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日記08年07月
日記08年09月
2008年8月31日(日)

37歳になりました。
もう立派なアラフォーです。
人生は,生と死があり,出会いと別れがあり,
喜びと悲しみがあり,良いことと悪いことがあり,
それでも,前に進むしかないのでしょう。

2008年8月30日(土)

新人戦決勝は,高知が高知商に勝ち,優勝しました。
ここ2年程度は,高知が高知県の中心にいるイメージです。
高  知 002 000 002 = 4
高知商 020 000 001 = 3
秋季高知県予選のシード校は,
第1シードが高知,第2シードが高知商,
第3シード(2校)が明徳義塾と土佐という結果になりました。
夜,「ロッキー・ファイナル」のDVDを観ました。
その後,走りに行かずにいられませんでした。
あまりにも単純な自分に呆れてしまいます。

2008年8月29日(金)

新人戦準決勝で,明徳は高知商に敗れました。
約1ヶ月前と同様に,井澤投手に抑えられました。
春のチャレンジマッチで土佐に負け,夏の予選と新人戦で高知商に負けと,
高知県内で無敵の強さを誇ったかつての面影はもうありません。
なお,準決勝のもう1試合は,高知が土佐に勝ちました。
明徳義塾 000 020 000 = 2
  商  030 000 00X = 3
[明]石橋−河合
[商]井澤−濱田良

2008年8月28日(木)

野球(それも高校野球,しかも高知県高校野球)のことばかり書いていると,
野球の合間に仕事をしているかのようですが,
そんなことはなく,仕事の合間に,たまに野球のスコアをチェックしている感じです。
重要な試合の場合,2チャンネルの実況が頼りになります。
シーズンオフになる冬の間は,淋しい思いをしてしまいます。

2008年8月27日(水)

新人戦の準々決勝は快勝でした。
他の4強は,高知,高知商,土佐です。
いつもの顔ぶれです。
高知中央 000 000 000 = 0
明徳義塾 100 030 12X = 7

2008年8月26日(火)

今週辺りから,期日が入り始めています。
昨日も今日も1件ずつ,期日がありました。
本格的に期日が重なるのは,来月からになります。
新人弁護士も加入するので,丁度良い日程です。

2008年8月25日(月)

36歳最後の一週間となりましたが,どうということはありません。
人生を74年と考えれば,もうすぐ折り返し地点です。
しかし,そのように,折り返し地点を先送りする考え方は危険です。
もう折り返し地点は過ぎてしまったと考えるべきでしょう。
残された時間は,どんどん少なくなっていくのです。
かといって,慌てても仕方がないのですが。

2008年8月24日(日)

バカバカしい五輪野球のことを考えるのは止めようと思う頃に,
高校野球高知県選抜大会(新人戦)が始まりました。
新人戦の結果で,秋季予選の組み合わせが決まり,
その結果で,秋季四国大会の組み合わせが決まり,
その結果で,センバツの出場校が決まることになります。
その重要な新人戦の1回戦で,明徳は高知南に9−2で勝利しました。

2008年8月23日(土)

3位決定戦でも,日本は米国に敗れました。
ここまで来ると,悔しいのを通り越して,呆れてしまうし,
呆れるのを通り越して,冷たい怒りが湧いてきます。
一つだけ確かなことは,星野ではダメだということです。
WBCの監督なんて,論外です。
日本 103 000 000  = 4
米国 013 040 00× = 8

2008年8月22日(金)

北京五輪野球準決勝で,日本はあろうことか韓国に敗れました。
GG佐藤がエラーを連発したことは到底,許せません。
大体,どうして,抑えのエースが藤川球児じゃないのでしょうか。
なぜ,打たれても打たれても岩瀬を使うのでしょうか。
そもそも,どうして小笠原と松中がいないのでしょうか。
この夏は,野球に関してはロクでもないことばかりです。
日本 101 000 000  = 2
韓国 000 100 14× = 6

2008年8月21日(木)

北京五輪のソフトボール決勝で,日本は米国を破り,金メダルを獲得しました。
2日間で,3試合合計413球を投げた上野投手は賞讃するしかないでしょう。
まるで,甲子園の英雄のような姿でした。
例えば,06年夏の斎藤投手や,98年夏の松坂投手のような。
暑さや疲労,重圧に耐えて投げ続ける投手という存在は,
日本人が愛さずにいられないものかもしれません。
その後,札幌のホテルで,依頼者に会いました。
今後のことを協議し,訴訟委任状に署名・押印をして頂きました。

2008年8月20日(水)

新千歳空港で,依頼者に会いました。
裁判の状況等を説明して,今後のことを相談しました。
ただ,時間が足りなくなってしまったので,
明日の夜,札幌で再び会うことにしました。

2008年8月19日(火)

過払い本がついに完成して,5冊程頂きました。
「払いすぎた借金を取り戻すならこの一冊」という題名です。
紫色の表紙で,なかなか素敵な外装です。
一人でも多くの人に手に取って欲しいと思います。
ページをめくってもらえれば,世界が変わると思うのですが。
法外な高金利に苦しんでいる方の場合には。

2008年8月18日(月)

顧問先の取締役会がありました。
何年か前には,取締役会で,相手方の取締役に,胸ぐらを掴まれたこともあります。
度胸は据わっていて,手荒い暴力を受けたり,ひどく侮辱されたりしても,
その場で慌てたりはしません。
脅かそうとしているだけのことが多いと思っています。

2008年8月17日(日)

先週と今週は,弁護士が半分ずつ休みを取っています。
私は出ていますが,それ以前に,少しずつ休んでいます。
8月は,あまり期日も入りませんし,夏休みをしっかり取るようにしています。
オンとオフの切り替えは重要だと思うのです。
女子レスリングは,アテネ五輪と同じ結果になりましたが,
4階級で,金2銀1銅1は上出来だと思います。
他のどの競技よりよく頑張ったと言っていいでしょう。

2008年8月16日(土)

女子レスリングの55kg以下級で,吉田沙保里が金メダルを獲得したのは,
実に嬉しかったです。
勝つべき人が勝ってくれるのは嬉しいことです。
必ず勝つと言われていて勝つのは難しいことでしょうから。

2008年8月15日(金)

63回目の終戦記念日です。
中2のとき,40回目の終戦記念日を前にして,
新聞記事を集めるようにとの国語の課題が出たことを思い出します。
昨年の終戦記念日は,病院のTVで,仙台育英の佐藤由規投手が,
智弁学園を相手に,155キロを出しながら敗れた姿を見ていました。
戦争だけはしてはいけないと強く思います。

2008年8月14日(木)

男子200メートル平泳ぎで,北島選手が金メダルを獲得してくれました。
2大会連続2冠というのは素晴らしいの一言です。
世界新に届かなくても,どうってことはありません。
中国では,敬意を表して,蛙王と呼ばれているようですが,微妙な敬称です。

2008年8月13日(水)

生まれて初めて,フェンシングの競技をTVで真剣に見ました。
男子のフルーレという競技で,太田雄貴選手が銀メダルを獲得しました。
よく分からない競技のメダルというと,長野五輪のモーグルを思い出します。
里谷多英選手が滑った後に,他の選手が誰も,その点数を超えられず,
金メダルが決まった瞬間を覚えています。
もう10年も前のことです。

2008年8月12日(火)

東京高裁の和解期日がありましたが,
貸金業者側は,裁判所の提示した和解案を蹴ってきました。
いい学校出てる奴は,強い側に付くもんだろうという趣旨のことを,
業者の代理人は言っていました。
貸金業者が強いとは思いませんが,
私は,弱い者の味方でありたいと思っています。
弱い者というか,弱っている人の味方でありたいのです。
高裁の裁判官も和解に骨を折ってくれたと思いますが,
控訴棄却なら,もう一つ,上があります。

2008年8月11日(月)

100メートル平泳ぎで,北島選手が金メダルを取りました。
日程を把握しておらず,ライブで見ることができず,非常に残念です。
五輪金メダル&世界新なんていう瞬間は滅多にお目にかかれないのに。
しかし,200がまだ残っているので,もう一度見せて欲しいものです。

2008年8月10日(日)

男子サッカー日本代表は,ナイジェリアに敗退し,
2連敗となり,予選リーグ敗退が決定しました。
サッカー日本代表には期待していません。
いつも,過大評価されすぎです。
重要なのは,野球日本代表です。

2008年8月9日(土)

女子柔道の48kg以下級で,谷亮子選手は銅メダルに終わりました。
準決勝はもっと,積極的に行くべきだったのではないでしょうか。
リスクがあっても,攻めなければ,どうしようもないと思います。
金メダルを取るんだという意志と勇気が感じられませんでした。

2008年8月8日(金)

北京五輪が開幕しました。
私にとっては,甲子園の方が重要だったのですが,
頼みの高知が初戦負けで,もう終わったようなものです。
五輪は,何といっても野球です。
野球は金でなければなりません。
あとは,水泳,柔道,女子レスリング,女子マラソンといったところでしょうか。

2008年8月7日(木)

一回表に大雨が降ってきて,試合が中断になりました。
甲子園球場では,雨を避け,銀屋根の下に,観客が集まってきました。
痺れるような試合で,同点に追いついた時は涙が出てきました。
しかし,力及ばず,敗れました。
いつものことなのですが,高知は,あと一歩が足りないのです。
これで,高知は,05年夏,07年春,07年夏,08年夏と,
出場4大会連続の初戦敗退です。
都道府県別通算勝率1位を誇っていた高知県代表として,許されない結果です。
広陵 000 500 030 = 8
高知 000 003 200 = 5

2008年8月6日(水)

明日の本番に備えて,一昨年秋の神宮大会での,高知対広陵戦のビデオを見ました。
あの秋の神宮を制した高知は,広陵戦でも惚れ惚れするような強さでした。
当時,一年生だったセカンドの高木選手は,主将となって戻ってきました。
ほぼ危なげなく高知県大会を制した強さを,見せて欲しいと思います。

2008年8月5日(火)

近所の顧問先が,銀座に移転することになったと,ご挨拶にいらっしゃいました。
新宿から銀座に移るのはグレードアップですから,心から祝福しました。
ただ,当事務所は新宿で引き続き,頑張っていこうと思っています。
理由は分からないのですが,私は,新宿という街が無性に好きなのです。

2008年8月4日(月)

自由国民社の方に原稿をお渡しました。
昨年の5月から始まったお話だったのですが,
脱稿までに1年3ヶ月もかかってしまいました。
分かりやすさを優先したために,言い過ぎなところもあったかもしれません。
ただ,一人でも多くの方が,この本に出会えて良かったと,
思ってくれたら,これに優る喜びはありません。
芸術作品だとは全く思っていません。
誰かの生命を救いたいと思うだけです。

2008年8月3日(日)

過払い本の最終的な見直しをしました。
まえがきやあとがきも完成させました。
明日,出版社の方に渡して,こちらの作業は全て終了です。
どのような本ができ上がるのか,楽しみです。

2008年8月2日(土)

甲子園が開幕しましたが,済美が智弁和歌山に敗れました。
智弁和歌山の方が圧倒的な評価を得ていて,勝つと言われていたのですが,
済美にはもっと不気味な強さを感じていたので,意外という印象でした。
済美というと,04年春準々決勝が忘れられません。
東北 310 001 010  = 6
済美 002 000 005×= 7
メガネッシュこと真壁の肩を抱くダルビッシュの姿が忘れられません。

2008年8月1日(金)

お昼に事務所会議を開きました。
最初の事務所は,毎月,事務所会議を開催していましたし,
元の事務所は,毎月,判例研究会を開いていました。
定期的に,ミーティングを開くのは良いことだと思います。
事件を寝かせ過ぎたり,弁護士が一人で事件を背負い込んだり,
させないようにする必要があります。