と終着点 [y] のいずれもが日本語にも英語にもない母音であるためだ.
出発点の母音 [oe] は「オというつもりでエ」と言えば近い音が出せる.ドイツ語の¨o でおなじみの音.
終着点の母音 [y] は u のところで述べた通り「ウというつもりでイ」と言う音.
さて,これを続けるとどんな音になるか.一言で言えないから[oey]のような発音記号を持ち出して説明したのだが,どうしてもうまく発音できない時の逃げ道としては「アウ」「エユ」あたりの音を出してごまかすのが無難だと思う.私は fruit (フルーツ) の発音を何度やってもOKが出なかったとき,カタカナ式に「フリャウト」と発音すると認めてくれたことがあった.
さて,この母音のカタカナ書きがまた不思議なのだが,これはなぜか「オイ」または「アイ」と表記するのが慣習になっている.実際の音はどちらかと言えば「アイ」に近いと思うのだが,これも「オイ」が慣用になってしまっているものもある.拙著では「アイ」を用いるようにしたが,慣用にしたがったところもあり,不統一な結果になっている.
Sluys スライス
Muyden マイデン
Zuylestein ザイレステイン
Zuyder Zee ザイデル海/ゾイデル海
Buys Ballot バイスバロット/ボイスバロット
Ruyter ロイテル/ライテル
Huygens ホイヘンス
Uyl アイル
■子音
◆b [b]
語末では無声音の [p] となる.
Jacob ヤーコプ
◆c
e, i の前では [s], それ以外では [k] と発音され,英語などと同じと言える.
◆ch
音素表記では /x/ で,ドイツ語の Bach (バッハ)などというときのもの.詳しくは g の項を参照.
仮名書きはハ行とするのが慣用.
Utrecht ユトレヒト
私の習った先生は ch を「ヒ」のように言うのはベルギー訛りだと言っていた.先生の発音は「ヒ」でなく「ヘ」みたいな /x/ だった.この音素は先行する母音が「エ」だったら「ヘ」,「イ」だったら「ヒ」など,口の形を変えずに発音するのがこつらしい.
Maastricht マーストリヒト
Dordrecht ドルドレヒト
Walcheren ワルヘレン
Rachel ラヘル
次は外国音なのだろうか?
Richard リシャルト
Michel ミシェル
◆sch
s + ch である.ドイツ語のように「シュ」とはならない.
Schelde スヘルデ
Scheveningen スヘーヴェニンゲン
ちなみに,これはローマ字読みするとおもしろいということで日本人の間で有名らしい.
Schoneveld スホーネヴェルト
Schoonhoven スホーンホーヴェン
Schouwen スハウウェン
この語頭の sch- はオランダ語に特徴的な音となっているが,このあとに母音でなく r が来る組み合わせだと発音の難しさが増す.
schrijven スフレイヴェン(書く;ドイツ語の schreiben)
ただ,辞書を見るとこういう場合の -ch- の部分の発音記号は括弧で囲んであるから略してしまっても通じるのかもしれない.
なお,語末の -sch の発音は[s]
Huis ten Bosch ハイス・テン・ボス
's Hertogenbosch スヘルトーヘンボス
Ruysch ライス★未確認
Grolsche フロルス★未確認
◆d [d]
語末では無声音の [t] となる.
Holland ホラント
◆f [f]
英語の f と同じ.有声音は v だが,後述するようにオランダ語の v は f に近いので注意.
◆g [g]
オランダ語の発音の最大の難関.音声学上の難しい記号もあるが,ここでは文献(2)に倣って[g]としておいた.
ch と同じ音と断言している本もあるし,私の先生もそう言っていた.英語の g とは異なり(オランダ語にはその音はない),「のどの奥の方を摩擦させて出す音」である.
綴り上 g と書く以上,発音上も何らかの形で g と関係があるはずだ.そのためには音声学の用語を使うとよくわかる.まず,[x] の音を音声学的に言うと「軟口蓋摩擦音」という.何やら難しいが実はこれは k に似ている.k は「軟口蓋破裂音」と言う.k の発音をするとき,口の中を意識してみると,舌の根っこのあたりが口の中の上部(口蓋)にぶつかって破裂しているのがわかる.破裂というのは一度息を止めてから一気に解放することだが,このような破裂を行なわずに,せまいすきまをもうけて息を出し続け,その際の音を出すのが摩擦音である.
[k][x]は無声音だが,この [x] を有声音として発音するのが[g]である.
(こうして考えると全然違うように思われる [g] と [g] がいずれも同じ軟口蓋音の有声音であり,破裂音か摩擦音かだけの違いであることがわかる.このように漫然と耳で聞いているだけではわからない諸国語の音声の関係が見えてくることが,音声学を学ぶことの醍醐味である.)
g の発音は地域差が大きいそうで,[x] [g] のほか [χ] の発音がされることもあるという.これは「口蓋垂摩擦音」といい,「軟口蓋摩擦音」の[x]よりも舌の根っこが摩擦をつくる箇所がより口の奥になっている.実際の発音ではフランス語の r のような感じに聞こえることもあるが,これも「口蓋垂摩擦音」ということなので耳の錯覚ではなく,理由のあることなのであった.
具体的には,格式の高いオランダ西部では 有声の [g] は聞かれず,またロッテルダムとネイメーヘンを結ぶ線より北では無声音は「口蓋垂音」または「軟口蓋音でも口蓋垂音に近い後部軟口蓋音」で発音されるそうである(文献(1)).
余談ながら,この g の発音を意識するあまり,普通の h でいいところまで g の発音を出してしまうことがある.昔はやった(?)「シャア少佐」ではないが,Hoe gaat het? (お元気?)を繰り返して口にしていると途中で g と h がこんがらがってしまう.
さて,口に出して発音しようとすると難物だったが,仮名書きに際してはハ行とするのが慣用として定着してきたように思われる.
Gouda ハウダ★「ゴーダ」の慣用も根強い
Gabriel ハブリエル
Geesink ヘーシンク
Gerard ヘーラルト
Van Gogh ヴァン・ホッホ/ファン・ゴッホ→(ヴァン・)ゴッホ/(ファン・)ゴッホが慣用
Gelderland ヘルダーラント
Ghent ヘント★フランス語名「ガン」でも知られる
Gorinchem ホリンヘム
Fagel ファーヘル
Brugge ブルッヘ★フランス語名「ブリュージュ」でも知られる
Grave フラーヴェ
de Graaf デ・フラーフ/ド・グラーフ
Egmont エフモント/エグモント
Limburg リンブルフ
Van Den Berg ヴァン・デン・ベルフ
Haag ハーフ→ハーグが慣用
Agt アフト
Reiziger レイジハー★サッカー選手《英語の中継では「ライズィギャ」と聞こえた》
Edsger エトスハー
ただし,注意しておかなければならないのは ng の形では「ング」の発音になり(ただし,英語の sing の場合と同様,[g] の音ではないので注意),上記の音は現われない.この場合の仮名書きは英語の g と同様でいい.
例
Groningen フロ(ー)ニンゲン
Tongeren トンゲレン
Heitinga ヘイティンハ★これは例外.たぶん,語源的に Heitin + ga という切れ方をするのではないだろうか.
Huizinga ハイジンハ★これも例外.仮名書きは「ホイジンガ」が慣用.
Kamerlingh Onnes カメルリング=オ(ン)ネス
De Jong デ・ヨング
また,ongeveer など onge- ではじまる語がいろいろあるが,これも on+ge なのか,ng の音ではなく [g] になる.
また,外来語が例外なのはいつものことで,bagage (荷物) の1つめの g は [g] の音だが,2つめの g はフランス語と同じ「ジュ」の音になり,「バハージュ」のような発音になる.
◆h [h]
Haarlem ハールレム
Guus Hiddink ヒュース・ヒディンク★サッカーコーチ
Arnhem アーネム/アルンヘム
辞書を見ると h を発音する方式と発音しない方式の二通りがあるようだ.
Abraham アブラハム
実際の発音は「アーブラム」のように聞こえ,辞書には Abram の綴りも載っている.
th=t, g=gh でいい.
Judith ユーディット
もちろん,複合語などではその限りでない.
Honthorst ホントホルスト
◆j [j]
Jan ヤン
Johan ヨハン
Oranje オラニエ,オランイェ
外国人名では英語のジェーのように発音することもあるようだ.
なお,tj, sj の組み合わせについてはそれぞれの項を参照.
◆k [k]
Kortrijk コルトレイク
◆l [l]
英語の l の発音ができればそれと同じでいい.舌の先を上の歯の裏側につけてする発音.
なお,英語では次に母音が続かない場合の l は「ウ」または「オ」のように聞こえる.これは「暗い l」と呼ばれているが,同じことはオランダ語にも起こる.
フランス語ではこのようなことはないので際立った違いと言える.
◆m [m]
Maas マース
◆n [n]
Naarden ナールデン
◆p [p]
Pieter ピーテル/ピーター
◆q
qu の形で使われ,kw と同じ発音となる.
van Quay ヴァン・クヴァイ★未確認.
◆r [r]
舌をふるわせるいわゆる「べらんめえ調」の r になる.このおかげで聞き取りに際しては L と R の違いがわかりやすい.たとえば英語で文脈なしに Blake, Brake を聞き分けるのは日本人には難しいが,オランダ語なら舌をふるわせる r は容易に区別できる.
ただ,r が母音のあとにきた場合は難しい.この場合,英語やドイツ語のように r が母音化して発音される.R という字母を読むときには「エーア」という感じだし,Nederland というときも,普段は「ネイダーラント」という感じに聞こえる.ただし,時々丁寧に発音するときには「ネイデルラント」と r をふるわせて発音することもある.
仮名書きの際には r の母音化が悩ましい問題を呈する.
たとえば次のような場合,r は「ル」とするのが慣用になっていると思う.
Amsterdam アムステルダム
Rotterdam ロッテルダム
実際の発音は「アムスターダム」「ロターダム」に近いのだが,綴り優先の「ル」が慣用になってる.
Nederland ネーデルラント
Dendermonde デンデルモンデ
Ruyter ロイテル
Hercules ヘルクレス★発音は「ヘアクレス」という感じ.
Adriaen Backer アドリアーン・バッケル
Govert Flinck ホーヴェルト・フリンク★このファーストネームは Govaert とも綴る.
Gelderland ヘルダーラント/ヘルデルラント
Overijssel オーヴァーエイセル/オーフェルエイセル
同じ問題はドイツ語にもあって Weser 川の表記はヴェーゼル/ヴェーザー両方あるが,拙著では都市の Wesel と区別するためもあって「ヴェーザー川」を用いた.ほかに Speyer シュパイアー,Trier トリール/トリーア など,原則ではすっきり割り切れないものもある.
◆s [s]
Smit スミット★英語のスミス,ドイツ語のシュミットにあたる一般的な名字.
なお,オランダ語には spreken, stad のようにドイツ語に似た単語が多いが,s の発音はドイツ語のように「シュ」とはならないことに注意.
Huysum ハイスム/ホイスム
Ruysum ライスム
Roosevelt ローセヴェルト★アメリカの大統領の祖先.
なお,これら母音にはさまれた s は [z] のように聞こえる.
president, present, museum, analyse などの s も発音は [z] である.
Friso フリーゾ
さらに,オランダ語では時折 's という語形を目にする.eens または des の略だそうである.
's-Hertogenbosch セルトーヘンボス, スヘルトーヘンボス
オランダ語の発音としては前者が正しいようだ(辞典では H の項目に載っていることに注意).ちなみにこの地名,ドイツ語では Herzogenbusch, フランス語ではなんと Bois-le-Duc となる.18世紀,この後者を発音できないイギリス人は Boil Duck などと書いたこともあった.それはともかく,いずれも「公爵の森」の意である.
◆sj
英語の sh のようになる.
◆sch
ch の次のところで扱ってあるのでそちらを参照.
◆t [t]
Texel テセル
なお,informatie のような抽象名詞の語尾の -tie は [si] または [tsi] と発音される.
さらに,オランダ語ではよく 't の形の語形を目にする.これは中性定冠詞 het (ほかに通性定冠詞 de がある)の略式発音を表わしたもので,弱く「アト」と言う感じ.丁寧に発音すれば「ヘット」となる.これが仮名書きのときに悩むのだが,日本語では単純に「ト」としてしまっていることが多いように思う.
't Hooft トホーフト, トフーフト, ヘットホーフト
普通にオランダ語で発音すると「アトホーフト」,丁寧に発音するなら「ヘットホーフト」という感じになるはず.ただし,綴りをストレートに英語式に呼んだトフーフトという表記も多い.素粒子物理学では有名な人で,大学院にいたころはみな「何て読むか知らないけど」と前置きしてから「トフーフト」と言う人が多かったと思う.
Van 't Klooster ヴァン・ト・クロースター
野球選手.これもオランダ人の発音を聞くと「ヴァナトクロースター」という感じ,丁寧に言うなら「ヴァン・ヘット・クロースター」だろうが,仮名書きは上記が無難ではないだろうか.
Van 't Hoff ファントホッフ
同じく発音的には「ヴァナトホフ」「ヴァン・ヘット・ホフ」だが,物理化学の分野では「ファントホッフ」で定着している.
◆tj
Tietjens ティーチェンス
Sintje Mesdag シンチェ・メスダハ
◆v
「vとfの中間の音」だが無声音の[f]に非常に近い.
発音する上ではほとんど [f] のつもりで,気持ち有声音にして [v] を混ぜる,という程度でいい.人にスペルを説明するときなど,[v] に近い音を出すとオランダ人には w に聞こえるようだ.非常手段として,[f] の音をくっきり発音しつつ,途中から [v] にするような音にするとうまくごまかせると思う.また,自分でもちょっと反省したのだが,「有声性が弱い」と聞いてつい摩擦まで弱くしてしまったが,そうするとまた w のようになってしまう.上歯と下唇の摩擦音ははっきり出していいようだ.
仮名書きを「ヴ」とするか「フ」とするかはまた悩ましい問題であり,両方の表記が行なわれているようである.私は f と区別するために「ヴ」を原則としたが,「ファンデルワールス」など,「フ」で慣用となっている名も多い.
また,新聞など「ヴ」を使わないことにしている世界ではたとえば va の字訳は「バ」「ファ」のいずれかになるが,この場合「ファ」が好まれるのが普通.そして上述のようにそれは実際の発音に近いものでもある.
vとf, vとw が似ていてわかりにくいという声に対してはそれぞれ出現環境が違うので実際上の困難はそれほどでもないということだった.
Vlieland ヴリーラント
Vlissingen フリシンゲン
Vlaanderen フラーンデレン(フランス語式の「フランドル」が慣用)
de Vries デ・ヴリース/ド・フリース
Vecht ヴェヒト川
Vermeer フェルメール
Vincent ヴィンセント/フィンセント
Van Dijk [Dyck] ヴァン・ダイク
van Eyck [Eijck, Eik]ファン・アイク
一方,Van de Graaff (物理学者のヴァン・ド・グラーフ), Van Buren (大統領のヴァン・ビューレン), van Halen (アーチストのヴァン・へイレン) などはオランダ系の名前ではあるが,アメリカ人なので英語読みの「ヴァン」で問題ない.
◆w [v]
おおざっぱに言うと「vとwの中間の音」である.
英語の v の発音ができる人ならこれを出発点にしつつ,少し w を混ぜて響きをマイルドにするといい.
もう少しちゃんとした言い方をすると,[v] というのは「唇歯摩擦音」である.これは上の歯を下唇に接触させた状態で「ヴー」と摩擦させる音.これに対し,[v] は「唇歯接近音」である.つまり,上の歯を下唇に接触させず,近づけた状態に保ち,そのすきまから摩擦させないように息を出す音である.
これも仮名書きは「ヴ」「ウ」のいずれもがあり,悩ましいが,私は v と区別するため玉突き式に w はワ行とすることが多い.
Willem ウィレム
de Witt デ・ウィット
Woerden ウールデン
Walcheren ワルヘレン
Schouwen スハウウェン
◆x [ks]
Mexico は[m´εksikou]
Ajax アヤックス★発音は「アーヤクス」
Alexander「アレクサンダー」みたいな感じ.
Beatrix も「ベアトリクス」と言っていたと思う.
しかし,
Texel テセル★テクセルの発音もなくはないが,普通はテセル.
◆z [z]
Zeeland ゼーラント
Zwammerdam ズワンメルダム
Adriaanszoon アドリアーンスゾーン
Maartenszoon マールテンスゾーン
Claeszoon クラースゾーン
-(s)zoon は…の息子という意味の父称.上記の人物の父親はそれぞれ Adriaan, Maartens, Claes となる.
参考文献
(1) 国際音声学会(編)『国際音声記号ガイドブック』(1999, 邦訳2003)
(2) 『講談社オランダ語辞典』
(3) 桜井隆『CDエクスプレス オランダ語』
(4) Lesley Gilbert and Gerdi Quist: Dutch A Complete Course for Beginners (Teach Yourself Books)
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