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日記11年02月
日記11年04月
2011年3月31日(木)

東電も政府も,原発を自力で制御することは諦めたようで,
また,他国の力を借りても,収束には長い時間がかかるようで,
この国の現実に失望して,脱力する思いがしてしまいます。
技術の問題より,リーダーシップの欠如が情けないです。
政治は三流と言われますが,そのような政治家を選んできた,
我々有権者の責任でもあるわけです。
責任を背負おうとしないリーダー達を批判するより,
自分達のできることをしていなかければなりません。
And so, my fellow Americans:
ask not what your country can do for you 
-- ask what you can do for your country.
というジョン・F・ケネディの就任演説を思い出しますが,
今,首相がこんなことを言ったら大変なことになります。

2011年3月30日(水)

昨日は朝4時まで,今日は一日中,離婚本の構成・目次を考え,
書きたいことを断片的にリストアップしていました。
「離婚」というのは,誰にでもすぐそこにある問題で,
答えが見付けにくく,幅が広がり過ぎると感じました。
要するに生き方論になるわけですが,登るべき山の高さに,
武者震いがする思いもしました。
今まで誰も書かなかったようなものを書きたいと思っています。
ニーチェ流に言えば,血で書きたいのです。
とはいえ,できないことを自分に求めても仕方がありません。
今できるベストを尽くすだけです。

2011年3月29日(火)

事務所のすぐ近くのトランクルームを見に行きました。
事務所からの距離も大きさも申し分なく,記録を保管することにしました。
事件や記録がどんどん増えていくので,保管場所を確保する必要があります。
段ボールに詰めてしまうと,見たくなったときに困るので,
長い間,近所にトランクルームを探していたのです。
あとは可能な限り,断捨離をする必要があります。

2011年3月28日(月)

福島県のガソリンスタンドで,給油待ちの車の中で,
男性が一酸化炭素中毒で死亡する事故がありました。
幼い子供2人を育てながら働く娘のために並んで,
ガソリンを節約するために車内でストーブを焚いたそうです。
また,福島で,30年以上有機栽培をしてきた野菜農家が,
政府の摂取制限が出た翌日に,自殺したという知らせもありました。
折角,あの地震や津波を生きながらえたというのに,
痛ましい話が続いていますが,悲劇の連鎖を止めなければなりません。

2011年3月27日(日)

村上春樹の「風の歌を聴け」で,下記の一節があり,
本当にケネディの言葉なのかと疑問に思ったことがあります。
「ねえ、人間は生まれつき不公平に作られてる。」
「誰の言葉?」
「ジョン・F・ケネディー。」
ケネディは,ベトナム戦争に関して,Life is unfair.と言っています。
しかし,デレク・ハートフィールドという小説家は実在しないそうです。
なかなか奥の深いデビュー作ですが,下記一節をよく思い出します。
幸せか? と訊かれれば、だろうね、と答えるしかない。
夢とは結局そういったものだからだ。

2011年3月26日(土)

1987年がどんな年だったか思い出してみました。
春,明徳は,平子−三輪のバッテリーを擁する関東一に初戦敗退し,
関東一は,決勝まで進むも,PLに敗れ準優勝。
夏の東東京大会予選で,開成は初戦敗退しましたが,
当時高一の私はベンチで,どんな試合だったか記憶がありません。
関東一が準々決勝で修徳にコールド負けしたことは覚えています。
スコアが見付かりませんが,平子が初回に5点取られたはずです。
東東京大会を制したのは,結局センバツベスト8の帝京でした。
東東京の帝京と西東京の東亜学園は,共にベスト4に進む活躍でした。
決勝は,PLが木内監督の常総学院を下し,春夏連覇を遂げ,
3年前の決勝で取手二に敗れたリベンジを果たしました。
その後,明徳は馬淵史郎氏がコーチから監督になり,2010年夏まで,
出場した20大会連続で,初戦を突破してきたわけです。
87年春の関東一も,11年春の日大三も,幻の05年夏の日大三も,
監督は小倉全由というのも奇遇です。
PL,横浜,済美に次ぐ天敵の誕生と言っても良いかもしれません。

2011年3月25日(金)

今野球を見ていて良いのかと疑問に思いながら,甲子園で観戦していて,
8回表に1点勝ち越して,なお無死2,3塁で打者北川という場面で,
多くの明徳ファンがそうであるように,勝ったと思ってしまいました。
しかし,大会ナンバー1投手といわれる日大三のエース吉永が窮地を凌ぎ,
その裏,送球を受け前歯2本を失った9番の捕手が殊勲打を放ちました。
明徳は87年春以来2度目,馬淵監督は21大会目で初の,初戦敗退です。
明  徳 000 112 010  = 5
日大三 001 002 12× = 6
見応えのある試合でしたが,明徳の初戦負けには慣れていないので,
3日目で大会が終わることに,物足りなさを感じてしまいます。

2011年3月24日(木)

大阪出張に行き,3人の弁護士達とそれぞれミーティングしました。
20人を超える弁護士達一人一人との間で,
十分なコミュニケーションを取っていこうと考えているのです。
彼ら彼女達が,事務所の売りであり,宝なのですから。
夜は,4人で焼き肉を食べに行きました。
刺身というから,魚かと思いきや,それもお肉でした。
久しぶりに,腹一杯においしい肉を食べました。

2011年3月23日(水)

3月14日付けのワシントン・ポストの見出しは,下記だったそうです。
If the Japanese can't build a safe reactor, who can?
(もし日本人が安全な原子炉を造れないのなら,いったい誰が造れるのか)
震災後の日本人の我慢強さや冷静さが,世界で賞讃されていますが,
今まで,日本の技術や安全についても,世界で信頼されていたはずです。
資源のないこの国が再び輝くために,原子力の安全利用は必要不可欠です。
何としても,福島の原発を制御して,国民の自信と世界の信頼を,
取り戻さなければなりません。
who can?の2語が,我々に勇気を与えてくれます。

2011年3月22日(火)

震災で自宅を失った男性が飛び降り自殺をしたと聞きました。
震災で生命の尊さを実感して,自殺が少なくなればと願っていたのですが。
何もかも失ったという気持ちになってしまうのも分かります。
例えば,住宅ローンは残っていて,自宅を失ったのであれば,
自己破産して0からやり直すという道もあります。
酷な言い方かもしれませんが,自己破産によって,
選挙権を失うわけでもなく,戸籍に載るわけでもなく,
破産のデメリットは,イメージよりもずっと少ないものです。
幸運にも守り抜いた生命であれば,とことん生き抜いて欲しいものです。
我々も,生きていることの有り難みを,常に忘れずにいたいものです。

2011年3月21日(月)

離婚本の題名は,「別れないで幸せになる方法」になる予定です。
その内容を,一日中,考えていました。
幸せとは何だろうかと,考え続けていました。
結局,答えは自分で探すものだと思います。
それを書いていくことになるわけです。
「払わないで幸せになる方法」(破産本)と,
「死なないで幸せになる方法」(自殺本)も書きたいのですが,
まずは,離婚本に集中しようと考えています。

2011年3月20日(日)

主に,「きみとぼくのラララ」と「あとひとつ」を聴きながら,
昼と夜に,10キロずつ走りました。
見晴らしの良い公園から街を一望して,シャドウボクシングをしたりして,
自分には何ができるだろうか,何をすべきだろうかなどと考えました。
躊躇せずに,できる限りのことをしようと思いました。
誰かのためになりたいと願っているのです。

2011年3月19日(土)

放射能の恐怖の中で,福島第1原発の3号機に放水した
東京消防庁のハイパーレスキュー隊の活躍に,
多くの日本人が胸をなで下ろしたと思います。
同時に,このような日本人がいるということに,
勇気と希望と誇りを感じたのではないでしょうか。
様々な不安はありますが,我々は前に進まなければなりません。

2011年3月18日(金)

18日朝,G7の緊急電話会議が開かれ,円高回避のために,
円売が合意され,政府・日銀も円売り・ドル買いを実施しました。
1ドル76円台まで上がった円は,1ドル81円台まで下がりました。
ひとまず一安心で,他の国々に感謝する必要があります。
円を持つ個人が,円を売ってドルを買う方が強力ではあるのですが,
現状では,なかなかその勇気を持てないのかもしれません。
あとは,放水や電源の復旧等で,原発をなんとか制御して欲しいものです。
福島で命を賭している英雄達と比べて,みずほの不具合は腹立たしい限りです。
(誰かが「福島みずほ」などと言っていましたが。)
センバツも微妙ですが,セ・リーグを来週開幕するのは論外です。

子曰く,歳寒くして,然る後に松柏の彫(しぼ)むに後(おく)ることを知る。
論語の一節を思い出しますが,危機のときに人の真価が分かります。

2011年3月17日(木)

恐ろしいほどに円高が進み,一時,1ドル76円台になったということです。
3年程前は,120円程度だったのに,76というのは信じ難い数字です。
1ドル80円より円高になったら,ドルを買って,
IVVなどの米国ETFを購入するのが経済合理的な行動と思われますが,
今それをする勇気をどこまで持てるかということです。
80円を超えたら,みんなで一斉に円を売ってドルを買うべきなのですが。
あとは,福島の原発をどう止めるかです。
特殊消防車に乗っている方,現地で闘っている方は,無名の英雄です。
家族以外について,こんなに何かを祈る気になったのは初めてのことです。
あと数日で,日本の未来が決まります。

2011年3月16日(水)

地震の影響なのか,みずほ銀行のネットバンキングに不具合が生じて,
振込や精算すべきものができず,困惑しています。
停電を心配し,電車が十分に走らず,振込もできないとは。
もちろん,家や家族や生命をなくした方に比べれば,贅沢な悩みですが。
今までにない危機に直面して,リーダーシップとは何かと考えています。
Management is doing things right;leadership is doing the right things.
と,ピーター・ドラッカーは言ったわけですが。

2011年3月15日(火)

大震災,停電,原発の影響で,株価は下がりに下がり,
東京株の13.3%の下落率は,リーマン・ショックを上回り,
1987年10月のブラック・マンデーに次いで,過去2番目ということです。
リーマン・ショック前と現状とを比べると,
米国株は,10%減程度(ドル建てで)まで復活しているのに,
日本株は,30%減程度(円建て)に留まっていたという差は大きいです。
そこから,さらに13%も下がるのですから,厳し過ぎます。
日本経済の復活を信じているし,祈るしかないのですが。
とりあえず,原発を止めないと何も始まりません。
仙台・岩手の惨状は目を覆うばかりですが,
まずは福島を何とかしないと,日本は前に進めません。
甲子園の抽選があり,明徳は神宮王者の日大三との対戦が決まりましたが,
センバツが行われるのか,開催して良いのかは,大いに疑問です。
昨夏,興南に敗れて以降,センバツで勝つことだけを願ってきましたが,
今はそれどころではなく,センバツは中止すべきと考えています。

2011年3月14日(月)

小田急線は新宿−経堂間しか運転されないと聞き,
タクシー会社にいくら電話してもつながらないので,
やむを得ず,車で出所しました。
事務所近くで駐車場を探し,思いの外,簡単に見付かりました。
自転車で出所した弁護士も何名かいました。
我々がいかに,電気というものに依存しているかがよく分かります。

2011年3月13日(日)

地震による足止めを受けて,徹夜して仕事した結果,
多くの依頼者について,現状を一通り確認できました。
結局のところ,一つ一つ見ていくしかないと悟りました。
全体像が見えると,少し楽になります。
やるべきことが山のようにあるということが分かるだけですが。
夜,計画停電なるものが実施されると聞いて,戦々恐々としています。

2011年3月12日(土)

眠くて死にそうだったので,ほとんど一日中寝ていました。
朝4時に帰るのと朝9時に帰るのは,身体へのダメージが違います。
昨日はほとんど見なかった津波の映像を見て,
その恐ろしさに,身体が震える思いでした。
交通等の不便はあっても,生きていて幸せだったと感じました。
家族やスタッフや友人達も無事という知らせを受けて,安心しました。

2011年3月11日(金)

午後3時までにインターネットバンキングで振り込もうと事務所に戻ると,
午後2時46分頃に発生した地震は,人生最大のものでした。
今まで経験したことのないもので,これからもしないと思われます。
仙台支部は大きな被害を受けましたが,怪我はなかったことに安堵し,
新宿は業務終了として,帰宅するように言いましたが,
皆,帰宅の足がなくて,歩いて帰ったり,戻ってきたりしました。
夜7時頃,今夜は鉄道は動かないということがアナウンスされ,
甲州街道を歩いて帰宅する人の波は,恐ろしいほどでした。
帰宅は諦め,翌朝9時頃まで仕事を続け,動き出した電車で帰宅しました。
自発的に夜を徹して仕事するのと,帰るすべがなく仕事し続けるのとは,
微妙な違いがありますが,とにかく集中するように努力しました。

2011年3月10日(木)

日弁連のウェブサイトを見ると,当事務所の10支部が登録されていました。
ただ,新宿以外に,我孫子,横浜,大阪,大宮,高知,仙台,名古屋,福岡の
8支部のみがトップページに記載されていて,
「・・・他」をクリックすると,札幌・千葉が出てくるという形でした。
10支部というのは,想定外だったのかもしれません。
しかし,全国の方の様々な相談・依頼に対応する事務所でありたいのです。
弁護士・事務員全員で頑張っていこうと思っています。

2011年3月9日(水)

仕事に没頭してしまい,朝4時過ぎに,タクシーで帰宅しました。
25名の弁護士が担当する依頼者一人一人について,
状況を確認したり,指示を出したりしました。
なぜそんなに働くのかと自問自答することもありますが,
この仕事が好きだからというのが答えです。
それは幸せなことだと痛感しています。
何であれ,ギリギリまで自分を追い込むことも好きなのですが。

2011年3月8日(火)

出版社の担当者の方が来所して,「離婚本」の打ち合わせをしました。
専門書ではなく,一般の人が楽しめる生き方本にして欲しいと言われました。
私もそのような本を書きたいと思っています。
自分が今持っている全てを出したいと考えています。
端的に言うと,幸せになるかどうかは自分次第ということです。
書くことは苦しくもありますが,大きな充実感も得られるものです。
最善を尽くすつもりです。

2011年3月7日(月)

昨日,元箕島高校監督の尾藤公氏が亡くなりました。
箕島というと,79年夏3回戦の星稜戦(延長18回)が有名ですが,
星稜 000 100 000 001 000 100  =3
箕島 000 100 000 001 000 101×=4
82年春2回戦の明徳戦(延長14回)も素晴らしかったです。
明徳 000 000 000 000 21  =3
箕島 000 000 000 000 22×=4

振り返ると,私が小1だった78年夏〜85年夏頃は,
高校野球の黄金期だったかもしれません。
78年夏 高知商は決勝でPLに逆転サヨナラ負け
79年   箕島が春夏連覇(夏3回戦は星稜に,決勝は池田に勝つ)
80年春 高知商が,中西を擁し,初(唯一)の全国制覇
82年春 高知商・明徳がアベック出場,明徳は箕島に延長逆転サヨナラ負け
82年夏 池田が初制覇
83年春 池田が夏・春連覇
83年夏 高知商は箕島に勝つも,準々でKK1年のPLに敗れる
      KK1年のPLは,夏春夏連覇を狙う池田を破り,優勝
84年夏 取手二が決勝で,夏連覇を狙うPLを破り,利根川河川敷でパレード
85年春 渡辺智男擁する伊野商が準決勝でKK3年のPLを破り,優勝
85年夏 KK3年のPLが優勝し,有終の美
私は,父と共に高知商(明徳・伊野商も)を,
弟は箕島を,母は池田を応援していました。
10年前に蔦監督が亡くなり,昨日尾藤監督が亡くなり,
古き良き時代を思い出し,時代が終わったことを寂しく感じました。

2011年3月6日(日)

齊藤誠氏の「競争の作法 いかに働き、投資するか」を読みました。
「目に見える円安」「目に見えない円安」という指摘が印象的でした。
遮二無二,世界一を目指したトヨタへの批判も,考えさせられました。
土曜・日曜で,映画「七人の侍」のDVDを観ました。
中途半端なコメントをするのは憚られますが,
三船敏郎演じる7人目の侍(△)の格好良さに痺れました。
それから,白米がいかにもおいしそうでした。

2011年3月5日(土)

週末毎の好天に恵まれたので,8キロ走ってきました。
一ノ宮美成+グループ・K21の「黒い都知事 石原慎太郎」を読みました。
題名から想像できる内容ですが,この本のせいで,
都知事選立候補を断念したのかとも思いました。
日本には本当のリーダーがいないということが大きな問題です。

2011年3月4日(金)

映画「真実の行方」のDVDを借りてきました。
リチャード・ギアの敏腕弁護士ぶりを羨ましく思いました。
しかし,クライマックスの法廷シーンで画像が乱れて,
何度再生しても観ることができず,がっくりでした。
とりあえずその続きを観ていたら,びっくりだったのですが。
「黒の奔流」のタイトルで映画化・ドラマ化された,
松本清張の「種族同盟」を思い出しました。

2011年3月3日(木)

事務員の面接が始まりました。
弁護士25名,事務員30名と,弁護士・事務員がほぼ同数なので,
もう少し事務員を増やして,弁護士の負担を減らしていかないといけません。
力をつけてもらうためなのですが,事務所の弁護士には,
高いレベルを期待して,多くのことを求めていると,自覚しています。
努力以外に,進歩する方法はないと信じているのです。

2011年3月2日(水)

将棋界の一番長い日の結果,名人戦挑戦者は森内九段になりました。
てっきり渡辺竜王が名人・竜王を併せ持つ権利を得るかと思えたのですが,
実現味を帯びた大二冠の重みに,力を発揮できなかったのでしょうか。
しかし,羽生三冠(名人・棋王・棋聖)対森内九段の対戦は6度目で,
大山対舛田に次いで2番目の多さだそうです。
また,永世名人資格者の対決は,86年の中原対大山以来2度目だそうです。
今年も楽しみな名人戦のカードになりました。

2011年3月1日(火)

夜は,お粥を食べました。
体重を考慮してですが,かけうどんを食べることもよくあります。
しかし,夜,うどんを食べると,マンモス西を思い出してしまいます。
減量中なのに夜中に抜け出して,かけうどん2杯食べているのを,
ジョーに見つかって,「ワイは駄目な男や〜!」とうめくも,
「そうさ!お前はクズだ!」と突き放され,ボディーブローを喰らい,
鼻からうどんを垂れ流し,号泣するマンモス西を。