呉子

「呉子」は「孫子」と並び称される兵法書です。
 紀元前四百年・戦国初期の楚で宰相を務めた呉起が、魏で将軍をしていた頃の発言を魏の史官がまとめて生まれました。つまり魏の兵法書です。

「孫子」以降の兵法書はすべて「孫子」を踏まえています。
 先に呉の国が「孫子」を座右の書として覇を唱えたため、各国が「孫子」になぞらえて兵法書をつくり出していった経緯があるのです。
 中でも「孫子」は理念の書とされていたため、実戦手段を細かく書いた「呉子」がその対極とみなされてきました。
 そのため、理念の「孫子」と戦術の「呉子」をわきまえていれば「軍師」としての基礎教養があると考えられていました。




第一 図国篇

 呉起は兵法論を持って魏の文侯に面会を求めたが、「わしは戦争が好かん」と返された。
「心にもないことを言わないでください。職人たちに作らせている鎧や戟(武器の一つ)や兵車はなんです。まさかのときのためだとしても、それを使いこなせる者がいなければ物の役には立ちません。闘志が盛んであったとしてもたちまち殺されてしまうでしょう。
 昔、承桑氏は内政だけを重んじたために国を滅ぼしました。逆に有扈氏は軍事だけに頼りすぎたために国を滅ぼしました。だからこそ、明君は内に向かって政治を整え、外に対して軍備を強化するのです。敵を前にして戦おうとしないのは「義」とは言えず、そうして敵に殺された人民を哀悼したところで「仁」とは言えません」
 うなずいた文侯は呉起を歓待して将軍に任命し、要衝の地である西河を守らせた。
 以来戦うこと七六回、うち六四勝一二分けという目覚しい戦果を挙げた。魏が千里四方も領土を拡大できたのはすべて呉起の功績である。

 呉子曰く、
「君子は初手として臣下領民を教育して皆が団結するようにしました。
 団結を乱す四つの不和があります。
 一.国が団結していなければ軍を動かしてはいけません。
 ニ.軍が団結していなければ部隊を出撃させてはいけません。
 三.部隊が団結していなければ進撃してはいけません。
 四.いざ合戦に際して団結がなければ決戦に出てはいけません。
 ゆえに賢明な君主は、人民を動員するときにはまず団結を図ったうえで決断を下しました。しかも独断には頼りませんでした。
 君主がこのように慎重な態度で臨めば、人民も自分たちの命が大事にされていると感激し、戦争に赴いても進んで死ぬことを栄誉とし、退いて生き残ることを恥辱とするでしょう」

 呉子曰く、
「四徳を守れば興隆し、守らなければ滅亡します。
【道】天下においても人として為すべきことに立ち返る
【義】人民の職責を遵守し言行一致させる
【礼】人民の模範となる
【仁】人民を思いやって慈しんで敬慕の念を抱かせる
 もし道に背き義に反しているなら必ず身を滅ぼし国を失うこととなるのです。
 昔、殷の湯王が夏の桀を討伐したとき夏の人民でさえもそれを喜び、周の武王が殷の紂王を討伐したとき殷の人民でさえもそれを認めました。湯王や武王の行ないが天の意志と人民の願いにかなっていたからです」

 呉子曰く、
「国や軍を制するには、必ず礼(人民の模範となる)をもって人民を教化し、義(人民の職責を遵守させる)をもって士気を奮い立たせ、恥辱を感じる気風を植えつけなければなりません。それでこそ攻守に足る軍が出来あがるのです。
 戦って勝利を収めることは容易である反面、勝ち続けることは難しい。
 昔からこう言われています。
『天下の強国の中で、五度も勝利を収めた者は破滅した。四度勝利を収めた者は疲弊した。三度勝利を収めた者は覇者となった。二度勝利を収めた者は王となった。一度勝利を収めた者は帝となった』
 戦い続けて天下を取った者は少なく、かえって滅亡した者が多いのはそのためでしょう」

 呉起曰く、
「君主が賢者を高職に就け、不肖者を低い位にとどめておけば敵に隙を与えません。
 人民の生活を安定させ、人民が為政者に全幅の信頼を寄せるようになれば国の守りは綻びません。
 万民ことごとく君主の政治に満足し、敵国の政治に不満を抱くようになれば、戦わずして勝利を収められます」

 会議において武侯よりすぐれた意見を誰一人として出さなかった。退出するとき武侯は得意顔である。
 それを見て呉起が進み出て曰く、
「昔、楚の荘王が会議したとき誰一人として荘王よりすぐれた意見が出なかったことがございます。
 退出するとき荘王は失望の色が浮かべていました。申公が尋ねると、荘王はこう答えたそうです。
「『どの時代にも聖人はおりどの国にも賢者はいる。それを見出して師と仰ぐ者は王となり、友として迎える者は覇者となる』というではないか。わしはもとより至らぬ身。ところが群臣ことごとくがそのわしにさえ及ばない。これでは我が国の前途が心配だ」
 荘王はこのように臣下の無能を悲しんだのです。然るにあなたはそれを喜んでおられる。我が国はこの先どうなることか心配でなりません」
 武侯は自らの不明を恥じた。

 呉子曰く、
「戦争が起こるのは五つの原因によります。「名誉を争う」「利益を争う」「憎悪に駆られる」「内乱になる」「飢餓になる」。
 戦争はその意味合いから五つに分類でき、敵がこのような戦争を仕掛けてきたらこう対処します」
【義兵】暴政で混乱に陥った国を救うための戦争。礼をもって人々と接して口実を与えない。
【強兵】兵力の劣る国を強大な兵力で侵略する戦争。下手に出て逆らわない。
【剛兵】憎悪に駆られ怒りに任せて発動する戦争。外交でやりこめる。
【暴兵】なりふりかまわず利益を貪る戦争。奇策でやりこめる。
【逆兵】国政が乱れ人民が疲弊しているのに無視して強行される戦争。謀略でやりこめる。

 呉起曰く、
「昔の明君は君臣の関係、上下の身分を整え、人々を集めて身分に応じて教育しました。そして優れた人材を選抜して不測の事態に備えたのです。
 斉の桓公は勇士五万を募って、晋の文侯は精鋭四万を編成して天下に覇を唱えました。秦の穆公は決死隊三万を組織して周辺諸国を制圧しました。これでわかるように、強国の君主はいずれも人材を識別してその活用を心がけたのです。
【豪胆】胆力・気力とも優れた者を集めた部隊
【功利】死を恐れず力の限り奮戦して勲功を立てたいと願っている者を集めた部隊
【敏速】足が速くて身のこなしが軽く遠路も苦にしない者を集めた部隊
【栄達】左遷や失脚した高官で手柄を立てて返り咲きしたいと願う者を集めた部隊
【回天】城や陣を捨てて退却した将兵で汚名返上の機会を狙っている者を集めた部隊
 以上の五つは最も精強な部隊です。三千もいればいかなる重囲も突破し堅城も攻略することができるでしょう」


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第二 料敵篇

 (魏の)武侯が尋ねた、
「わが国は西に秦、南に楚、北に趙、東に斉があり、後ろに燕、前に韓の六国に取り囲まれて憂慮している。なにか良い策はないか?」
 呉起曰く、
「国を安泰にするには、警戒を怠らないことです。これはできておりますので心配には及びません。
 しかしせっかくのお尋ねなので、六国の国情を述べましょう。
 斉は意志の固い国柄。財政も豊かで君臣が豪勢にしているが人民は簡素な暮らしをしています。寛大な政をしていますが俸禄は不公平で、軍は統一を欠いて前衛は精強だが後衛は脆く、充実してはいますが強力ではありません。これを撃つには軍勢を三分して斉軍の左右を攻撃し、それに対応したところで手薄になった正面を直撃すれば撃ち破ることができます。
 秦は精強な国柄。地形も険阻、政治は厳正にして賞罰が正しく行なわれています。人民は闘争心にあふれて功績を挙げようと自分勝手な判断で戦います。これを撃つにはまず手頃な餌をちらつかせて兵士たちがそれを奪おうと将軍から離れるようにします。それに乗じて各個撃破し、さらに伏兵を配置して攻め立てれば大将を討ち取ることができます。
 楚は弱い国柄。領土は広大ですが政争のため人民は疲れ果て、軍勢は整っておりますが持久戦は不得手です。これを撃つには宿営地を急襲してまずその戦意を喪失させ、攻めては退くを繰り返して困憊させます。真正面から戦わないことです。
 燕は素朴な国柄。勇義に篤く策略には乏しいので守りに回ると敗走しません。これを撃つにはまず相手に接近し、攻めると見せかけては退き、追うと見せかけて追わないことです。相手はこちらの意図が見抜けず恐れることでしょう。決戦を避け、車騎をもって遠巻きに包囲していれば敵将を虜にできます。
 趙と韓は中原に位置して穏やかな国柄。政情も安定しています。ですが人民は戦いに疲れ、兵士にも戦う気概がなく統制がとれていません。これを撃つには対陣して威圧を加え、攻めてくれば防ぎ、退けば追い、持久戦に持ち込んで疲労させるのが上策です。
 これに対して、わが軍の備えですが、軍には必ず猛虎のような勇士がおります。これを選抜して特別な待遇を与えます。この軍勢こそが生命線です。また、さまざまな武器を使いこなし壮健で戦意旺盛な者を選抜しておけば大きな戦力となります。彼らには家族までも手厚い待遇を保証し、賞罰を明確にしておいてください。この点をじゅうぶんに検討して処理しておけば倍する敵を打ち破ることもできましょう」

 即座に攻撃を加えてよい敵が八つあります。
 一.風が強く寒さの厳しい日に早朝から移動を開始し、氷を砕いて河を渡り、いっこうに兵士の苦労を省みない敵。
 二.猛暑の日に遅く起き出してあたふたと行動を始め、飢えや渇きに苦しみながら遠方まで移動しようとする敵。
 三.長期戦に追い込まれて食糧が不足し人民に不満が募って、兵士たちに動揺が生じても将軍がそれを制止できない敵。
 四.物資・燃料・飼葉が底をついているのに長雨が続いて現地調達もままならなくなっている敵。
 五.兵員が少なく、水の便や地の利に恵まれず、人馬ともに疾病に苦しみ、援軍も期待できない敵。
 六.日が没しても目的地に達せず、将兵は疲れ果てているのに食糧にもありつけず武装を解いて休息している敵。
 七.将軍が能力に乏しく、兵士に結束がなく、全軍がつねに動揺しているうえに援軍の見込みもない敵。
 八.布陣に取りかかってまだ完了していない、宿営の準備を始めてまだ終わっていない、険阻な地形を通過中で陣形に乱れが生じているような中途半端な状態にある敵。
 逆に、攻撃を避けるべき敵情が六つあります。
 一.広大な領土を有し人口も多く、人民の生活も豊かな敵。
 二.為政者が国民を愛護し、恩恵が国内に行き渡っている敵。
 三.賞罰が時を失わず的を射ている敵。
 四.功績を立てた者が抜擢され、能力のあるものが重用されている敵。
 五.兵員が多く、装備もすぐれている敵。
 六.近隣諸国の協力と大国の援助を期待できる敵。
 有利と見たら攻撃し、不利と見たら退くことが大事です。

 武侯が尋ねた。
「敵の外面から内情を判断し、その進撃ぶりから目標を察知する。それで勝敗を定めたいと思っているのだが」
 呉起曰く、
「陣容に落ち着きがなく後ろばかり振り返っているような敵ならば、たとえ一〇分の一の兵力しかなくても完膚なきまでに撃破できます。
 他国の協力が得られず君臣関係もバラバラで陣地は完成せず軍令も行き渡らず全軍不安に駆られて進退も思うに任せないような敵ならば、半分の兵力で戦っても負ける気遣いはありません」

 武侯が必ず撃つべき敵について尋ねた。
 呉起曰く、
「戦うときはつねに敵の手薄な部分と充実した部分をじゅうぶんに把握し、弱点に乗じるべきです。
 一.遠方から駆けつけたばかりで陣形が固まっていない。
 ニ.食事をとり終わったばかりで戦闘態勢を整えていない。
 三.移動中で隊形が整っていない。
 四.陣地の構築などで疲れている。
 五.不利な地形に布陣している。
 六.絶好機を失って攻撃の手がかりをつかめない。
 七.長途の行軍で遅れてきた後続部隊がまだ休息していない。
 八.渡河の際半数しか渡り終わっていない。
 九.狭い道や険阻な道を通過している。
一〇.旗指物が乱れている。
一一.やたらと陣を移動している。
一ニ.将軍が部下をしっかりと掌握していない。
一三.将兵が動揺して恐怖に駆られている。
 このような敵に対しては我が軍の精鋭部隊で先制攻撃をかけ、さらに二次攻撃、三次攻撃とたたみかけるべきで、疑うことはありません」


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第三 治兵篇

 武侯が尋ねた、
「軍を用いるときに何を重視すべきか」
 呉起曰く、
「四軽、二重、一信を手に入れることです。
【地は馬を軽く感じる】地形を見極めて馬を走らせれば大地は軽々と馬を走らせます。
【馬は車を軽く感じる】馬は草をきちんと与えてやれば軽々と車を引きます。
【車は人を軽く感じる】車は手入れを欠かさなければ軽々と人を乗せます。
【人は戦を軽く感じる】人は鋭利な武器と十分な装備を与えられれば戦うことを苦にしません。
 これが四軽です。
 さらに勝てば重賞を与え、負ければ重刑を科します。これが二重です。
 それを保証するのは、約束は必ず守るという"信"になります。
 以上を行なうものが勝利を収めるのです」

 武侯が尋ねた、
「勝利を決定づける要因とは何か」
 呉起曰く、
「日頃から統制を心がけることです。
 軍令が徹底せず、賞罰が公平を欠き、指揮も滞るようでは、仮に百万の大軍であっても役に立ちません。
 平時は秩序正しく、いざとなれば敵を圧倒し、前進後退に節度があり、左右への展開も整然と行なわれ、連絡を絶たれても陣容を崩さない。将兵一体となって生死をともにし、離間を謀っても結束が固く、いくら戦っても疲れることを知らない。このような軍はいかなる戦場であっても破れることはありません。これを"父子の兵"と称します」

 呉起曰く、
「戦場に向かうときは三つのことを心がけます。
一.進退の節度を失わない。
ニ.飲食の節度を失わない。
三.十分な休息を与える。
 これを守れば与えられた任務を完遂でき、軍の統制も確立されます。
 これとは逆なら平時でも統制を欠き、必ず敗れることでしょう」

 呉起曰く、
「戦場とは屍をさらす場所です。決死の覚悟なら生き残るが、生き延びたいと願えば死を免れません。
 すぐれた将軍は沈没間際の船や焼け落ちそうな建物にいる人のようにいつも死を覚悟しています。
 生き延びようとすればどんな智者も策を弄することができず、どんな勇者も力を発揮することができません。
 だから軍を統率するには優柔不断を廃さなければならないのです」

 呉起曰く、
「死や敗北を招く原因は何か。
 能力が不足し、訓練も不じゅうぶんだからです。
 したがって何よりもまず兵士の教育訓練を重視しなければなりません。
 一人が戦術を習得すれば十人に教えることができます。十人が百人に、百人が千人に、千人が万人に教えれば全軍の教育訓練は完成するのです。
 戦術の基本とは何か。
 遠征を避けて遠来の敵を迎え撃ち、充実した戦力をもって疲労した敵にあたり、十分に腹ごしらえして敵の飢えを待つことです。
 円陣を張ったかと思えば方陣になり、座ったかと思えば立ち上がり、進んだかと思えば止まり、分散したかと思えば集中し、集中したかと思えば散開します。変化に応じた戦い方を反復訓練すること。これができて初めて戦場に臨めるのです。
 これは将軍の責任においてなすべきです」

 呉起曰く、
「背の低い者は接近戦に有利なので矛と戟を習わせ、背の高い者は遠方を望めるから弓矢を習わせます。
 力の強い者には旗指物を持たせ、勇気のある者には金鼓を持たせます。
 弱者は後方勤務とし、智者は参謀に起用する。
 同じ郷里の出身者を一つの部隊にまとめ、分隊ごとに一致団結して行動させます」

 武侯が尋ねた。
「軍馬を養うのにコツはあるのか」
 呉起曰く、
「静かな環境で飼育し、適度に水や草を与えます。厩舎は冬暖かく夏涼しいように配慮し、毛やたてがみは短くし、ひづめは削ってやり、驚かせないようにしてやるのです。
 実戦に使うためにはさらに走ること、進むこと、止まることを教えなければなりません。馬具はしっかりつけておきます。
 日が暮れてもまだ目的地に着かないときは、ときどき馬から下りて馬を休ませてやります。人間よりもむしろ馬を疲れさせない心がけが必要です。敵の襲撃に備えるためにも、馬に余力を持たせておかなければなりません」


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第四 論将篇

 呉起曰く、
「将は文武に精通し、用兵は剛柔を兼ねるのが要です。
 人が将軍を評価するときは勇気だけを重視します。しかし勇気は将軍の資質の一つに過ぎません。
 勇者は軽々しく合戦に打って出ます。そこに利益を見出さなければ、その戦いは認められたものではありません。
 ですから将軍は五つのことを覚えていただきたい。
【理】部下を一丸とさせる。
【備】城門を出たらいつでも戦う準備が整っている。
【果】対陣したとき生きようとしない。
【戒】優勢に進めていても戦い始めの警戒感を持つ。
【約】形式を廃して軍令を簡素化する。
 出撃の命令を受けたら承服して敵を撃破するまで帰還は口にしない、それが将軍の礼です。
 出陣とあいなったら名誉の死はあっても生き恥はありえません。

 呉起曰く、
「用兵には四つの機があり、これをわきまえるのが将軍たる者です。
【気機】全軍の将兵の運用は将軍にかかっている。
【地機】道が狭く険しく名だたる山並みに布陣して十人で千人を負かす。
【事機】間諜を巧みに用いながら機動部隊を出没させて撹乱し、敵の内部分裂を誘う。
【力機】兵車や舟の手入れを怠らず、兵士に十分な訓練を施して軍馬の調教も欠かさない。
 これだけではまだ十分ではありません。
 『威』『徳』『仁』『勇』の四つを備えなければなりません。
 そうであれば部下を率いても命令に背かれず、人民を安心させ、敵を威圧して立ち向かってこないようにし、ためらいなく決断を下せます。
 そういう将軍がいれば国は強くなり、いなければ滅亡を免れません。
 このような将軍を『良将』といいます」

 呉起曰く、
「金鼓は耳で、旗指物は目で、刑罰は心で命令に従わせる手段です。
 金鼓や旗指物や刑罰がハッキリとしていなければ敵に敗れることになります」

 呉起曰く、
「勝利する秘訣は、敵将の器量や才能をじゅうぶんに調査したうえで相手の出方に応じて臨機応変に戦うことです。
一.敵将が凡庸で軽々しく人を信じるようであれば、騙して誘い出す。
ニ.貪欲で恥知らずであれば財貨を与えて買収する。
三.単調で策に乏しければ策略を用いてとことん疲れさせる。
四.上の者が財や権力をふりかざし、下の者が貧困にあえいでいれば離間を講じて分裂させる。
五.作戦行動に迷いが多くて部下が将軍の指揮に不安を感じていれば脅しの攻撃をかけて壊走させる。
六.部下が将軍を軽んじて戦おうとせず帰国したがっていれば包囲して険しい道をあけておいて一気に殲滅する。
七.敵が前進は容易で後退が困難であれば誘いをかけて前進させる。
八.逆に前進は困難で後退が容易であればこちらから進攻して決戦を強要する。
九.敵が湿地に布陣して長雨に悩まされているなら水攻めをかける。
一〇.雑草の茂った原野に布陣して強い風が吹いていれば火攻めをかける。
一一.一カ所に駐屯して移動せず将兵が戦いに飽きて警戒が鈍っていれば不意打ちをかける」

 武侯が尋ねた、
「両軍が対峙して敵将のことがわからないときはどうすればよいか」
 呉起曰く、
「身分が低くて勇気のある者に精鋭部隊を与えて攻めさせてみます。
 敵が反撃してきても決して本気で戦ってはなりません。こうして敵の動きを観察するのです。
 もし敵の動きがすべての面で整然としてこちらが逃げても追いつけないフリをし、利益で誘っても気づかぬフリをしているようなら智将と判断してよく、うかつに戦いを仕掛けてはなりません。
 逆に敵の隊列がバラバラで旗指物も乱れ、兵士は自分勝手に行動して統制がとれず、こちらに引けば見境もなく追ってくる、利益を見せればすぐに飛びついてくるようなら愚将と判断してよく、これなら敵が大軍であったとしても撃破できます」


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第五 応変篇

 武侯が尋ねた、
「装備は万全で将軍には勇気があり兵士も精強であっても不意に敵と遭遇すれば混乱することがある。どうすればよいか」
 呉起曰く、
「ふだんから指揮命令系統を確立しておきます。
 昼は旗指物で、夜は金鼓笛などで伝達するのです。命令に従わないものは処罰します。
 伝達の訓練を積んでいれば全軍が命令に従います。
 そうなればどんな強敵でも攻め破り、どんな堅陣でも攻め落とせます」

 武侯が尋ねた、
「多勢に無勢の状況での戦いはどうすればよいのか」
 呉起曰く、
「平地は大軍の移動に有利ですので狭い地形で戦うべきです。
 たとえ無勢といえど狭い地形で金鼓を打ち鳴らして不意打ちをかければいかな大軍でも驚き慌てるでしょう」

 武侯が尋ねた、
「敵が大軍で統率がとれていて精鋭ぞろい、しかも後ろは山で前には険阻な地形、右には山で左には川という理想的な布陣を敷き、守りを固めて食糧も蓄えられている。このような敵に長期戦を挑んでも不利は免れない。勝つにはどうすればよいか」
 呉起曰く、
「戦力比較だけでなく、戦略が必要になります。
 まず兵車千台、騎馬一万にそれぞれ歩兵を配して五軍に分け、各軍を交通の要衝に駐屯させます。こうすれば敵はどこを攻撃すればよいか迷うでしょう。
 もし敵が守りを固めてきたら間諜を送り込んで相手の動きを探らせたうえで使者を送って和平交渉を申し入れます。敵が受け入れて撤退すればよし。もし拒否すれば五軍を次々に繰り出して戦います。
 しかし勝っても深追いしてはなりません。勝てぬと見たら即撤退です。こうしてわざと逃げて敵を誘い込み、戦力を温存しながら機を見てあらゆる方向から急襲します。
 これが強敵に勝利を収める方法です」

 武侯が尋ねた、
「敵が戦いを強要し、わが軍の退路も絶たれて兵士が浮き足立っている。どうすればよいか」
 呉起曰く、
「もし味方の兵力が上回っていれば兵力を分散配置して敵の手薄なところへ攻撃を仕掛けます。
 逆に下回っていれば臨機応変の戦術で敵の意表を衝けばどんな大軍でも打ち破れるでしょう」

 武侯が尋ねた、
「左右から高山が迫っている狭い地形で不意に敵と遭遇したとする。攻撃もできずさりとて撤退もままならない。どうすればよいか」
 呉起曰く、
「これを『谷戦』といい、数ばかり多くても役に立ちません。
 精鋭部隊を前面に配置し、さらに攻撃力にすぐれた機動部隊を最前線に投入します。兵車や騎兵は敵に悟られない位置に伏せておくのです。
 そうすれば敵は守りを固めてこちらの出方をうかがうでしょう。
 こちらは旗指物を押し立てて山の外に移動して布陣します。
 これを見た敵は何事かと驚くに違いありません。
 そこへ兵車や騎兵を繰り出して攻め立てる。これが『谷戦』の戦い方です」

 武侯が尋ねた、
「険阻な地形に囲まれた谷で圧倒的な敵軍に遭遇したとき、どうすればよいか」
 呉起曰く、
「一般に丘陵、林谷、深山、沼沢では作戦行動を避けなければなりません。
 このような地形はすぐにでも通過すべきです。ですが不意に敵と遭遇したときはどうするか。
 そのようなときはまず一斉に鳴り物を鳴らしてときの声を挙げて敵の度肝を抜き、混乱に乗じて弓弩を乱射し、ひるむ敵を釘付けにします。
 敵の混乱が続いているようならそのまま一斉に攻撃するのです」

 武侯が尋ねた。
「川辺の沼沢地で敵と遭遇して兵車も騎馬も水で動きがとれず、舟の便もなく進退窮まったとき、どうすればよいのか」
 呉起曰く、
「これを『水戦』といいます。
 兵車や騎馬は役に立ちません。
 まず高台に登って川の状況を把握することです。どこが広く狭いか、どこが浅く深いか、これらを見極めたうえでそれに対応した戦い方をします。
 もし敵が河を渡って攻撃を仕掛けてきたら半数が渡河したところを狙って攻撃を仕掛けるべきです」

 武侯が尋ねた、
「長雨が続いて馬が脚をとられ兵車が進まない。そこへ四方から襲撃を受ければ全軍は動揺するだろう。どうすればよいか」
 呉起曰く、
「兵車は地面が乾燥しているときにしか使えません。また作戦行動は高地を選ぶことです。
 重武装の兵車を動かすには車輪を取られないために道路から外れてはなりません。
 もし敵が移動したときは敵兵車のわだちをたどって追跡します」

 武侯が尋ねた、
「強暴な敵が不意にわが領内に侵攻して穀物や牛馬を略奪している。どうすればよいか」
 呉起曰く、
「敵の侵攻軍は勢いに乗って攻め込んでくるはずですので、まずは正面切って戦わず、守りを固めることです。
 敵は夕方になれば引き上げるでしょう。
 そのときは戦利品を積んで行動が鈍り、わが軍の襲撃を恐れてびくびくしており、帰路を急ぐ気持ちから部隊間の連携にも乱れが生じます。
 そこを追撃すれば必ず撃破できます」

 呉起曰く、
「敵を攻め城を包囲して城邑を落としたら、行政府を占拠して行政機能を押さえ、そのための一切の資料を入手しなければなりません。
 敵の領内に進攻したときは次のことを禁じます。
一.樹木を伐採する
ニ.民家をあばく
三.穀物を荒らす
四.家畜を殺す
五.財貨を焼く
 領民に危害を加える意志のないことを示し、投降してくる者は許して民心を安定させなければなりません」


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第六 励士篇

 武侯が尋ねた、
「信賞必罰をしていれば勝てるか」
 呉起曰く、
「賞罰だけでは勝てません。
 君主が命じれば喜んで服従する、動員すれば喜んで戦場へ赴く、敵と対陣すれば喜んで命を投げ出す。
 この三つの条件が必要となります」

 武侯が尋ねた、
「そうさせるにはどうすればよいか」
 呉起曰く、
「功績のあった者を抜擢するのは当然ですが、功績のなかった者を激励することです」
 そこで武侯は三列の宴席を設けて臣下をもてなした。
 最も功績のあった者は最前列で上等のもてなしを、他に功績のあった者は中列で中等のもてなしを、功績のなかった者は最後列で普通のもてなしを行なった。
 宴が終わる際には功績のあった者の家族に功績に応じて贈り物をした。
 戦没者の家には使者を送って家族をねぎらい、いつまでも心にかけていることを示した。
 こうして三年たち、秦が魏の西河に攻め込んできたとき、魏兵は上司の命令を待たずして出動準備をし前線に赴いて勇戦した者が数万人に上った。

 武侯は呉起を召して曰く、
「先日の忠告が功を奏したぞ」
「人には長所と短所があり、気には盛んなときと衰えるときがあります。
 功績のない者だけ五万人集めてください。私の指揮で秦軍と戦いましょう。
 死に物狂いの賊が一人、広野に逃れたとします。これに千人の追っ手を放ったとして恐れるのは追っ手のほうです。賊はいつ襲いかかってくるかもしれません。
 このように、一人の賊でも死を覚悟すれば千人を震え上がらせることができます。五万人をこの賊のように仕立てて敵に臨めばどんな大軍でも撃破できるのです」
 武侯はこの言葉に従い、兵車五百台と騎馬三千頭を加えて派遣して五十万の秦軍を打ち破った。これも将兵のやる気を高めたからである。

 呉起は全軍に号令して曰く、
「兵車は敵の兵車と戦え、騎馬は敵の騎馬と戦え、歩兵は敵の歩兵と戦え。そうしなかった場合はたとえ勝ったとしてもその功績は認めないぞ」
 だから戦いのときに細かな命令を下す必要がなく、天下を轟かす成果を挙げたのだ。


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