第6回JATCO鳥取県臓器移植勉強会
しまねまごころバンク勉強会
報告
 第6回を迎えたJATCO鳥取県臓器移植勉強会を、今回はしまねまごころバンクと共同で開催しました。 鳥取県、島根県、他県から約40名の方々に出席していただきました。
 出口先生に「日本人だけが、臓器移植、臓器提供にためらいを感じているのだろうか?」というところをお話していただきました。
 
『臓器移植と比較文化論
〜欧米人の臓器提供へのためらい〜』


島根大学法文学部社会システム学科 教授
出口 顕 先生
日時:平成14年7月6日(土) 14:00〜16:00
場所:米子コンベンションセンター(ビッグシップ) 
5階  第5会議室
(米子市末広町74 電話0859−35−8111)
講師紹介
文化人類学を専門に研究され、臓器移植に関しては、各国の文化的な背景をふまえて、「臓器移植とは何をすることなのか?」ということを考えていらっしゃいます。著書には、講談社現代新書『臓器は商品か』があります。
出口先生のお話

はじめに

 

 ご紹介にありましたように、私の専門は文化人類学です。しかしこの学問は一般の人だけでなく、専門外の学者たちからも何をするのか今ひとつ理解してもらえない、いわば不幸な学問です。ですから、時間があれば文化人類学とは何かを説明して、その立場から臓器移植を考えると何がいえるのかをお話しすべきですが、残念ながら時間の上でも私の能力の上でもそれはきわめて困難です。

 そこでお話をしていく中で、文化人類学がどのようなことに注意して臓器移植を考えようとするのかを示せたらと思います。ただタイトルにあるように、臓器移植という医学の分野に属することでも、世の中は様々な反応を示します。そのような反応を外国などの異なる文化での反応と比較したり、経済や政治などの社会現象と関連させて考えるのも、文化人類学の特徴の一つであるといえるかと思います。

 

家族の絆と生命倫理

 

 文化人類学は一応文化系の学問ですが、臓器移植に発言する文化系の学問は政策論とか生命倫理学であるのが普通です。法律の立案や道徳的立場から臓器移植はどうあるべきかをこれらの学問は考えるのですが、特に生命倫理的な議論には私は違和感を持ち続けています。というのは、家族や親子の絆のあり方、親として子供の臓器提供や移植にどう対処するべきかという、個別的な経験に即した倫理あるいはそれを想定した倫理を体系的に考慮しているようにはあまり思えないからです。

 例えば15歳以下の自分の子が心臓移植しなければ助からないような場合、現段階では日本国内でそのような移植は無理ですから、親なら、渡米してでもドナーを待って手術を受けさせたいと思います。そのような親の気持ちは誰にでも当然の自然なものとして、たやすく受け入れられることと思います。また何が何でも子供の命を助けたい、そのためにはどんなことでもするというのが、親としてのあるべき姿として期待されもします。重度の心臓病で余命いくばくもないのは運命として受け入れよう、そして我が子にもそう諭して残された時間を精一杯生きさせようというのは、立派な人生観ですが、親としてはいささか冷たいようにも見えます。

 一方自分の子が幼くして死亡したらどうか。せめて遺体はこのまま葬ってやりたい、献体や臓器や角膜提供のために体にメスを入れて傷をつけるのは耐えられないというのも、親の気持ちとしてはこれもきわめて自然なものとわれわれは受け止めます。何のためらいもなく自分の子供の遺体を移植手術のために差し出す親は、利他的精神の持ち主で立派ですが、親としての愛情に欠けているのではないかと疑われることもあります。

 児童虐待のニュースを頻繁に耳にするようになり、家族の崩壊が叫ばれる今日の日本で、親子の間の絆や愛情、とりわけ親にふさわしい責任や義務があらためて強調されているように思われます。そのような社会的環境の中で、親にふさわしい振る舞いをしようとするなら、場面に応じて相反する選択をし、臓器移植に対して首尾一貫した姿勢を貫くのは難しくなることも予想されます。言い換えれば、直接顔をつきあわせて暮らす日々の生活で培われた、家族の情愛と生命倫理は必ずしも一致しないのです。少なくとも私の場合はそうですし、同じように感じられる方も多いのではないかと思います。

 似たようなことは、ヨーロッパでも見られるものです。ドイツやオーストリアとなどとともにユーロ・トランスプラントに加わっているオランダでは、慢性的な臓器不足を解消するため、1998年に新制度を導入し、18歳以上の住民全員に臓器提供の意志を確認することにしました。一人一人に配られた用紙には四つの選択肢があります。

1.          本人が臓器提供に同意する

2.          臓器提供に同意しない

3.          配偶者や子供などの家族に臓器提供の決定をゆだねる

4.          恋人などの特定の第三者に決定をゆだねる

またどの臓器を提供するかも選択できるようになっています。登録すると本人が申し出ない限り決定を変更できません。しかし決意が固まるまでは回答しなくてもよいことになっています。

 オランダのこの模索をとりあげたNHKスペシャル「世紀を越えて第三回 脳死移植」(2000.5.21放送)では、ある18歳の若者が登場します。彼は1を選び、外見を損なう皮膚以外のすべてを提供することにしたのですが、母親が反対します。母親は自分のときには1を選択したのですが、息子が1を選ぶのに反対し、これは「私に任せた方がいい」といいます。息子は「お母さんの言うのは、息子に対して古い機械を分解するようなことをして欲しくないということだろう、自分は1に賛成しておいて」と反発します。結局彼は母の「今すぐ返送しなくてもいいじゃないの」という説得に負け、登録用紙を返送するのをしばらく先送りにします。ここでも自分の場合と子供の場合では、臓器提供に対して態度が異なっています。このため、用紙を返送してきたのが、全体の44%、また臓器提供に同意したのが、全体の20%で、臓器不足解消につながっていないことをテレビは指摘しています。

 

経験に即した倫理

 

 今までは家族が臓器提供するときのためらいでしたが、自分が患者になったとき、バイオ・メディカルテクノロジーに対するそれまでの見解とは異なった考えを表明する事例を、今度は紹介しましょう。1987にスウェーデンのルンド大学の医学者たちは、中絶胎児の脳細胞をパーキンソン病患者に移植する世界初の手術を行いました。彼らは世間の厳しい批判を予想していました。というのは医療のためとはいえ中絶を前提条件にしていると受け止められるからです。しかし手術が一応成功したとき、批判より、問い合わせの電話が殺到したのでした。私の友人であるルンド大学のスザンヌ・ルンディン博士はあるパーキンソン病患者の男性にインタビューしたのですが、その男性は、生命を操作するバイオテクノロジーには原則反対だが、自分によりよい生活(quality of life)を与えてくれるバイオメディカルな医療は受け入れると言っています。彼はまた次のようにルンディン博士に語っていま

中絶胎児を利用するのは悪いことだと人々が考えるかもしれないことはわかっている。私が最も心配するのは、十分な胎児を集められないのではということだ。手術が成功するには恐ろしいくらい沢山の脳細胞が必要なのだ

この発言は個人的でエゴイスティックに聞こえますが、単純に非難することはできません。この男性患者はかつて体のふるえが止まらないとき、他人から酔っぱらっているかドラッグをやっているのかと思われ、街で助けを求めても断られた体験をしています。「自分の唯一の願いは健康になること、ノーマルになることそれだけだ」と彼は言っています。このような気持ちもまた主観的で個人的なものと思われるかもしれません。しかし、の体験した拒絶は他人や社会との関わりの中で生じたものです。その社会は、身体や健康について何がノーマルなのかについて何らかの規範や価値観をもっているものです。

 DNAや遺伝子が一般の人々の会話やメディアにも頻繁に登場することからもおわかりのように、様々な事柄の説明原理としての分子生物学に高い価値が置かれている文化の中に、今日の私たちは生きています。それは日本だけでなく欧米人も同様です。遺伝子の一般的配列をまず見つけた上で病気をつくりだす遺伝子レベルの異常がわかり、それが治療薬開発につながるわけですが、そこには、ある遺伝子の配列を共有するという類似性=一般的=ノーマル/一般的配列を共有していない=異質 =特殊=アブノーマルという区分がたやすく忍び込んでいます。そして優先的価値が置かれるのは前者です。ですから、先天性の病気や障害をもった人たちが、このような遺伝子至上主義的価値観をもった文化の中で、自分たちをアブノーマルだと感じるのは無理からぬことです。

 その一方で、現代欧米では、自分自身の体を管理しそのコンディションに責任を持つことが各個人に要求されます。

 こうした風潮の中で、また病気のことがなかなか周囲に理解してもらえない環境で、先天的病気をもつことをアブノーマルだとこのパーキンソン病患者本人が受け止めているのなら、中絶胎児を使った治療に賛成しそれを受けたいと思うのは、利己的な願望というより、一個人に要求される規範を全うしノーマルになろうとする、倫理的な願いといえるでしょう。このような倫理は、子供の臓器提供や移植に際して親としての気持ちを抑えられない、たとえそれが一般的値観や倫理に抵触することでも厭わないという姿勢に通じるものがあります。

 ルンディン博士は、経験や実践を見定めた反省的内省的営み(reflexivity)という倫理もあることを強調しています。医学者や科学者は、中絶を医学の発展の前提にすることは悪いことだと考えていますが、彼らの学者としての経験や患者を救いたいという実践的立場からすれば、既に中絶した胎児を使わないことの方が、使うことで多くの人の命を救える可能性のあることに比べれば、非倫理的なのです。逆に中絶胎児の研究に携わるある女性科学者は、自身が妊娠したことで、自分の研究を何の問題もないものとはもはや思えなくなったと語ったそうです

 このように、高所大所から一般的規範として論じられるいわゆる生命倫理とは異なった生活の場での経験に即した倫理にも目を向ける必要があるのです。生活の場の倫理では、「一人の個人が、ある状況では排除するであろう考え方を別の状況では採用する」ことがあります。ふつうこうした態度は無節操とか非難されますが、それは日々の生活や経験の中で培われた、ある守るべき重要な価値観に基づいたものなのです。

 

デンマークの場合

 

 以上の例からおわかりのように、生活の場での経験に即した倫理という点からいえば、日本やヨーロッパの間で大きな違いはないことがわかります1980年代後半から1990年代にかけて、脳死や臓器移植は日本人の伝統的死生観や身体観に反するものだと主張し、脳死・臓器移植法案の成立に反対する人たちがいましたが、この主張にどれだけの根拠があるのか、疑問に思われます。むしろ自分たちの主張を正当化するために、文化や伝統を引き合いに出しているだけなのではないでしょうか。

 欧米と十把一絡げでいわれますが、例えばデンマークでは、1987年に脳死法案がデンマーク議会に提出されますが、そのときは可決されませんでした。この問題を重視したデンマーク政府はデンマーク倫理評議会(Danish Council of Ethics=DCE)を設置し、DCEに広く世間から意見を聴取し、議会に勧告案を提出するよう命じました。一年にわたる審議の結果、DCEは脳死を人の死と認めることはできないという結論を下しました。

 DCEは、毎日の体験の中における死を議論の出発点とするべきだと考えています。日常生活で、人々は、親しい人の死に遭遇します。ある人の死はその人だけのプライベートなことではなく、周囲の人々にとっても重大な社会的出来事です。また死者との関係は、その人が死とともに消滅してしまうものでもありません。日常的経験における死は、例えば家族が不治の病にかかったことを知ってショックを受け悲嘆にくれることなどからはじまり、とりあえずは葬儀によって一旦完結する、一連の出来事です。死はプロセスなのです。この社会的プロセスとしての死は、医学的死にも対応します。脳死のいわば発見によって医学的にも死をプロセスと考えることができるとDCEはいいます。

 ではプロセスの始まりと終わりはどこか。ヨーロッパの伝統では、個人の人格は意識と身体とから構成されていると考えられている。心臓が動き呼吸しているうちは、脳死患者は、精神や意識はなくなっているとはいえ、人格の構成要素である身体は活動しているのだから、最終的に死んだのではないことになる。つまり脳死はプロセスとしての死の始まりであっても終わりではなく、心臓停止がプロセスの終わりだとDCEは考えます。これは人々の体験する死にも一致します。心臓と呼吸が停止し、体が冷たくなった後、少しずつ人々は親しい人の死を受け入れようとします。それは、デンマークでも日本でも大きな違いはないはずです。このようなプロセスとしての死は、ある瞬間を境に生と死を峻別するという考えになじみませんが、法律上死の瞬間を定義しなくてはならないのなら、それは脳死の時点ではなく心臓死の時点だとDCEは結論します。このようにDCEは、人の死を定めるとき、新たな医学的定義ではなく、人々の日常生活における死の体験を優先させたのです。

 しかしその一方でDCEは、脳の機能の停止後死のプロセスを長引かせるべきではないが、臓器提供に脳死者およびその家族の同意が得られたのなら、臓器移植のために、人工呼吸器を使って死のプロセスを延長させることができるとも勧告したのです。これも、臓器移植して助かるのであればという生活の場の倫理に基づく勧告といえるでしょう。しかし、それはまだ死んでいない人間から臓器を摘出すると言っていることにも等しいことです。この勧告はあまりに過激だとして政府はDCE案を否決します。

 デンマークが脳死を人の死として法的に定めたのは1990年の6月のことです。しかし日本ではデンマークのこうした脳死臓器移植法の成立経過の一断面についてあまり知られていないように思えます。脳死を人の死として受け入れがたかったのは、日本人の専売特許ではなかったのです。

 DCEのレポートを読むと、脳幹の機能が停止して、既に意識がなくなっているのに、人工呼吸器を使ってまで生きていたくないという患者の「死の権利」を尊重しなくてはいけないとあります。「死の権利」はデンマーク的であり日本的ではないと思われるかもしれませんが、例えば「安楽死」は、森鴎外の「高瀬舟」を引用するまでもなく、生活の場で、人々が考えていることなのです。

 

無明の井

 

 それでは、脳死問題にあまり悩んでいないように見える移植大国のアメリカではどうなのでしょうか。いち早く脳死を人の死として法律上定義し、移植ネットワークを確立し、臓器搬送がビジネスとして成り立っているアメリカには、ためらいはないようにも思えますが、果たしてそうなのでしょうか。

 免疫学者多田富雄氏による、脳死と臓器移植を主題にした新作能「無明の井」では、漁夫から心臓を移植され一命をとりとめた乙女は、若者の心を採ったことを罪業とみなし懺悔の一生を送ったと語られています。この能がアメリカのクリーヴランドで公演されたとき、上演後五十代の女性が原作者である多田氏のところに来て次のように語ったそうです。彼女は数年前脳死者からの肝臓を移植され今は喜びの毎日を過ごしている、しかし移植をまつあいだの苦しみは大きく「早くだれか死んでくれないか。そうしたら臓器がもらえる。ときにはだれかを殺してでも臓器が欲しい、と思ってわれながらぞっとしたことがありました。まさに『無明の井』の苦しみの世界にいたのです」

 移植大国とはいえ個々のケースを見ていけば同じような問題や苦悩がアメリカにもあることが、ここから推測できます。

 多田氏はこの作品で、ドナーとして若い乙女に心臓を移植された漁夫の霊を登場させ、自分は本当のところ生者なのか死者なのかを問いかけさせることで、ドナーとレシピアントの曖昧なアイデンティティを問題にしています(「なふ、我は生き人か。死に人か」)。こうした問題は脳死ドナーの遺族の場合にもあてはまります。日本に限らずアメリカでも、脳死者の遺族に対して医師たちは、たとえ臓器としてであれ、死者は誰かの体の中で生き続けることになるのだからと、臓器提供を求めます。しかし死んでいるのにその一部は他者の中で生きているというレトリックは、ドナーが生者なのか死者なのかを曖昧にし、遺族が家族の一員の死を何とか受け入れ悲しみを克服することを困難にします。ですからアメリカの遺族の中には再生の物語を拒否する者もいることを人類学者のシャープは報告しています

 ところで、1980年代から90年代にかけての脳死臓器移植法案をめぐる日本の社会的騒動を報告している論文の中で、カナダの人類学者マーガレット・ロックは、この「無明の井」をとりあげています。

 彼女は、1980年代後半から1990年代のはじめの日本での脳死臓器移植をめぐる論争が日本文化の独自性というナショナリズム的な色彩を帯びていたと分析しながら、その一例として「無明の井」に言及しています。能とは極めて伝統的な日本文化の代表例とロックは考えています。だから多田氏が脳死や臓器移植について中立的立場であるとはいえ、脳死のもつ問題点を能で表現したことは、脳死・臓器移植に対するこだわりが極めて日本的なものであることを一層強調することになったというわけです。しかしこの公演の体験を通して多田氏は、能が、脳死・臓器移植に限らず、エイズや遺伝子治療などの生命科学などの現代的な問題を取り上げるのに優れたメディアであると再確認したと述べており、日本特有の脳死に対する反応を表現するために能を用いたのではないことが分かります。

 また既に述べたとおり、この新作能がアメリカでも反響を呼んだ。そのことからもわかるように、欧米でも脳死や臓器移植は完全に決着がついた問題とはいえないのです。例えばNHKの「世紀を越えて 脳死移植」には脳死した18歳の息子の臓器提供をしたアメリカ・ニュージャージーのペレス夫人が登場します。彼女は母親として脳死した息子の臓器提供に応じたのは悩みながらの、本当につらい決断だったといいます。日本でもよく言われることですが、脳死といわれても「体は暖かく、心臓はまだ動いている」、だから脳死にわりきれない思いながら臓器提供を承諾したが「決断は正しかったのか」とずっと悩み続け、それをドナーの遺族の集いにやってきた人たちと語り合う、そのさまがテレビでは紹介されています。

 先ほどのNHKの番組にも息子の心臓を提供した母親とレシピアントが実際に対面する場面が出てきます。母親はレシピアントに会うまでは、息子がレシピアントの中に心臓として生き続けている、だからレシピアントに会うことは息子に会うこととひそかに期待していた節があるのですが、実際に対面したら、移植心臓は、確かに鼓動しているけれどもはや息子のものではなく彼女のものだということを実感します。「奇跡は起こらなかった」と彼女は言いますが、しかしそこにはもはやためらいや迷いはないように見えます。

 

自分の中の他人

 

 NHKのドキュメンタリーには、多田氏に面会した女性の苦悩とは別の苦悩も取り上げられています。ロバート・ペンザックさんは心臓移植手術を受けましたが、もらった心臓の異物感に悩みます。移植心臓は自律神経までつなげることはできないので、興奮や感動で心臓がどきどきしたり鼓動が速くなるということがあまりない。だから自分の中にコントロールできないエイリアンがいて「どこまでも一体ではない」という思いをぬぐえずにいるのです。

 このように日本ではあまり話題になりませんが、臓器(特に心臓)移植することは自分の中に他人が入り込むことと感じる人たちは少なくないのです。また日本でも同じような思いが存在するのは、例えば推理作家の東野圭吾さんによる『変身』(講談社文庫)という作品があることからも窺えます。ちなみにこの本が最初に出版されたのは、脳死をめぐる議論の盛んだった1991年です。ある心優しき若者が銀行強盗に銃で頭部を撃たれ、助かる道は脳移植しかないということで、移植手術がほどこされます。幸いにもその場には脳の提供者がいたのです。手術は成功し主人公は一命をとりとめるのですが、それ以後彼は人が変わったようになり、恋人との関係もぎくしゃくし始めます。そして意外な展開が---。推理小説ですのでここからさきは明かせませんが、この作品が強い衝撃を読者に与えるのは、体の一部を移植することは人格も移植することではないかと漠然と私たちが受け止めているからとはいえないでしょうか。

 それは他人の血液の注入についてもいえることなのです。山口大学医学部で医療人類学を担当する星野晋さんによると、輸血して回復した患者に感想を聞くと「正直言うと、あまりいい気持ちはしない」という答えがかえってきたそうです。輸血を受けた人の中には、ふと我に返ると「気持ち悪い」と感じる人や、意識的無意識的に「誰かの血が入ってきた」とは考えないようにしている人がかなりいるのではないか、それはエホバの証人の信者に限ったことではないと、星野さんは予想しています。逆に言うと「輸血」という言葉は、「私の血」とか「誰かの血」というアイデンティティと不可分に結びついたイメージをどこかに追いやってしまう魔法の言葉といえるのです。臓器移植は、まだこのような魔法の言葉にはなっていないといえるでしょう。

 

古着と多文化共存

 

 「誰かの血が中に入ってきて」「あまりいい気持ちはしない」とか「気持ち悪い」という感覚は、古着をフリーマーケットなどで買って着ることに対して感じる抵抗感に似ているのではないかと言った友人がいましたが、あながちとっぴな発言とはいいきれないと思います。

 古着を買い、あらためて自分で洗濯することなく身につけるのに、何も抵抗はないと話してくれた女子学生がいました。フリーマーケットの普及とともに彼女のような若者が増えていくのかもしれませんが、それでも多くの特に年配の人は古着を購入・着用するのにまだまだためらいやとまどいがあると思います。

 それは、着古していたんだり粗末になっているものをわざわざ買うなんてという経済的=合理的理由からということもあるでしょうが、着古されたということが、赤の他人、見知らぬ誰かの生活臭が衣類にしみついているように感じるからではないでしょうか。購入した古着を着るのには、見知らぬ誰かが自分の皮膚にまとわりつくような不快感や不気味さが漂っているのです。また愛着のある服を売り渡すのに抵抗があるのも、自分の一部が得体の知れないところへ持ち去られて戻ってこないように感じるからです。(逆によく知っている友人との間で、子供が着ていた洋服をお古にもらったりあげたりするのにあまり抵抗がないのは、子供はすぐ成長するから新しい服を買うのはもったいないという経済的動機に加えて、親しい間柄である故に不気味さが生じないからです。)

 輸血のように魔法の言葉たりえていない「脳死・臓器移植」には、「誰かが中に入り込んできた」あるいは「見知らぬ誰かに連れ去られた」という思いを否定する力はまだないのですが、そのことは見知らぬ他者の存在を払拭できないけれど、だからといって他者との共存に積極的にもなれない姿勢でもあるようにさえ見られます。

 見知らぬ他人の受け入れや共存に消極的なのは個人レベルだけでなく、社会的レベル、国家的レベルでも見られます。脳死・臓器移植が社会的問題として盛んに論じられた1980年代後半、海外での長い生活のため日本語をきちんと話せなくなり、周囲にうちとけることのできない帰国子女が社会的に注目されました。実際には確かなデータがないにもかかわらず、日本人なのに日本語ができないとみなされた彼らは当初異端視されましたが、彼らを異端視するまなざしは、そのころ「日本は単一民族国家だ」と発言して物議を醸した政治家のものと実は同じものです。自分たちの中にある多様性や異質性を認めたり、異質な存在も自分たちの中に受け入れることに消極的な態度がそこにはあるのです。帰国子女問題は、その後大学の入試制度に帰国子女特別選抜枠が設けられるなどして、処遇は改善されていきますが、帰国子女同様マイノリティである在日韓国人やアイヌの人たちへの大学入試における対応はずっとおくれたままです。特別措置は一応同じ日本人までで、異なる民族はそこから排除されています。

 最近の北朝鮮からの亡命者事件で明らかになったように、日本政府は亡命者や難民の受け入れにとても消極的です。一つの国家の中に多文化、多民族が共存する状態を、欧米に比べて好ましく思ってはいないようです。

 社会や国家のレベルで、自分たちの中に他者を迎え、自分たちの一員として受け入れ仲良くやっていこうとしない姿勢は、個人レベルで、他人の身体の一部を自分の中に受け入れたがらない(あるいは自分の身体の一部を他人の中に手放したがらない)姿勢に通じるものがあるとはいえないでしょうか。英語でbody politicsとは、政治統一体とか国家という意味ですが、自分たちとは異なる他者に対する態度は、bodyにおいてもbody politicsにおいても共通の特徴を示しているのです。多民族国家であるアメリカでも臓器移植は人種問題と関係があり、特にアフリカ系アメリカ人は差別されていると噂されることもあるようです。しかし宗教学者の生駒考彰さんの最近の著書『私の臓器はだれのものですか』によると、アフリカ系アメリカ人の人口比は1996年で12%、その年腎臓移植を受けた人の21%はアフリカ系アメリカ人で」、移植について人種は関係ないことがわかります。日本とは対照的ではないでしょうか。

 しかし、古着を着るのに抵抗を示さない人がこれから増えていくのであれば、脳死臓器移植に賛成する人も増えていくのかもしれません。先ほどとは別の女子学生は、フリーマーケットで古着を買うのに抵抗もなく、自分や家族の臓器を提供するのに、積極的賛成ではないものの、特に抵抗はないと話してくれました。土葬するのならともかく、火葬で遺体を最終的に燃やしてしまうのなら、遺体にメスが入っていても同じだし、それなら、臓器提供した方が人のためになるのではとのことです。彼女の適切な表現を借りれば、古着も臓器移植も、どちらもリサイクルであることに変わりはないのです。こうした人たちは、先のワールドカップで日本人が自分の国以外のチームを応援するのに抵抗がなかったように、日本国内での多民族との共存を柔軟に受け入れていくのかもしれません。もっとも古着を好んで着る人や多民族社会になることを肯定する人が、そのまま臓器移植を受け入れるとは限りません。そのことは、個々人が選択する生活の場の倫理を考えれば、おわかりのことと思います。

 

おわりに

 

 臓器移植に対する態度は確かに社会や国家のありかたとかかわるところがあります。しかし、それは決して変わるところのない伝統的な価値観と結びつくと言うより、政治(難民や外国人の受け入れ)や経済(フリーマーケットやリサイクルの普及)と関わりのあるものであり、それらは決して不変のものではありません。またその一方、個人の選択というレベルでは、文化的な違いは大きくないのは既に論じてきたことです。

 このように臓器移植や脳死に対する反応を社会的な現象としてみた場合、それは同時代のどのようなことと関連し共通の特徴を示すといえるのかを明らかにして、臓器移植とはどうあるべきかではなく、何であると人々が考えているのかを考察してみる、また倫理的態度を問題にするときも、異なる社会の人々が、それぞれの生活の場でどのような態度を表明するのかを比較しながら、法律家や生命倫理学者とは違った倫理のあり方を提示してみようとする、そのような試み、つまり自分が属する文化や社会を、いささか距離をおいて、他の社会の事例(これは欧米だけに限りません)も視野に入れて、眺めるのが、文化人類学的思考だと言うことを最後に申し上げて、ひとまず私の話は終わりたいと思います。どうもありがとうございました。

質疑・応答
Q:今、生前に自分の臓器をこの人(病気の家族など)にあげたい、という意思を汲むことを認めてもよいか、認めるべきでないか、ということが問題になっています。日本ではどちらがふさわしいのでしょうか?古着のお話で知らない人のものは抵抗があるけれども、親しい人からのものは抵抗があまりない、ということを考えれば、やはり、認めるのが自然なのでしょうか?

A:難しいですね。違うところから話していくと、イギリスの脳死者の遺族が、白人でしたが、非白人に臓器提供しないでくれ、という希望を出して、移植ネットワークがそれを受け入れて、非白人(アフリカ系、アジア系)の移民にあげなかったということが問題になりました。そいういうドナー家族の意思を優先的に考えると、人種差別につながると議論されました。また、ユーロトランスプラントでは国と国での不公平も議論されています。イギリスでは、だから推定同意にしなくてはいけない、最初から臓器提供に同意しない意思を残していなければ、脳死者はみな臓器提供に同意していると考えなければいけない、という議論がでてきました。まだ、イギリスではこの推定同意は導入されていません。
 日本の場合ですが、法律に関しては素人ですが、生体間移植の場合、家族間でされているのに、なぜ死亡した場合はだめなのか、ということを友人の法律学者に聞いたことがあります。一応は脳死体であれ、死の段階で個人その人でなくモノになっています。ただ、公共の利益になるといことを尊重して、生前の本人の臓器提供の意思があれば、臓器が提供されます。生前の臓器提供の意思を遺言とみなして、脳死した体を一種の財産だと考えれば、受け取りを指定できるのでは、と言ったら、そういう法律には今なっていないのだそうです。ただ、多くの日本人が、と言ってはいけませんが、家族にあげたいと思うのではないでしょうか。
 『金田一少年の事件簿』という漫画、テレビがありますが、その中で、犯人が自分の子供が腎移植しなくては助からないので、臓器売買の闇ブローカーにお金を渡します。そのことを第三者に知られてしまい、その人を殺してしまう、というお話がありました。結局、犯人は犯罪を暴かれ、自殺をして、「自分の腎臓を娘にやってくれ」と遺言を残します。登場人物は「人間の臓器を売買するなんて」とうす気味悪がりますが、親が自分の体を犠牲にして子供に臓器を提供する、というのは涙で受け入れられているような感じがします。こういうことが、発行部数の多い漫画、テレビで発信され、それを見ている人が多くいれば、「自分の家族にあげてなにが悪いんだ」という人が、公正の原理を説く人よりも多いのではないでしょうか。

Q:日本で多いのでしょうか?

A:一般的にそうだと思います。ただ、アメリカでどうかと調べたわけではありませんが、日本ではそうだと思います。

フロアからの意見(僧侶の方)
 古着も臓器移植もリサイクル、というのは理想論だなと思います。それが実現するには相当、意識レベルが高くないといけない。自分にいざ、つきつけられたときにそれがいえるかといえば、そいういう問題ではないと思います。自分の命と他人の命とが同レベルに見れない限りは、そこまでいかないと思います。死は特異点ではない、人生の一連の流れにある、まさしくそのとおりですが、それを境界にして人の気持ちが揺れ動くことも間違いありません。
 びっくりされるかもしれませんが、日頃人の死にお付き合いしています。お棺に納めるときに、白装束にお曼荼羅書き、着せてあげると、死後硬直が始まっていても、体が柔らかくなります。祈りがとおるんです。肉体の持つ可能性、生命の不思議さというんでしょか。一生懸命皆で祈りをささげて、見送ってあげることによって、お互いが満足して、その人の人生を見送り、残された人もこれから頑張るぞ、という切り替えにもなります。
 何が大事なのか、といえば、家族の愛です。その愛抜きにして死は語れないし、臓器提供も語れないと、活動の中で感じています。人の体は自然に帰っていくものですが、帰る前に死に瀕している人に役立つものならば、意義あるものだと思い、古着も臓器提供も同じ、ということになればいいですが、これは至難の技だなと思います。

A:そのとおりだと思いますが、私はスローガンとして言ったわけではありません。古着も臓器移植もそどちらもリサイクルとい発想のもとで行われている、ということです。だから、そいういうふうに皆がうけいれられるかどうかは、はるか先のことだと思います。

Q:リサイクル、古着と並べるのには抵抗がありますが。家族が自発的にあげたいという、生体間移植ではリサイクルには当たらないと思うのですが。

A:これはあくまでも理屈がそうだということです。古着と移植を結びつけることは極端なことです。だけれども、使わなくなったけどまだ使えるものあげる、使っているけれども誰かもっと必要としている人にあげるということ。現代の社会に生きていれば、体は別だとは言ってはいるけれど、体も市場に商品どうよう出回っています。言い換えれば、体だけを特権視して売買できないものと思っていなくて、体もスペアパーツのように考えたから臓器移植が出てきたんです。それは、言葉はわるいかもしれませんが、利用できる資源を利用する、というリサイクルです。
 もう一つ、古着とリサイクルで言いたかったのは、抵抗感が共にある、ということです。他人がまとわりついてくるような、自分が自分でなくなりそうな、という感覚があるだろうということです。
 確かに臓器をリサイクル品と考えることは嫌でしょうし、生体間移植はリサイクルではない、というのはそのとおりです。ただ、ではなぜ臓器が別なのか、臓器と古着を同列に扱うのにどうして抵抗があるのか、ということを考えるのが文化人類学の学者のやることです。そこまでつきつめれば、言葉悪いですが面白いだろうと思います。
 
参加者の感想
*諸外国における移植医療の現状を法律、倫理面よりお話いただき、勉強になりました。
*古着と臓器のリサイクルについて
  最近の若者が抵抗ない現状であれば、臓器提供、脳死に関する受け入れもやはり受け入れやすくなると思いました。
*日本人独特の生死観(儒教観?これは何か?そこにも疑問を感じるが)というよりは、人間が生活の場で感じる事柄は、各国宗教を超えて存在すいるのではと感じる。そこに宗教、国独特の価値観(?)がどう入ってくるのか。これから益々知りたいと思えました。
*欧米との倫理観に差が無いことを認識できました。臓器移植が進むにはリサイクル的感覚で自由に物の言える雰囲気が必要だと思います。生命の尊厳が根底にもつのはもちろんですが。
*今まで古着感覚で考えていたが、軽率だったのか・・・わからなくなった。
*臓器提供に地域差がかなりある現状であるが、今まで自分は地域性であるので、仕方がない面があると考えていた。しかし、欧米においても他者への受入を拒むこと、他者へ提供することの抵抗は変わることが無く、共通点があることを理解できた。人間として国や文化の違いで考え方がかなり変わるとは言えないことに気づいた。勉強になりました。ありがとうございました。
*私自身、ドナーカード(臓器提供意思表示カード)を所持していますが、通常「役に立つのであれば・・・」との安易な考えで、今まで考えていましたが、客観的に見ても、色々な立場で移植の考えもあるものだと今回の講演で勉強させていただきました。
 大変、臓器移植関係者の活動は地味でもあり、突然表面に出て活躍しなければならない大変な仕事と思いますが、今後も頑張ってご活躍頂きたいと思います。
*移植医療の必要性はすごく感じる。
 しかし、今の移植医療は提供を受ける側がクローズアップされ、臓器の搬送にヘリ、あるいは航空機等を使用し、多額の金を使っている。もっと提供者側、つまり、救急医療の方に力をいれ、整備し、移植医療について考えなければいけないと思う。
*改めて「生きる」ということについて考えさせられました。生きる権利、死ぬ権利、己にある権利の尊重についてなど、難しい問題についてこれからも考えていきたいと思います。
*普段じっくり考えることができない臓器移植の倫理面について概念をしり、考察してみるいい機会になりました。
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