奈良
広瀬神社の砂かけ祭(御田植祭)−北葛城郡河合町川合−
 広瀬川袖つくばかり浅きをや心深めてわがへるらむ
                          <万葉集>
砂かけ祭(御田植祭) 法隆寺の南2キロ余のところに広瀬神社が鎮座する。そこは大和川に曽我川、飛鳥川、富雄川など大和盆地のすべての河川が集合し、下流の河内平野の豊凶をも左右する水の要衝である。
 広瀬川合神(広瀬神社)は古くから「水神」として奉祀され、天武天皇のころから奉幣使が往来する神社であった。
 神社の北辺に接するようにして広瀬川(大和川)が流れている。川は年降るごとに浅くなったのであろう。歌から川よ深くあれと思いを託した淡くせつない乙女の祈りが聞えるようだ。
 広瀬神社の御田植祭(おんだ祭)は、毎年2月11日に行なわれる。「砂」を「水」にみたて、多雨祈願をこめた特色のあるおんだである。二部構成になっていて、午前中に「殿上の儀」、午後から「庭上の儀」が行なわれる。殿上の儀は、稲苗代つくりから早乙女による田植まで、稲作の手順に沿って行なわれる予祝の神事。苗床のならし作業まで演じられ、実にきめ細かなものである。田作りや籾蒔きなどの作業にあわせ、田人の語りは現代版のアレンジなども交えて面白いものだ。庭上の儀は、太鼓の合図とともに田人と仮面を被った牛が注連縄を回らせた広庭で再び田作りなどの模擬作業を終えると、参拝者と頭巾を被った田人、牛とがいっせいに砂をかけあって多雨を願う。入れ替わり立ち代り、砂のかけあいが続く。砂は水。多くかけるほど多雨に恵まれるという。ゴーグル姿の参拝者も目立ち、田人、牛との力闘が続く。広瀬神社の御田植祭が「砂かけ祭」、といわれる由縁。奇祭である。この後、早乙女の田植が行なわれ、松苗と田餅(切餅)を撒き祭は終わる。参拝者は松苗を田の水口に刺し、豊饒を祈る。−平成21年2月−

殿上の儀 殿上の儀
殿上の儀
庭上の儀
庭上の儀
庭上の儀