Essay                 エッセイ
「二つの出会い」

 
8ヶ月に渡り、この人事院月報の表紙を飾らせていただき感謝するとともに、最後にエッセイをとお話を頂き、現在
非常に困りつつ書かせて頂いている。お恥ずかしい限りではあるが、私の「二つの出会い」をお話したいと思う。

ものとの出会い


 銅版画に進んだのも、本当に偶然でしかなかった。実は私が目指していたものは、「グラフィックデザイナー」であり、「アーティスト」と呼ばれる分野ではなかった。
 たまたま版画実習の選択授業があり、しかもやってみたかった版画の定員が一杯。銅版画しか空いてなかった。
 真面目な学生だったかと言えば、そうでもなく、とにかくやることだけやり早く帰ろうといつも思っていた。
実習時間に嬉しかったことといえば、最後にちょっと褒められたことだけ。そして、大学を変わり、また改めて一年生に
なり、二年生になって「手間のかかる版画」実習があった。このとき、『私はちょっと版画を知っている』風に授業を受け
ていて実習終了後、「今までやっていたなら、続けてみたら。」の一言で、単純な私は現在に至ってしまっている。細かい作業も性に合っていたのだろう。卒業制作・修了制作も銅版画で発表した。デザイン科のくせに、有難い話である。
 話は少々戻るが、大学院一年の時に初めてイタリア・フランス旅行を経験した。その後数回ヨーロッパ旅行を経験しているが、その時の旅が非常に印象深く残っている。 

 季節は夏。ヨーロッパはご存知のように、日本の夏とは違い、暑いけれど乾燥していて過ごしやすい。夏のあの青空の色は,表現しようが無く,青く美しい。雲とのコントラストは東京では見ることができないくらい爽やかである。
 イタリアの田舎はどこも素朴で、見るもの全部が珍しく、見るべき古い絵画がいくつもあり、歴史に圧倒された。その中で「ファエンツア」という陶器の町に立ち寄った時に、今の私を決定づける出会いがあった。

  ミシュランで調べたその町の陶器博物館は、特徴のある形の陶器が陳列されていて、日本の陶器ではほとんど
見ることのない形に心惹かれた。その形というのは、先端が細く尖っていたり、ぽってりとした形の下部に突起口が
あり(多分そこからワイン等を注いだのだろう。)しかも紋章のような文様が描かれていたりとユニークなものだった。
 それらの陶器が旅行中の写真に残り、その後の修了制作のモチーフとなった。今でもそれらの写真を見ると、その時の気持ちが蘇る。その他にも様々な尖塔に出会い,陶器と共に現在に至る作品群となっている。
                          
ひととの出会い

 苦労の末、版画家となり、色々な場所で展覧会をやらせて頂いている。
 会場に居ると、様々な方々との出会いがある。通りすがりに入ってきた方、コレクターの方、同業種の方々、他画廊の方など多種多様である。私も初めての方とお話しするのは苦手な方ではあるが、やはり話し掛けて頂ければ一生懸命にない頭を駆使してお話をする。
 お話を伺うと、その方の人となりをほんの少し垣間見て、興味深い。その方々がどのように作品を見て感じていらっしゃるのかがわかり、私が考えてもいないようなことを伺うと勉強になる。
まあ、時には右から左という時もありますが・・・。
  このような発表の場を頂かなければ、弁護士、遺伝子研究者、詩人、大学教授、写真家、コンピューター関係等々の方々とはお話をする機会などなかった。本当に有難いことである。

 その様な中で、時には、私自身が『いつの日にかお会いしたい。』と切望する方がいらした。実際に会場に現れた時は、ドギマギして隠れてしまいたい衝動に駆られたが、意を決して話しかけた時があった。
 その方は、版画業界では大御所でいらっしゃるが、お話しているととても温かな先生で、多くをご指南していただいた。その後は、お会いする事は少ないが、お手紙等を頂戴し励ましの言葉が直接書かれているわけではないが、一字一句に読むごとに励まして頂いている気がする。

 出会いというのは巡りあうことであり,そこから枝葉を張り,いろいろな方向に向かっていくこともある。もちろん良いことばかりではないだろう。

 「どんな時にも人生には意味がある。」と言った心理学者の言葉が私は好きである。
 何時の時でも、ものや人との出会いは、すぐに役には立たなかったり、通りすぎるだけだったりする事も多い。
しかしひょんな時にその「出会い」が頭をもたげてくることがある。「意味」が気づかせてくれているのだろう。
 版画家と言えるようになり、苦しい事も嬉しいこともある13年近くがようやく経った。
 あっと言うまでもあったが、今は様々な『出会い』の中で、「ようやく」と言う言葉を使わせていただきたい。13年なんて、本当に短いものである。
 これからが本番となるのだろう。そして、新たに「もの」や「ひと」と出会い、多くの意味を悟れるように余裕を持って
制作していきたいと思っている。

 この誌面で、このような場に出会わせていただいたことにあらためて感謝したい。

(人事院月報 3月号に武田さんのエッセイが掲載されました。) 

 わたしの「かたち」は、過去から育んできた
記憶の一つ一つであり、それはまた、旅をし
て見てきたものの記憶の片鱗でもあります。
 制作をする時、頭の中でそれらを構築しな
がら手を動かして考えます。 スケッチのかた
わらには多くの資料を置いて、とにかく手で
考え、限られた空間の中で 自分の「かたち」
を紡ぎ出し、そこから果てしなく広がっていく
「なにか」を創り出していければ と思っていま
す。時には、空想であったり、時には存在す
る「かたち」を。
 「かたち」は自由であり、崩せるもの、無限
に広がるもの。意識を感じるものであり、意
味があるものでありたい。
武田史子

Works 1 Works 2 Works 3 Works 4 Works 5 Works 6 Works 7 up!
プロフィール グッズ 出版物 アトリエから エッセイ 展覧会情報
ご注文方法 Mail Top
管理運営:(C) 2001-2006ウォーターマーク アーツ&クラフツ  http://www.h4.dion.ne.jp/~w-mark/ 
無断での引用・転載は固くお断り申し上げます。

作品・当サイトへのお問い合せはこちらへお願いいたします。

Copyright(C)2006 All rights reserved published by Watermark arts &crafts.