司馬法

 別名「司馬穰苴の兵法」といい、戦国時代中期の斉・威王(在位・紀元前356〜前320年)の後年にまとめられたようです。おそらく威王在任中孫ピンによる「桂陵の戦い」以前に編纂され、次の宣王の代で田忌が楚から斉に復帰した際に「孫ピン兵法」が成立したと考えるのが筋でしょう。それほど「司馬法」は形式主義です。
 周王朝で軍事を司る役職を「司馬」と呼んでいましたが、そこから転じて姓となりました。「三国志」の故事「死せる孔明生ける仲達を走らす」に出てくる仲達もこの「司馬」姓です。
 斉の国はそもそも周の文王・武王に仕えた軍師「太公望」呂尚(姜子牙)が封じられた国です。そして春秋末期の斉・景公に仕えた穰苴という司馬がいました。威王のとき、これまで周から受け継がれてきた「司馬」の兵法に「穰苴」の兵法を加えたものを「司馬穰苴の兵法」と名づけて編纂し、後年「司馬法」と名前を変えて現在まで伝えられています。
 当初は一五五篇あったようですが、今伝わるのは「仁本」「天子之義」「定爵」「厳位」「用衆」の五篇のみです。
 底本はプレジデント社・守屋洋「全訳武経七書2 司馬法」としました。



仁本篇

 古より、仁を規範とし、義によって国を治めました。これを「正」といいます。「正」でうまく治められないときはやむなく「権」を用いました。
 人を殺しても万民の命が守れるのなら殺してもよい。他国を攻めてその国の人民を救えるのなら攻めてもよい。戦うことによって戦いをなくせるのなら戦ってもよい。「権」とはそういうことです。
 上に立つ者に仁があれば人々から親しまれ、義があれば喜ばれ、智があれば頼られ、勇があれば懐かれ、信があれば心服されます。
 このようにふだんからしっかりと統治して民心を得ていればいざというとき人民は喜んで国を守ろうとするし、勇んで戦おうとします。

※為政者は徳を積んで仁義による王道政治を目指し、倒さなければダメな場合にのみ戦争をする。


 軍事は農閑期に行なって人民が疫病に苦しんでいるときを避けます。これはわが国民を愛するからです。敵が喪に服していたり災害に苦しんでいるときを避けます。これは敵国民を愛するからです。冬や夏に挙兵しないのは双方の民を愛するからです。
 大国だからと戦いを好めば必ず国を滅ぼします。平和だからと軍備を忘れれば危険にさらされます。天下を平定しても天子は春に兵を集めて秋に演習を行ない、諸侯も春は軍備を整え秋は演習を行なうのは戦いを忘れないからです。

※自国他国問わず人民を愛する姿勢を示す。戦争を好めば自ら滅ぶが、軍備を忘れたらいずれ滅ぼされる。


【礼】敗走する敵を百歩以上は追撃せず、撤退する敵も三舎までしか追わない
【仁】戦闘不能になった敵にはトドメを刺さず、傷ついた敵兵には情けをかける
【信】敵が陣形を整えてから進軍の太鼓を打ち鳴らす
【義】大義だけを争い、利益は争わない
【勇】降伏してきた敵を快く許す
【智】開戦しても終わらせる潮時をわきまえる
 教練のときこの6つの徳を人民の守るべき規範としたのが古の軍政です。

※6つの徳を人民に教える。第一段では「仁」「義」「智」「勇」「信」でしたが、第二段の「人民を愛する」は「礼」になります。徳としてはいい面があるが、こと実戦となれば勘違いも甚だしかった。【礼】を重んじた宋の襄公は【信】によって大敗した。楚が大軍を率いて攻めてきた泓水の戦いにおいて、楚が渡河してきた際、宋の襄公は楚が渡河し終わって陣を組み上げるまで戦いを仕掛けなかったため、万全の楚に大敗を喫したのだ。これを皮肉って「宋襄の仁」と呼ばれた。このように、司馬法は戦国時代には似つかわしくない古臭さがある。合理主義の「孫ピン兵法」とは趣が異なっている。


 古の聖王は天の道に則り、地に適した施策を行ない、徳のある人物を官吏に抜擢しました。臣下にはそれぞれの職責を尽くさせ、諸侯を封じて職分を明らかにし、爵位に応じて俸禄を与えました。その結果、諸侯は喜んで従うようになり、周辺の国々も帰服したのです。犯罪もなくなり、戦いもなくなりました。これこそ聖徳の極みです。

※聖王とは堯・舜・夏の禹を指します。


 下って賢王の時代になると礼楽や法律制度を整えて人民を教育しました。五刑を定めて軍備を整え不義を討ちました。王自ら各地を視察し、諸侯を会同して統治の徹底をはかりました。
 諸侯の中で王の命令に従わず、人の道にも背き、天の時にも逆らい、功臣まで遠ざけるような国が出てきたらどうするか。まずその旨を天下に布告して罪を明らかにし、天神日月星辰に告げ、地・四海・山川の神に祈りを捧げ、先王の霊に報告したのです。その後で宰相が諸侯の軍を召して「その国が道に外れた行ないをした。よってこれを征伐する。何年何月何日を期して軍を差し向け、天子のもとに会同してその国の乱れを正せ」と命じました。
 さらに宰相は百官を率いて敵国で以下の軍令を布告します。「
一.神の杜を荒らさない
二.狩りをしない
三.橋や道路を破壊しない
四.民家を焼き払わない
五.樹木を伐採しない
六.物資を略奪しない
 さらに老人やこどもは傷つけずに丁重に家に帰すこと。壮丁に出会っても手向かってこなければ敵とみなさないこと。敵を傷つけたら手当てをしたうえで家に帰すこと」
 かくして罪ある国を征伐したなら、王と諸侯はその政治を正し、賢者を登用して明君を立て、官職を正常に戻したのです。

※賢王は殷(商)の湯王、周の文王と周公旦を指します。


 王覇が諸侯を治めるときは6つのことを留意しました。
一.国境を定めて各国の領土を確定させる
二.法令を発して順守させる
三.礼と信をもって心服させる
四.恵まれない国に財政支援をする
五.人材を派遣して連携を密にする
六.軍事力で威服させる
 このように共通の利害関係を作り上げ、小国を庇護し大国を尊重して諸侯を融和させたのです。

※王覇とは春秋時代の諸侯のことで、とくに春秋五覇に含まれる斉の桓公と晋の文公を指します。他の三名は文献によって様々です。


 覇者は諸侯を集めて九つのことを申し合わせました。
一.弱小国を侵略した場合は領地を削る
二.賢人を殺し人民を迫害した場合は征伐する
三.国内を荒廃させ他国を侵略した諸侯は幽閉する
四.田畑を荒らし人民の離散を招いた場合は領地を削る
五.険阻な地形をたのんで服従しない場合は軍を差し向ける
六.親族を殺した場合はその罪を糾す
七.主君を放逐したり弑逆した場合は誅殺する
八.禁令を破って政治を乱した場合は諸国との往来を禁じる
九.国内外で騒乱を起こし人間としてあるまじき行ないをした場合は滅ぼす



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天子之義篇

 天子のすべきことは天地の理に則り、古の聖天子を拠り所とします。士卒人民のすべきことは父母に仕え、主君や年長者の教えに従うことです。たとえ明君でも下の者を教育していなければいざというときに用いることはできません。
 古より、人民を教育するならまず身分を定めてそれぞれの分を守らせるようにしました。
 政治の儀礼を軍に持ち込まず、軍の儀礼を政治に持ち込みませんでした。それそれの徳義を踏み外さないように導いたのです。
 自分の功績を誇らない者は人に求めることも人と争うこともないので人の上に立つ器として高く評価します。政治に当たらせたら実情にかなった対応をするでしょうし、軍を指揮させれば的確に対処するでしょう。才能の士が世に埋もれないようにしたのです。
 士が上の命令を守れば厚い賞を与え、違反すれば重い罰を加えた。武勇をたのんで他人を脅すかのを戒めたのです。
 以上のような教育を施してから、慎重に人材を選んで登用しました。教育が完備して広く行き渡れば、すべての官職に人材が充ち溢れ、人民も善を行なうようになり、それが国中に定着してこぞって善に帰すようになる。これこそ教化の極致なのです。
 古より、敗走する敵を深追いしなかったし、撤退する敵を追いすがることもありませんでした。深追いしなければ敵の手に乗ることはないし、追いすがらなければ敵の罠にはまることもありません。
 「礼」によって自軍の態勢を固め、「仁」によって勝利を確実なものとしました。勝利を収めた後には必ず「礼」と「仁」とをもって教化に努めました。君子はそれほど教化を重視したのです。

※人民を教化すること。己の功績を誇らない者を登用し、信賞必罰で臨めば人材は溢れかえる。戦いでは敗走する敵を深追いせず、撤退する敵に追いすがらない。戦う前後に「礼」と「仁」を示して人民を教化していった。ということを古人になぞらえて説いています。


 有虞氏(舜)は国中に布告を発し、人民が命令どおり実行してくれることを望みました。
 夏后氏(夏の禹)は軍の訓練で誓いを立て、人民が戦いに臨む心づもりをするよう求めました。「徳」に基づく政治を行なったので武力を使う必要がなかったのです。功績のある者を朝廷で表彰して善行を奨励しました。
 殷(商の湯王)は軍門の外で誓いを立て、人民の戦意を高揚してから戦いに臨もうとしました。「義」に基づく政治を行なったので初めて武威を示したのです。罪を犯した者を市場で処刑して悪を懲らしめました。
 周は刃を交えんとする直前になってから誓いを立て、人民が必死になって戦うよう求めました。「力」に基づく政治を行なったのであらゆる手段を使わざるをえなかったのです。功績のある者は朝廷で表彰し、罪を犯した者を市場で処刑し、善を奨励して悪を懲らしめたのです。
 このように、夏殷周の三代はやり方こそ違い、人民への徳を明らかにしたのは同じでした。

※「徳」「義」「力」と人民を命令どおりに動かすのに武力を用いるようになってきたが、徳治が土台である点は同じとされています。


 様々な武器を用意しなければ役に立ちません。
 長い武器は援護に適し、短い武器は防護に適しています。しかし長すぎては扱いづらく、短すぎては敵に届きません。軽すぎれば鋭く振り抜けるが狙いを外しやすく、重すぎれば振りが鈍くなって使いこなせなくなります。
 夏后氏(夏の禹)は大きさを重視した「鉤車」と、上を黒くして人を表した旗と、日月を描いて明徳を表した印章を用いました。
 殷ではスピードの出る「寅車」と、白く染めて天の義を表した旗と、虎を描いて威徳を表した印章を用いました。
 周では機能性を重視した「元戎(車)」と、黄色に染めて地の道を表した旗と、竜を描いて文徳を表した印章を用いました。

※長い武器と短い武器を揃えて用意しておかないと部隊を自在に編成できない。夏后氏は大きく見せることを重視し、殷は迅速勇猛さを重視し、周は変幻自在さを重視したと読み取れる。


 軍において「威(示威)」を強くしすぎると持てる技能を発揮できず、兵士は萎縮してしまいます。
 軍において「威」が弱く、有徳者や有道者を退けて偽善者や蛮勇の者を任命したり、命令を守る者より守らない者を重用したり、行ないの正しい者よりも粗暴な者を重用したりすると、人民は官吏を侮るようになります。そうなると統制がとれなくなってしまうのです。

※兵士を従わせるには信賞必罰で臨まなければいけない。ただし厳罰主義で行くと兵士は萎縮して役に立たなくなる。かといって放任主義で行くと兵士の統制がとれなくなる。一の罪には一の罰を、十の功には十の賞を授ける公平さが求められる。


 軍においては余裕のある行動を重視します。余裕があれば兵士も存分に戦うことができるのです。刃を交えても歩兵はむやみに走らず戦車も疾駆せず、敗走する敵を追っても隊列を崩さない。だから混乱することがないのです。
 軍の「態勢が整っている」とは隊列が秩序を失わず、人にも馬にも余裕があり、進むも退くも指揮官の命令に従うことをいいます。

※軍を動かすときは限界ギリギリでなく余裕を持って行動するのがよいとされる。隊列を崩さず指揮官の命令に従えば、いざというときのために余力を残すことになる。「孫子」「呉子」では死の恐怖を忘れさせて兵士を水のようにがむしゃらに働かせようとするのとは逆の考え方です。


 軍の儀礼を政治に持ち込めば文徳が軽んじられ、政治の儀礼を軍に持ち込めば武徳が廃れるからです。
 政治の場ではつねに穏やかに話し、朝廷では恭しく遜ります。ふだんから徳を修めることに努め、呼ばれるまで出向かず、問われるまで発言せず、ゆっくりと進んで速やかに退くのです。
 軍にあっては、直立した姿勢で、命令の実行に後れをとることを恥とした。ひとたび甲冑を身につければ礼を交わす必要はないし、戦車に乗り込んでも礼を省略する。城壁の上では出迎えもせず、火急の際は長幼の序も無視してよいとされています。
 このように政治の「礼」と軍の「法」は表裏であり文と武は左右の手のようなものなのです。

※政治では「礼」を重んじ、軍では「法」を重んじる。それが両者のケジメを示すのです。


 古の賢王は徳を顕彰して善を奨励したので、ことさら賞を与えたり罰を加えたりするまでもなくうまく治まってきました。
 舜は賞も罰も用いずにうまく治めました。それだけ徳が浸透していたのです。
 夏になると賞だけを与えました。教化の賜物と言ってよいです。
 殷になると罰だけ加えました。これは威徳を厳しくしたのです。
 周になると賞罰ともに用いました。それだけ徳が衰えてしまったのです。

 賞罰は即座に与えるべきです。善を行なえばどんなよいことが待っているか、悪を行なえばどんな罰が下されるかを、速やかに知らしめる必要があります。

 大勝しても恩賞を出してはなりません。指揮官が功績を誇らなければ驕って油断することもなくなり、兵士が功績を誇らなければ他人を見下すことがなくなります。これこそ謙譲の美徳です。
 大敗しても刑罰を科してはなりません。指揮官が責任を認めれば必ずや過ちを悔い改めるだろうし、兵士が責任を認めれば同じ過ちを繰り返さないでしょう。これもまた謙譲の美徳に他なりません。

※昔は「徳治主義」でもじゅうぶん治まったが、今では「法治主義」でなければ治まらない。しかし、大勝した大敗したという理由で賞罰を重くすることは控えるべきである。これは「譲」の徳を芽生えさせるためという。


 古に国境守備隊として任務に就いた者は労苦を考慮してその後三年間は徴用されませんでした。人民をいたわるのは和の極みです。
 戦いに勝利して凱歌を奏するのは喜びの現れです。
 霊台の上から高らかに戦争の終結を宣言して人民の労苦に報いたのは休養するときがきたことを知らしめたのです。

※戦いが済めば政治の「礼」に則って終戦を宣言する。軍にあっては君主の命令に従わないことがあるものの、戦争は政治主導でなければならない。


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定爵

 およそ戦いは次のことに留意すること。
一.軍での身分を明確にする
二.賞罰の対象となる功罪を明確にする
三.遊説の士から情報を収集する
四.王の命令を徹底させる
五.部下の意見に耳を傾ける
六.有能な人材を登用する
七.様々な意見を検討して実情を把握する
八.疑問や疑惑を解消する
九.力を蓄えて技量を発揮させる
一〇.民心の動向に従う

 およそ戦いは次のことに留意すること。
一.多くの兵を結束させて地の利を生かす
二.混乱を治めて遅れがちなものを奮起させる
三.正道を踏み外さないよう羞恥心を植えつける
四.軍法を簡素化し刑罰も最小限にとどめる
 小罪といえども誅殺すればあえて大罪を犯す者もいなくなる。

 「五慮」という。
【天順】天の時を見極める
【財阜】敵地から物資を調達する
【懌衆】進んで命令に従わせる
【利地】険阻な地形に布陣する
【右兵】弓矢で敵を防ぎ、殳矛で守り、戈戟で援護する
 長い武器は短い武器を守り、短い武器は長い武器を援護します。交互に使えば長期間の戦闘が可能となり、一度に繰り出せば強力な戦闘力を生み出します。長短を見極めて使い分けること。
 将たる者は、つねに勝つ意志を持って兵士の結束をはかり、敵の情況を見て軍を繰り出すのです。将と兵士の心はバラバラになりやすい。牛・馬・車・兵はじゅうぶんに休養を与えて充実しているからこそ力を発揮します。
 ふだんから教練に力を入れて意志の統一をはかり、統制のとれた状態で戦闘に臨まなければなりません。
 軍を人の体にたとえるなら中隊は手足、分隊は指のようなものです。

 およそ戦いは「権」である。いざ戦闘となれば勇猛に戦い、巧みに布陣します。そのうえで主導権をとって敵を振りまわし、効率のよい戦術を使って打ち破るのです。敵にはこれと反対になるよう追い込んでいきます。
 およそ戦いには3つの条件がある。
【天】好機と見れば敵に察知されないように行動を起こす
【財】人民に最低限の生活を保障して喜んで戦いに赴かせる
【善】じゅうぶんな訓練を施し、万端の準備を整えている
 この条件を満たしたうえで、それぞれが自分の任務に励むなら、労せずして目的を達せられます。
【大軍】数が多いだけでなく軽車・軽兵・弓矢によってしっかりと守られている
【固陣】一見静かに構えながら内に激しい力を秘めている
【多力】進撃するも後退するも自在
【煩陣】間際になっても慌てない
【堪物】役割分担が明確で統制がとれている
【簡治】どんな事態でも柔軟に対応する
 これらのことはふだんの準備があってこそ可能になります。

※「権」は以前にも出てきたが、「してよくなることならしてもいい」という「権利」のようなものです。臨機応変に対処します。「固陣」は孫子でいう「勢」の状態を指します。

一.自軍の兵力を考えて地の利を占める
二.敵の情況に対応して陣を布く
三.攻めるにも戦うにも守るにも進むにも退くにもとどまるにも、つねに隊列を乱さない
四.戦車と歩兵は密接に協力しあう。
 これを「戦参」という。

一.兵士が服従しない
二.不信感が漂う
三.和が乱れる
四.怠惰がはびこる
五.みな疑心暗鬼
六.面倒なことを嫌がる
七.恐怖にとらわれる
八.上下の意志が疎通しない
九.思い悩む
一〇.鬱屈する
一一.雑然とする
一二.自分勝手なことをする
一三.規律が緩む
一四.緊張感に欠ける。
 これを「戦患」という。

一.敵を侮って慢心している
二.敵に必要以上の恐怖心を抱く
三.軍中からは不満の声がやまない
四.兵士は敵を恐れてふさぎ込む
五.決断しても後悔ばかりしている
 これを「毀折」という。

一.大と小
二.堅と柔
三.参と伍(集中と分散)
四.衆と寡
 これらをうまく使い分けることが「戦権」である。

 およそ戦いは。
一.敵が遠くにいるなら間諜を放って情報収集する
二.間近に迫ったらよく観察する
三.戦機を逃さない
四.物資を有効に使う
五.信賞必罰を貴ぶ
六.疑心暗鬼にならない
七.大義で戦いを興す
八.仕事を成し遂げるには時節を選ぶ
九.恩恵を与えて人を使う
一〇.敵を前にしても静かに構える
一一.混乱しても余裕をもって対処する。
一二.危難にさらされようと兵卒のことを忘れない

 国内にあっては和をもって恩恵を施し信頼をかちとって人民から懐かれる。
 軍中にあっては法をもって寛大でありながら武勇を重んじて威令を貫徹させる。
 刃を交えるときは状況判断をもって素早い決断で俊敏に行動して兵士たちから信頼される。

 およそ布陣や行軍に際しては間隔を保つ必要があるが、戦闘に突入すれば密集させて兵を駆使して戦います。
一.ふだんから兵士に教育していれば軍はまとまって威令が隅々まで浸透します。
二.将兵が「義(大義)」を守れば奮起します。
三.目標が成果をあげれば兵士は心服して軍の統制が保たれます。
四.自軍の旗印(方針)が一目でわかれば誰の目にも間違えようがありません。
五.目標が事前に定まっていれば進退に迷いが生じない。
六.敵が目前に迫っても目標を決めかねているような指揮官は事情聴取したうえで処罰する。
 「名(名分)」に背かないこと。その旗(方針)を変えないこと。

 およそ物事は、善であれば長持ちし、聖人の足跡に従っていれば順調にいき、制令が明確に示されていれば人民は奮起して力を発揮します。
 怪しげなお告げの類を絶つには2つの方法があります。
【義】「信」を基本としながら武力行使も辞さない。基礎を固めて天下を一つにまとめるなら喜ばない者はいない。これなら人々の能力をうまく発揮させることができる。
【権】敵が慢心していればさらに増長させ、その好むものを奪ったうえで、外からは軍をもって攻め、内からは間者を用いて内応させるのです。

一.【人】人材を登用する
二.【正】正道を外さない
三.【辞】発言に気をつける
四.【巧】精巧な準備をする
五.【火】火を操る
六.【水】水を占める
七.【兵】兵を挙げる
 これを「七政」という。

【栄】栄誉を授ける
【利】爵禄を授ける
【恥】恥辱を与える
【死】死を与える
 これを「四守」という。

 穏やかな顔つきでありながら威厳にあふれた態度で、人々の考えを改めさせます。

 「仁」があれば人から親しまれますが「信」も兼ね備えなければ身の破滅を招きます。
 人材を活用し、正道に則り、発言を慎重にして、時宜を見計らって火をかけるのです。

 およそ戦いですべきことは、
一.兵士の士気を高めてから作戦命令を下す。
二.柔らかい物腰で接して言葉ですべきことを教え導く。
三.恐怖心を取り除いてやって適材適所に起用する。
四.敵地に侵攻したら占領行政に当たる者を任命して治めさせる。
 これを「戦法」という。

 およそ兵士の規範は誰にでもできるものでなければなりません。
一.全軍の中から規範となるべき兵士を選び出し、彼を見習うようにさせる
二.それでも実行されないなら将自ら率先して手本を示す
三.なんとか実行されるようになったら次は忘れないようにしっかりと憶えさせる
 これを何回も繰り返して規範とすれば無理なく従わせることができます。
 これを「法」という。

 およそ混乱を招かないための方法。
一.【仁】思いやりをもって臨む
二.【信】嘘をつかない
三.【直】一度決めた方針を貫く
四.【一】全軍を一つに集める
五.【義】なすべきことをする
六.【変】臨機応変に対処する
七.【専】権限を一身に集中させる

 法を立てるとき。
一.【受】周りの意見に耳を傾ける
二.【法】軍法を遵守する
三.【立】やたら改変しない
四.【疾】迅速に執行する
五.【服を御す】身分に応じて服装を定める
六.【色を等す】服装の色もこれに準じる
七.【百官宜しく淫服なかるべく】規定以外の服装は許さない

 およそ軍は。
【専】将は軍法を執行する権限を手放さない。
【法】将兵ともに法を恐れる。
軍ではつまらぬ意見に耳を貸さず目先の利益に飛びついてはなりません。
【道】日々戦果を積み上げてこちらの意図を察知されない。

 およそ戦いは。
【専】正道から外れたら自らの権限を行使して改めさせる
【法】従わなければ軍法に照らして処断する
【一】不信感があればぬぐい去る。
 もしやる気がないのであれば奮起させ、疑念があれば取り除いてやる。部下が将を信頼しない場合でも一度下した命令は断行する。

 これが古来から行なわれてきた政である。


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厳位篇

 およそ戦いですべきことは以下です。
一.階級を明確にする
一.軍令を厳しく適用する
一.戦力を素早く展開する
一.兵士を落ち着かせる
一.全軍の心を一つにまとめる
 およそ戦いですべきことは以下です。
一.戦いの意義を周知させる
一.部隊を編成する
一.行進する順番を決める
一.隊列を整える
一.役目どおりに動いているか確認する
一.立って進むときは頭を下げ、座ったまま進むときは膝を使う
一.敵を恐れているなら密集させ、危機に陥ったときは腰を下げさせる
一.遠方にいるときはよく観察させれば恐怖心を取り除ける
一.接近したときは敵の姿を見せなければ動揺することもない
一.階級順に右から左へ並ばせる
一.武装して座らせてから誓いを立て、おもむろに配置へつける
一.下級の兵士に至るまで役割を決め、適性に応じて武装させる
一.馬をいななかせときの声をあげても怖じけづいているときは密集させる
一.ひざまずいてから座らせ顔を伏せさせたのち膝行させて穏やかに誓わせる
一.鼓を打ち鳴らして進ませ、金鐸を鳴らして止まらせる
一.音を立てないよう甲冑に枚を噛ませておく
一.座らせて食事し、膝行して退席する
一.軍令に反した者を誅殺するときは目を背けることを禁じ、兵士たちにときの声をあげさせてから処刑する。ただし、深く反省しているなら殺してはならない。穏やかな表情で許してやる理由を説明したうえで元の職に就けてやる

 およそ軍では、
一.訓告は半日以内に全員へ徹底させ、個人ならその場で徹底させる
一.食事は全員揃って摂る
一.敵に疑いや迷いが生じているなら速やかに討つべし

 およそ戦いでは、
一.戦力を蓄えて長期戦に備え、士気を充実させて勝つ
一.強い決意で危難を戦い抜いて勝つ
一.断固たる決意と沸き立つ士気で勝つ
一.甲冑を硬くして武器をもって勝つ

 およそ戦車は密集させ、歩兵は座り込ませ、甲冑は分厚くして守りを固める。武器を軽快に振り抜いて勝つ

一.勝ち急ぐと目の前しか見えなくなる
二.恐怖心を抱くと敵の恐ろしさばかり目に付く
 二つをうまく噛みあわせて情況に応じて使い分けるのです。

 同じ武装の敵と戦ったのでは勝ち目が薄く、軽装備で重装備の敵と戦ったのではむざむざ敗れるようなもの。重装備の軍で軽装備の敵と遭遇したらすかさず攻撃することです。だから戦いでは軽装備と重装備を混成させるのです。

一.宿営するときは武装の手入れをする
一.行軍の際は用心深く隊列を整える
一.戦闘中は進むかとどまるかを慎重に見極める

 およそ戦いは、
一.命を貴べば兵士は満足し、陣頭指揮をとれば命令に服する
一.命令をしばしば変更すれば兵士に軽んじられ、余裕を持って命令すれば兵士は落ち着く
一.鼓を軽快に鳴らして軽やかに進み、ゆったりと鳴らして落ち着かせる
一.服装が雑だと兵士に軽んじられ、整っていれば兵士も規律を正す

 およそ馬や戦車が強固で武器防具が使いやすければ軽装備であっても自信を持てる

一.将が何もしなければ何も獲られない
一.将が専横していれば死ぬ確率が高くなる
一.将が生き残ろうとすれば迷いが生じる
一.将が死ぬ覚悟を決めれば勝ち残ることはできない

 およそ人は、
一.愛情のために死ぬもの
一.怒りのために死ぬもの
一.権威を恐れて死ぬもの
一.義を通して死ぬもの
一.利益のために死ぬもの

 およそ戦いですべきことは、兵士に死ぬことを忘れさせるよう教練し、いざというときに命を投げ出しすようにすることです。

 およそ戦いは、
一.勝機があれば戦う
一.天に従って戦う
一.民心に沿って戦う
 およそ戦いは、
一.全軍への指示は三日以内に徹底させる
一.部隊への指示は半日以内に徹底させる
一.個人への指示はその場で設定させる
 およそ最善は「正」に則り、次善は法に則ること。謀略を駆使して狙いを秘匿し、情況に応じて「権」を用いて戦う。
 およそ全軍を勝利に導くのは将一人の判断においてのみです。

 およそ鼓は
【旌旗】旗幟を操る
【車】戦車を操る
【馬】騎馬を操る
【徒】歩兵を操る
【兵】武器を構える
【首】頭を操る
【足】足を操る
 この七つを使い分けるのです。

 およそ戦いは、すでに装備が整っていればそれ以上持たせてはならない。重装備の兵は余力を残すように行動する。力が尽きていては危機に陥ります。

 およそ戦いは、陣形自体は難しくない。兵士たちを配置するのが難しい。敵に応じて変化させるはさらに難しい。何事も知ることはたやすいが実行するとなると難しくなります。

 人間の気質は地方によって異なり、州によっても異なります。それを教化して風俗が作られていくのだが、その風俗も州ごとに異なります。風俗をまとめるのです。

 およそ衆寡は勝ちもするが負けもします。
一.武器の使い方がわからない
一.甲冑の堅固さがわからない
一.戦車の強度がわからない
一.騎馬の性質がわからない
一.兵数が多いのかわからない
 これでは戦う準備が整っていません。

 およそ、戦いは
一.勝てぱ兵士と手柄を分かち合う
一.再度戦うときも賞罰を徹底させる
一.敗北したら自らがすべての責任をとる
一.陣頭指揮をとる
一.同じ戦術をとらない
 勝つにせよ敗れるにせよ、この原則から外れてはなりません。
 これが「正しくとるべきこと」です。

 およそ人民は、
【仁】生活に配慮する
【義】戦いを興す
【智】判断する
【勇】奮闘する
【信】権限を集中する
【利】推し進める
【功】勝利を目指す
 心は仁に適い、行動は義に適うこと。どんな事態にも対処するには智を持ち、強大な敵と戦うには勇を持ち、長期戦に堪えるには信を持つことです。
 将が歩み寄れば人々も進んで従い、正道を踏み外したと指摘されたら素直に過ちを認め、すぐれた人材を登用すれば人々が向上心を持つようになります。

 およそ戦いは、
一.勢いを失った敵を撃ち、鳴りを潜めている敵は避ける
一.疲れている敵を撃ち、余裕のある敵は避ける
一.怯えた敵を撃ち、警戒する敵を避ける
 これが古よりの戦い方です。


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用衆篇

 およそ戦いですべきことは、
一.少数なら団結して覚悟を決め、小回りを活かして自由に進退する。少数で大軍と遭遇して混乱したら策をめぐらせて切り抜けること。敵が大軍の場合はよく観察して裏を狙う。
一.大軍なら統制をとって正面から決戦をして挑んで進むかとどまるかのみ命令する。大軍で少数と遭遇したら遠巻きに包囲して必ず敵の逃げ道をあけておくか、兵力を分散して交互に繰り返し攻撃して休む暇を与えないこと。敵が少数でも団結していれば深追いせずに逃げ道をあけておく。
 敵が有利な場所に陣どっていればわざと旗幟を捨てて敗走を装い、追撃してきた敵を迎え撃つ。

 およそ戦いは、
一.風を背にする
一.高いところを背か右にする
一.険しいところを左にする
一.沼沢や足場の悪いところは速やかに通過する
一.切り立った山場に布陣しない
 およそ戦いは、
一.布陣して自軍の状態を確認する
一.敵情に応じて動く
一.敵が待ち受けているなら攻撃を控えて出方をうかがう
一.進撃してきたら守りを固めて反撃のチャンスをうかがう
 およそ戦いは、
【変】少数と大軍を繰り出してみて敵の対応を観察する
【固】進撃と退却を繰り返して敵の守りが固いか観察する
【慴】敵を窮地に追い込んで敵の動揺ぶりを観察する
【怠】じっと鳴りを潜めて敵の緊張が持続するか観察する
【疑】敵を引きずりだして敵に疑いや迷いが生じるか観察する
【治】奇襲をかけてみて敵の規律が保たれるか観察する
 疑いや迷いにつけ込み、混乱に乗じて襲いかかり、士気をくじいてかき乱す。反撃の気配を見せたらすぐさまたたきつぶして策をめぐらす余地を与えず、恐怖心に付け込むのです。

 およそ敗走する敵には追撃の手を緩めてはならない。ただし路上で立ち止まっているようなら伏兵や奇策を疑うこと。
 敵の都に接近したら必ず退路を確保しておくこと。

 およそ戦いは、
一.敵より先に動けば疲れが募り、後れて動けば恐怖にかられる。
一.休めば士気が鈍り、休まなければ疲れが募る、休みすぎると恐怖心が生じてくる。
一.戦場に赴けば故郷への便りを禁じて、肉親の情に引かれるのを絶つ。
一.優秀な兵士を抜擢して序列をつけ、いっそう勇敢に戦わせる。
一.荷駄を捨て余分な物資を持たせず、決死の覚悟を決めさせる。
 これが古よりの戦い方です。


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