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日記08年09月
日記08年11月
2008年10月31日(金)

竜王戦の第2局で,挑戦者の羽生四冠は,渡辺明竜王に連勝しました。
これで,名人と竜王を併せ持つことが現実味を帯びてきました。
早めに王手をかけてほしいと思っています。
昨日,韓国の憲法裁判所が,姦通罪を合憲として,時代錯誤と思いましたが,
日本の300日規定(民法772条)も同様に時代錯誤でしょう。
今日から,短期集中型の相続勉強会が始まりました。
相続においては,譲る心が重要というお話を聞いて,その通りだと思いました。

2008年10月30日(木)

小学校でのイジメの相談を受け,教師や学校の無責任さに腸が煮えくり返りました。
私も小学校3年生のときには,担任の教師を中心にイジメを受け,
「オカバカシ」と呼ばれていて,いまだにその痛み(恨み)は忘れられません。
坦任に対して損害賠償請求をしようかと思いつつ,除斥期間が経過してしまいました。
誰かが言っていましたが,先生と呼ばれる人間を信用してはいけません。
教師・国会議員・医師・弁護士等々に対しては,疑ってかかるべきです。
それから,イジメを受けた時に,味方になれるのは何と言っても親です。
ですから,親が学校等に対して,強い態度を見せることが重要だとお答えしました。
必要であれば,我々も学校に乗り込んで(怒鳴り込みに)いきますし。

2008年10月29日(水)

東京高裁で受け入れがたい敗訴判決を受けていたので,
東京高裁に,上告状及び上告受理申立書を提出しました。
最高裁でひっくり返すのは容易なことではありませんが,
挑戦しなければ何も始まりません。
納得のいかない判決であれば,どんなに勝算が少なくても,
控訴・上告するしかありません。

2008年10月28日(火)

昨日も4件の新件があり,今日も4件の新件がありました。
刑事事件の相談もあり,早急に示談をする必要があります。
12月から,もう1フロア借りるので,その打ち合わせもしています。
忙しくて我を忘れそうですが,ふと思うと,
弁護士であることは幸せだと思ったりします。
多くの人の援助を得て弁護士になり,多くの人の力を借りながら,
多くの人のご依頼を頂いていることは,幸せの一言に尽きます。
業務に追われるのでなく,感謝しながら,前に進んでいきたいと思います。

2008年10月27日(月)

昨日,タイで辰吉の試合が行われました。
辰吉というと,1991年9月19日のグレグ・リチャードソン戦が印象深いです。
当時,TVのない(風呂もトイレも)四畳半に住み,音声だけで聞いていたのですが,
11Rが始まっても王者が立ち上がれないという日本最短の世界奪取劇でした。
そして,97年11月22日のシリモンコンセン戦も衝撃的でした。
圧倒的に不利との下馬評を覆し,無敗の若き王者を7回TKOで沈めました。
辰吉のフックが王者の腹部に深々と突き刺さり,王者は苦悶の表情を浮かべ,
マットに這いつくばり,もがきましたが,立ち上がれませんでした。
ジョホールバルは,97年11月16日でしたが,辰吉の王者返り咲きの方が,
私にとっては,感動的なニュースでした。
その辰吉が,89年9月のデビューから19年経って,なお闘い続けていることは,
賞讃に値しますが,身体のことを考えると,もう最後にしてほしいと思います。

2008年10月26日(日)

宿敵済美を倒した明徳ですが,準々決勝で力尽きました。
散発2安打では勝てません。
高知も今治西に敗れ,先日,高知商も尽誠学園に敗れているので,
高知県からのセンバツ選出は,絶望的な状況になりました。
10月26日の時点で,「春」が終わるというのは,耐え難いものがあります。
甲子園で高知県勢の活躍を見るためには,来年8月まで待たなければなりません。
明徳義塾 001 000 000 = 1
  商  000 010 10X  = 2
[明]石橋−河合
[高]大森−土居

2008年10月25日(土)

秋季四国大会の初戦で,明徳は済美に辛勝しました。
甲子園につながる試合や甲子園自体では済美に負け続けていたので,
かなり嬉しいです。
「やればできるは魔法の合い言葉」というのが済美の学園歌ですが,
いつも,魔法にやられる予感がしていたのです。
明徳 001 000 101 = 3
済美 001 000 000 = 1
[明]石橋−河合
[済]宮崎−喜井

2008年10月24日(金)

顧問会社の依頼で訴訟提起していた件で,
相手方が全額,振り込んできたので,
第1回期日前に,訴えを取り下げることになりました。
それなら,交渉段階で支払ってくればいいのにと思いました。

2008年10月23日(木)

食べたもののレコーディングは煩雑でやってられないので,
せめて,体重を記録していこうと思いました。
火曜朝83キロ,水曜朝83キロ,木曜朝82.6キロです。
高3の運動会の際に,10キロくらい増量して,80キロ近くにしたので,
あまり変わってないということもできるかもしれません。
ボクシングをしているときは,72,3キロでしたが。
当面は,80キロの壁を超えたいと思っています。

2008年10月22日(水)

お昼に事務所会議を開きました。
弁護士7名,事務員5名で,そこそこの大所帯になってきました。
それぞれの弁護士が担当する事件について,状況を説明してもらいました。
担当していない事件についても,問題点の認識を共有することで,
各弁護士に経験を積んでもらいたいと考えているのです。

2008年10月21日(火)

四国大会の抽選が行われました。
高知県2位の明徳は,愛媛3位の済美と対戦することになりました。
愛媛か,徳島か,香川の3位校のいずれかと対戦するので,
3分の1の確率ですが,済美とは本当によく当たる印象です。
03年秋季四国大会準決勝 明徳7−8済美
04年センバツ準決勝    明徳6−7済美
04年春季四国大会決勝  明徳5−0済美
04年秋季四国大会初戦  明徳4−5済美
08年春季四国大会準決勝 明徳13−10済美
勝ったのは春四国だけで,甲子園がかかった試合か甲子園自体では,
常に1点差負けなので,この試合は何とかしてほしいものです。
甲子園云々より,済美に勝つことが重要です。

2008年10月20日(月)

セ・リーグのクライマックスシリーズの第1ステージ第3戦で,
藤川球児が,ウッズに打たれてしまい,阪神の闘いは終わりました。
ホークスがずるずる後退した後は,阪神に期待していたので,残念です。
残った,中日,巨人,西武は,どこもあまり好きでない球団です。
レッドソックスも,ア・リーグのチャンピオンシップ第7戦に敗れて終戦です。
あと残るは,明徳,高知商,高知の3校のみです。

2008年10月19日(日)

竜王戦の第1局で,羽生四冠が,渡辺明竜王に勝利しました。
第1局を取ったのは大きいと思います。
羽生善治と言うと,昔は年上の人に挑戦することが多く,
近年は同世代の人に挑戦されることが多いという印象ですが,
年下のタイトル保持者に挑戦するというのは,滅多にないように思います。
どうなることでしょうか。

2008年10月18日(土)

セキがあまりにもひどく,なかなか治らないので,
近くの病院に行って来ました。
咳止めの薬をもらって,治りそうな気がしてきました。
セキが出るとか,ノドが痛いとかいうときに,
病院に行かないと治らなくなってしまったような気がします。
情けない話ですが,意地を張らずに,すぐに病院に行った方がいいようです。

2008年10月17日(金)

高校の同級生で同期の弁護士と新宿で会いました。
彼は事務所の弁護士を2名,私は4名連れていき,合計8名で,中華を食べました。
事務所の弁護士同志が,同じ地方の修習で面識があったという縁もありました。
彼は,弁護士50名くらいの事務所にするのが理想と言っていましたが,
同期の弁護士の話を聞くのは,とても刺激になります。

2008年10月16日(木)

事務員がもう一人加わり,5名となりました。
今は弁護士7名で,何とかなっていますが,
12月には弁護士11名となるので,事務員をさらに増やす必要があります。
ただ,もう席がないので,12月にもう1フロア借りてからになります。

2008年10月15日(水)

羽生善治四冠の「決断力」という本を読みました。
「私は常に,その局面の最善手を指していれば,
必ずチャンスは巡ってくると思って指している。」
この一文が非常に印象的でした。
敗色濃厚だった名人戦第三局も,そういう気持ちだったのでしょう。
そう思うためには,実績と自信がないといけないのですが。
最善手を指していれば,必ずチャンスは巡ってくるという信念は,
何事にも(弁護士にも)有効だと思いました。

2008年10月14日(火)

夜,弁護士会で,商工ローン対策の勉強会がありました。
その中で,ある裁判所のとんでもない内容の判決について,話し合いました。
また,SFCGが,債務者・保証人に不法に一括請求をしていることについても,
意見を交換しました。
業者は債務者の生活のことなど,全く考えていないことがよく分かります。

2008年10月13日(月)

野口悠紀雄氏の『「超」整理法』を読みました。
非常にためになりました。
確かに,分類が難しい書類はあったりします。
複数の項目に当てはまり,分類に悩んでしまったりもします。
時間順にファイルを並べていくというやり方は,効率的だと思いました。

2008年10月12日(日)

決勝は,明徳も食い下がったのですが,勝ったのはまたしても高知でした。
高知は,夏,新人戦,秋と,3大会連続の優勝です。
3位決定戦は,高知商が高知東に勝ち,高知,明徳と共に四国大会進出を決めました。
3校とも,四国大会で良い結果を残して欲しいものです。
一昨年秋,昨春と高知が連覇し,昨秋,今春と明徳が連覇し,
高知県勢が,四国大会を四連覇中なのですから。
高知 001 300 103 = 8
明徳 000 000 312 = 6
[高]公文−木下
[明]栗野,石橋−河合

2008年10月11日(土)

秋季予選の準決勝で,明徳は高知商に3度敗れたと思いましたが,
思いもよらぬ結末が待っていました。
高知商井澤投手としては悔しくてたまらないでしょう。
両校とも,明日も頑張って欲しいものです。
  商  100 200 210 = 6
明徳義塾 001 002 022X= 7
[商]井澤−濱田良
[明]石橋−河合

2008年10月10日(金)

この日記も,とうとう,丸3年になります。
3年前から野球のことばかり書いている気がしますが,
可能な限り,書き続けていこうと思っています。
何より,適当な感じが自分では気に入っているのです。
日記というより,回想録に近いと言われそうですが。

2008年10月9日(木)

最近は,相続・遺産分割絡みの相談が増えています。
過払い・債務整理・自己破産の相談ももちろん多いです。
その他には,離婚,刑事事件,被害者側示談の相談も何件かあり,
また,交通事故,労働事件,先物取引その他の相談もあります。
会社に,顧問弁護士になってほしいと言われることも多いです。
相談を受けること,依頼されることは嬉しいことです。

2008年10月8日(水)

山本ケイイチ氏の,「仕事ができる人はなぜ筋トレをするのか」を読みました。
専属トレーナーをつけようという気にはなりませんでしたが,
目的にあったトレーニングが必要ということが分かりました。
また,朝のロードワークは,減量には良いということで,
ボクサーのしていることは理にかなっていると思いました。

2008年10月7日(火)

ソフトバンクは,今期最終戦で楽天に延長12回0対1でサヨナラ負けしました。
王監督の最終戦を飾れず,最下位に終わったわけですが,
小久保も松中も川崎も打てず,馬原が打たれたのだから仕方がないです。
王監督には,ただ,ありがとうと言いたいです。
秋季予選の準々決勝で,明徳は,宿毛工を13対0で下しました。
土曜は,いよいよ,高知商と夏,新人戦に続いて,3度目の対戦です。

2008年10月6日(月)

岡田斗司夫氏の,「いつまでもデブと思うなよ」を読みました。
以前から,題名が気になっていたのです。
レコーディングダイエットなるものは,良さそうだと思いました。
ただ,カロリーを逐一メモることは到底できないので,
レコーディングダイエットのイメージを持ちながら,
バナナダイエットを続けていこうと思っています。
しかし,1日1500キロカロリー以下っていうのはかなりキツいと思います。

2008年10月5日(日)

昨日は,3キロと4キロ,走りました。
今日は,4キロ走ってきました。
運動することが即,減量につながるわけではないと思うのですが,
気分は爽快になります。

2008年10月4日(土)

先週の土曜に,「パイレイツ・オブ・カリビアン2」を見て,
今日,「パイレイツ・オブ・カリビアン3」を見ました。
2はまるで訳が分かりませんでした(途中で終わるような印象でした)。
3はまだマシでしたが,何となくスッキリしませんでした。
それでも,4ができるようですから,それは見てみたいと思っています。

2008年10月3日(金)

小幡積氏の「すべての経済はバブルに通じる」を読みました。
端的に言って,経済の本質はねずみ講だという話で,非常に刺激的でした。
誰かが走っている以上,他の人も走らなければならないということでした。
景気が良くなること,株価が上がること,GDPが増えること,
そういったことだけが重要なのだろうかと疑問に思いました。
景気は確かに重要なのですが。
インフレになって景気が良くなっても,
デフレになって景気が悪くなっても,
ダメージを受けるのは弱い人たちという点が問題だと思います。

2008年10月2日(木)

今月から事務員が1名加わり,事務員4名体制になりました。
弁護士は7名なので,まだまだ事務員が不足しています。
もっと早く増やせば良かったのですが,なかなかいい人が見つからなかったのと,
事務所のスペースが限られていて,増やせなかったということがありました。
東京は家賃が高く,机を簡単に増やせないので,人を採るのも大変なのです。

2008年10月1日(水)

桑田の後を追うように,清原が引退しました。
桑田・清原について,最も印象深いのは,昭和58年夏準々決勝の高知商戦です。
桑田・清原は1年,高知商は津野が3年,中山が1年でした。
0対8から,必死に追い上げたのですが,あと一歩及びませんでした。
高校時代の桑田がKOされた唯一の試合ではないでしょうか。
P  L  133 012 000 =10
高知商 000 054 000 = 9
昭和60年夏も,桑田・清原・中山が3年になり,準々決勝で対戦しました。
高知商 020 000 100  = 3
P  L  004 020 00× = 6
ちなみに,昭和53年夏決勝でも,両校は対戦しています。
高知商 002 000 000  = 2
P  L  000 000 003×= 3
PL,桑田,清原は,私にとっては悪夢のような存在でした。
初めて高校野球を見た昭和53年夏の逆転サヨナラ負けから30年経ち,
昭和58年夏の熱戦から25年経ち,桑田・清原が引退する。
一区切りついたような気がします。