覚書
観察会に野遊び道場、さらに日常のあれこれ・・・、物忘れ防止のための簡単メモです。
2011年7月2日 暑い!
6月としては記録的な暑さに、「夏ってホントに暑いんだなぁ」とあらためて思い知ったような気分。喉元過ぎれば熱さを忘れるって確かに・・・昨年の夏も異常に暑かったはずだけど、ちょっと記憶の中と実感にズレができていたようです。節電にも努めて、この夏を乗り切るには相当の忍耐力がいりそうだと・・・覚悟しておきましょうか?
そんな中、6月26日の江戸川の自然環境を考える会定例観察会は、曇天ながら気温的には涼しくて助かりました。これがジリジリ照りつける猛暑だったら・・・・ちょっと歩くのもためらわれたでしょうから、少しは天も味方してくれたのかもしれません。松戸駅午前9時集合。今回はこの観察会予定を朝日新聞と東京新聞が紹介してくれたので、新たな参加者もあって、30名ほどで賑やかにスタート。コースは松戸駅→坂川→浅間神社→神明神社→矢切坂川→矢切の渡し→柴又→帝釈天→江戸川堤防→ムジナモ発見の碑と菖蒲園→市川橋→関所跡→国府台→旧坂川跡→里見公園(解散)。

浅間神社は千葉県指定の極相林ですが、地震の影響で立ち入り禁止となっている。神明神社も灯籠などが崩れて、それを片づけたばかりの様子。やはり、どこへ行っても、地震の爪痕は伺えるということに、あらためて震災の大きさをひしひしと・・・感じてしまいました。矢切坂川を経て、矢切の渡しへ。参加者30名が乗り込んだので、渡し船は超満員・・・。わずか数分ながら、川を渡るのはなかなかに風情もあり、ちょっぴりスリルも感じて楽しいものでした。現在、渡しの漕ぎ手は6代目の若いお兄さん。いつまでも残したい風流な渡しでした。

写真と異なり、私たちは超詰め込み乗船でした
柴又帝釈天は日曜とあって、かなりの人出。これも映画「寅さんシリーズ」のおかげでしょうか?参道の商店も賑やかで、下町の雰囲気が楽しい。

帝釈天で記念写真をとって、お昼は「寅さん記念館」前の堤防で江戸川を眺めながらのんびり・・・のはずが、途中から霧雨??ともかく午後の部を出発。江戸川右岸河川敷にはグラウンドが多く、野球やサッカーなど休日のスポーツが盛ん。小岩の河川敷には牧野富太郎がムジナモを発見した記念の碑がある。世界的植物学者になった牧野富太郎がその第一歩を記した記念すべき場所。現在は、ムジナモは絶滅し、かわりに菖蒲園となっている。


あとは、市川橋を渡り返して、江戸川左岸、関所跡の碑を過ぎて、国府台から旧坂川跡に向かう。江戸時代、洪水に苦しむ流山などの住民が幕府に願い出て、天保7年ようやく坂川を掘り次いで江戸川へとつなげた歴史的な旧坂川を残してほしいと堤防の設計変更によって保全した場所です。その経緯と記念の碑を見る。

最後は里見公園で市川の最高点を通り、老木の枝振りを愛でて解散。時折霧雨が降ったものの、それ以上に激しくなることもなく、無事2011年前半最後の観察会を終了した。
2011年6月21日 トンボ羽化中
梅雨時だけに、天気が心配な江戸川野遊び道場6月は早起きをしてトンボの羽化観察です。頑張って早起きをした親子が北総鉄道「印西牧ノ原駅」に午前7時集合。曇天でさて、トンボの羽化はどうかなぁ??と亀成川源流の田んぼへ向かう。例年、天気が良いと早起きのトンボはすでに羽化してしまっているのに、今年は羽化トンボが少ない。どうやら、トンボも天気を眺めて決断がつかないのかなぁ??いつもより遅い時間から羽化スタートするものもあって、まだ殻から出たばかりの白い翅のトンボをじっくり観察できて、良かったです。
さらに、畔のまわりには、アマガエル、シュレーゲルアオガエルの赤ちゃんがいっぱい。さらに、畔にはカルガモの卵があって・・・・、ちょっと覗かせてもらいましたが、大勢押し寄せたのでカルガモのお母さんは逃げ出したものの、心配で何度も何度も偵察していた、ホント、迷惑掛けてゴメンね。でも貴重なものを見せてもらえて良かった。

子どもたちは脇の水路などで水生生物や小魚も見つける名人。コオイムシ、タイコウチ、トンボのヤゴなどいろいろ収穫して、皆で観察。朝早くからの観察だったので、いつもより早い10時過ぎに見つけたものを見せあってその後解散。
実はつれあいの車がこの日の朝、オーバーヒートで故障してしまっていたので、終了後、販売店に連絡をするやら、JAFのレッカー車を待つやら・・・想定外の事態に難儀したが、こういう時には携帯が活躍することも実感。レッカーで工場へ搬送してもらい・・・私は電車で一足先に帰宅した。
2011年6月11日 貸し切り状態
6月になり、東日本大震災から3ヶ月。原発事故は最悪の状況のまま、増える一方の汚染水の今後、広がる放射能汚染と心配なことばかり。そして、被災地の復興はいつになるのだろう?こうなったら拙速ではなく、住民の納得のいく形で進めてほしい。
1週間前の土曜日、お天気も良いので、母を乗せて無目的に走っていました。一応、地図を頭に入れて、だいたいのコースを考えていたものの、思い通りには参らぬのが日常。直進でOKと思っていたら・・・あらあら、直進の先にインターチェンジが現れ、もはや引き返せません。というわけで、牛久阿見だか?良くわかっていませんが、高速道3度目の挑戦です。高速教習と、舞浜から間違って首都高に乗ってしまって、即、四つ木で降りた、その2度しか高速を走った経験なし。しかし、誰も走っていない高速道なら、私だって何の問題もありません。後ろから早く走れ・・・・とせっついたり、追いこしたりって車がないので安心。成田方面へ向かう圏央道は、オオヒシクイの越冬地南限の茨城県江戸崎町を通るルートに予定されたため、かつてオオヒシクイ裁判の皆さんと視察した事がありました。里山の丘陵地を通るルート、せっかくの樹林を切り開くなんてもったいない・・・なぜだ・・・と思ったものだった・・・。バブルの頃に計画したのでしょうか?圏央道を通し、ゴルフ場を開発し、地域活性化・・・と構想したのでしょうが、そこをいま走っているのは、ぽんこつの私たちの車のみ。前にも後ろにも1台もない土曜の午後。対向車線にはポツポツ車はあるけれど?ホントに必要だったのか?こんな立派な高速道??今のところ、あきらかに税金の無駄遣い。
成田まで出来上がれば、車の数も増えるという予定かもしれませんが、目下は稲敷で終点・・・ということで、あとは一般道で成田〜安食〜木下といつものルートで帰宅したのでした。
2011年5月29日 悪天候
なんと、5月に梅雨入り、しかも台風2号接近・・・異常です。ふつう、とてもじゃないけれど、梅雨どころか五月晴れ、台風はまだまだ先のことなのに・・・。
というわけで、雨の週末でしたが、これでも「先週はまだマシだったんだ」と今更ながらに観察会が先週だった事を有り難く思った。
5月22日(日)は江戸川の自然環境を考える会の定例観察会でした。午前8時50分に松戸駅西口駅前広場に集合。ちょうど、その朝の7時過ぎにドンと突き上げるやや大きな地震があり、まだまだ油断のならないことを再認識させられたわけで、鉄道ダイヤも成田と銚子の間は点検中とか?とりあえず、松戸→我孫子→小林へはいつも通りのダイヤで大丈夫とのことで、松戸駅集合の数名と出発。途中で参加の方もまじえ、成田線/小林駅へ。ここで、参加者がさらに多少増え、総勢18名でいざ出発。小林駅周辺は地震の被害がかなり大きいようで、棟の屋根瓦が崩れるだけでなく、建物に損傷が大きく「危険」のはり紙まで。あらためて、3月11日の恐怖がよみがえるよう。
エゴノキの花や、ウツギの花などちょうど花盛り。田んぼでは田植えがほぼ終り、小さな苗が頼りなさそうに風に揺れている。林縁の樹木や草花を見て歩く。ホタルカヅラにシャガ、ガマズミにコオニタビラコなど。
地震で石の鳥居が崩壊した神社もあった。

龍湖寺の山門は無事だった。
キリの花が美しい。谷津の自然を楽しみながら、歩く。のんびりと静かな里山のシンボルはエノキの巨木。ただ1本、歴史の風雪に耐えて、凛とある。その姿は何度見ても感動的。それにしても、このあたりの田んぼも静かだ。トウキョウダルマガエルの姿もあるが、声は少ない。鳥の声もない・・・。
このコース、昨年も同じ5月に歩いたが、雨のため参加者がごくわずかだったので、リベンジと思ったものの、今回も午前中はまずまずの天気だったのに、午後、一気に雨雲に追われる事に。それでも、ハンショウヅルは今年も愛らしい姿を見せてくれた。昼食は本埜ふれあいプラザで。昨年、雨宿りをかねてロビーで昼食を取らせてもらった建物も地震のダメージがひどい様子。公民館部分は立ち入り禁止のはり紙があり・・・壁面の壁が落ちているのにびっくり。
にわかに空一面に広がる黒雲に追われるように出発。できれば雨が降り出す前に駅に到着したいと、午後はただひたすらに歩く事に。その結果、なんとか印西牧ノ原の駅まで、雨より先にたどり着いた。予定より早い2時半解散。しかし、最寄り駅に到着したら・・さすがに雨だった。
2011年5月23日 ニュー・プリンター
物は壊れる・・・予告もなく・・・。というわけで、キャノンのプリンターが最近、いささか不調になっていたけれど、だましだまし・・・使っていたら、いきなり、電源が入らなくなってしまった。プリンター機能だけなら、エプソンのもう1台を使えば問題ないが、スキャナーを利用していたので、即仕事に困る。というわけで、購入する事になったが、さてどれにしようかな?あれこれ、迷いに迷って...結局、お値段に惹かれてキャノンの複合機M6130に決定。ネットで頼んだ翌日の12日にはもう到着・・・って、お急ぎ配達を選んだからですが、それにしても早すぎる・・・。最初、ちょっと、これまでのプリンターと勝手が違って・・・あれ?となったりしましたが、やはり技術は日進月歩ということか、今では、便利に使っております。それにしても、買い替えないといけないものが増える一方で困ったものです。デジカメにノートパソコン、冷蔵庫も・・・買い替えを迫られる状況・・・どうしたものか?
2011年5月16日 お久しぶり パルコ
随分ご無沙汰気分のパルコ劇場。見やすくて、手ごろな大きさで好きな劇場ですが、チケット代がお高いのが難点。まあ、そんなわけで久々になりましたが、鈴木聡/作、河原雅彦/演出の『ぼっちゃま』観劇いたしました。
昭和25年、まだ戦後間もない時代に旧家のぼっちゃまとその唯一の理解者である「ばあや」を中心に、異母姉弟妹にご近所まで巻き込んでの幾多の騒動はどう決着するか?
強烈な美意識と思想のゆえに騒ぎを引き起こすぼっちゃまには、稲垣吾郎、そのすべてを温かく見守る「ばあや」に白石加代子、ぼっちゃまの愛人に高田聖子、異母姉弟妹には、谷川清美、中村倫也、大和田美帆、さらに姉妹のつれあいは福本伸一と梶原善、太鼓持ち上がりの骨董屋は柳家喬太郎、八百屋の息子でジャズマンまがいの中島には小林健一、隣のアパートの住人でピアニストの森田はジャスピアニストの佐山雅弘。佐山さんの生演奏がたっぷり聞けるというとっても贅沢な芝居。
ぼっちゃまの浮世離れと、異母姉弟妹のちゃっかりぶり・・・など、すったもんだありつつも、笑って、怒って、しみじみ...と、人生はそうそう思うようにはいかないけれど、なんとか頑張っていこうか・・・ってメッセージが込められた楽しい舞台でした。鈴木聡さんの作品には、どこか昭和の時代への郷愁と哀切が感じられて・・・好きですね。役者陣がお芝居を楽しんで演じていて、その熱気が東日本大震災後の暗い重い気分を一時でも吹き払ってくれるようで、思いきり笑ったら、なんか・・・また明日への力が涌いて来る・・・って感じで、楽しかった。
月曜のマチネーの観劇でしたが、なんと、ほぼ完璧に満席って、皆、時間に余裕のある方ばかりなの?あれこれ予定をやりくりして見えたのか?何にしろ、集客力すごいなぁ・・・って、妙なところに感心してしまいました。
2011年5月4日 いざ、結城へ
ゴールデンウィーク中、もっとも天気が良いのが4日という事で、この日を逃してはなるまい・・・と、朝9時、母を乗せて出発。目指すは茨城県結城市。結城紬で知られる町はまた、蕪村に関する史蹟もあるという。関宿経由、ひたすら北上するというルートは極めて簡単。地震後だけに、そこここに屋根の棟瓦が落ちてブルーシートをかけた家が見られる。地盤のせいか、無事な地域と被害のひどい地域があるが、その落差はそれぞれの被害家庭にとっては大問題でしょう。
結城市到着は11時30分。結構時間がかかりましたが、まず観光情報をゲットし、地図を見ながら蔵の多いという町をめぐることに。蔵は現在も現役のようで、観光のために見せている訳ではないようです。結城紬の紬資料館をのぞき、称名寺、弘経寺を訪ねようと車を走らせると、小さな町なので、すぐ通り過ぎてしまってたどり着けない。ようやく、ひとまわりしてもう一度挑戦して、称名寺の入口を発見。しかし、なんとすぐに直覚に曲がる教習所のクランクよりも難しい細い道・・・・。目の前の山門は真新しい木材で補強されていて、つまり地震の被害で倒壊する可能性もあるのだろうか?
結城家初代朝光の墓所があるというが、その灯籠なども倒壊している。あちこちに地震の爪痕があって、なにやらただならぬ様子。
さらに、蕪村の句碑があるという弘経寺は、危険のため境内に入らないようにとあって・・・・このあたり、思いのほか被害がひどいようです。震源からかなり遠い内陸なのに・・地震の影響はうちのあたりよりもはるかにひどいとはちょっと予想外でした。
まだ修復など手つかずの状態で、大きく崩れた建物等もあって、日常的にこの有り様を見続けるのはつらいかも。
ぐるぐる町を回っても、車もひとも少ない・・・、とても連休中とは思えない静けさ。昼食をとるにもそれらしい店がなかなかない。ようやく、寿司も洋食もなんでもある・・・らしい一軒でなんとか昼食をすませ、午後は城跡公園をめざすが、これがなかなかたどり着けない。道に迷いつつ、再度挑戦して、やっとたどり着いたものの、城趾はあんがい小さく、蕪村の句碑以外これといって見るもののなく・・残念。ということで、地震の被害を目の当たりにしたような結城市訪問を終え、一直線に野田市を目指して車を走らせ、ようやく良く知った場所へ帰りついた安堵感を感じた連休唯一の遠出でした。
2011年5月1日 野遊び道場
お天気はあいにくの曇天。でも、天気予報では雨はないらしいので、平成23年度第2回目の江戸川野遊び道場実施です。千葉ニュータウン駅9時集合。風が強い・・・・。激しい風に吹き飛ばされないように頑張って近代的ニュータウンから一転、台地下の谷津田へ向かう。台地の上と下の違いがなかなかにドラマチックな感じ。谷津田の中の小川で生き物探し。手網でガサガサと探ると、いろいろな生きものが見つかるってことで、興味は尽きない。
2時間ばかりの間に、ヌマチチブ、モツゴ、タモロコ、ツチフキ、ゲンゴロウブナ、ギンブナ、ドジョウ、さらに、ハグロトンボのヤゴにニホンカワトンボのヤゴ、キイロサナエのヤゴも見つかった。でっかいタニシにトウキョウダルマガエルなど・・・いろいろな生きものが暮らす環境であることがわかりました。
天気が良くないからか、連休中のためか、参加者は少なかったけれど、元気な子どもたちは大風にも負けず楽しんだようです。公園で昼食後、解散となりました。
2011年4月30日 吉田家住宅歴史公園
午後、気になっていた柏市の吉田家住宅を訪ねることにした。最近、国の重要文化財に指定されたというが、行ってみてビックリ。なんとも立派な豪農の屋敷。どっしりとした重厚感のあるたたずまい。こうやってみると、日本家屋の細部にまでこだわった美しさをひしひしと感じます。お庭と一体感のあるやすらぎのある佇まい・・・素敵で、落ち着きます。でも残念、カメラを持って来るのを忘れてました。また、来よう。
2011年4月27日 ニホントカゲ
うちの庭で生まれたらしいニホントカゲの子を「とし」が発見。写真撮影する。千葉県レッド−データのBランク(重要保護生物)、貴重な生物です。黒猫ゴンはしらんぷり・・・、興味無しのようだったのに、翌28日、でかい親のニホントカゲの死体が・・・玄関スロープにあって、その脇に座っているのは黒猫ゴン。犯人はお前だな?
ゴン、勝手にサマータイム導入して、起床4時30分、早過ぎるよ。
春の利根運河と江川ビオトープ
2011年4月24日(日)の定例観察会はつくばエクスプレス/柏たなか駅に午前9時40分集合。東日本大震災と東電福島第1原発の事故もあって3月観察会を中止としたので、久々の気分。ともかく、それぞれに震災体験など話ながら、観察会は参加者25名でスタート。
前日は嵐模様の悪天候だったが、日曜はぴかぴかに磨き上げたような快晴。新緑もキラキラ輝いてまさに観察会日和。まずは、利根川沿いの田中調整地をめざす。ここは利根川の洪水時に水を引き入れる調整地ながら、日頃は水田耕作が行なわれている広大な一帯。今年は冬の寒さのためか、まだ田植えはおろか、田起こしもこれからのよう。堤防の草地にはウマノアシガタ、アリアケスミレ、マルバスミレなど春の草花が咲き乱れている。ノビルもあって、ちょっと野草摘みも体験。
利根運河では、コイ、フナの産卵が盛りだ。地震もなんのその・・・と命をつなぐことに懸命な様子は感動もの。あちこちで、キジの鳴き声がして、田の畔に姿も見える。空にはサシバも悠然と舞う。
この日、江川地区ビオトープでは市民の田植えがにぎやかに行なわれている。350人規模ということで、その田植えの様子を見学しようと先頭は急ぎ足。後方はのんびり、あれこれ観察しつつたどり着いた頃には、ほぼ終りかけていたが、子どもたちは泥んこ遊びに興じていて、その笑顔は快晴の天気にも勝る輝きだった。
江川地区を保全、再生する実働部隊が野田自然共生ファーム。ここで昼食休憩。3月末に自然通信社が制作協力して無事仕上げたこの江川地区ビオトープを紹介するリーフレットが、参加者全員に配られ、この保全の経緯などの説明後、案内板の前で記念撮影。
午後は再び利根運河に戻る。
運河に隣接し柏市に属する大青田湿地にも立ち寄る。なにやら、空模様がちょっと怪しくなったものの、それ以上のことはなく、やれやれ。
さらに東京理科大の理窓公園を散策、まるで出演依頼してあったかのように池ではカワセミも登場。
みどころの多い観察会は無事終了した。